クリーンエネルギー発電設備の長寿命化設計技術を開発
- カーボンニュートラルを加速する新たな基盤技術 -
2025/11/26
発表のポイント
- 太陽光、風力、原子力などのクリーンエネルギー発電設備において、実稼働中の劣化損傷の進行を、定量的かつ高精度に予測評価する手法を開発しました。
- 機械的損傷、化学的損傷、材料科学的損傷を統合的に評価する定量的物理モデルを構築しました。
- 実稼働環境での機器寿命予測精度が4~7倍に向上し、実機でその有効性を実証しました。
- 各種クリーンエネルギー機器のライフサイクル二酸化炭素排出削減量(注1)を2倍〜5倍に高めることから、カーボンニュートラル社会実現に大きく貢献する成果です。
概要
世界的に再生可能エネルギーの導入が加速する中、熱や頻繁な出力変動、腐食などによる設備の予期せぬ故障の頻発が深刻な問題となっています。
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の王 潤梓 助教らと島根大学、中国の華東理工大学の共同研究チームは、太陽光、風力、原子力などクリーンエネルギー発電設備の寿命を高精度で予測する技術を開発しました。設備の稼働中に同時に進行し、複雑に干渉して劣化を加速させる機械的、化学的、材料科学的などの損傷要因について、従来と比べ4~7倍の精度で予測が可能です。
本技術により、設備の突然の故障を未然に防ぎ、部品の交換や修理の時期を適切に管理できることから、長期間、安全に運転することが可能となります。また発電設備の長寿命化は発電コストを削減し、最終的に家庭の電気料金負担軽減にも貢献します。さらに設備交換頻度の減少により製造時の炭素排出量も削減され、ライフサイクル二酸化炭素排出削減量を最大で5倍に高めることができ、カーボンニュートラル社会の実現を支える重要な技術的基盤となることが期待されます。
本研究成果は、2025年11月10日に学術誌Engineeringにオンライン掲載されました。
研究の背景
風力や太陽光、原子力などのクリーンエネルギー発電設備は、運転中に構造部材における機械的な損傷であるクリープ、疲労や化学的損傷である酸化や腐食、材料科学的損傷である析出物の発生など、複数の劣化損傷要因が相互に複雑に干渉しながら作用することで想定外の損傷加速が発生し、突然破壊、故障する場合があります。想定外の停電を未然に防ぎ、長期間の安全運転を保証するためには、各種機器の運転中に進行する損傷を高精度に予測評価し、設備の適切な修理や部品交換などを行い、設備の長寿命化を図る必要があります。
設備の長寿命化は、発電コストの削減や二酸化炭素排出削減にも大きく貢献します。しかし従来の劣化損傷評価は、機械的、化学的、材料科学的要因を独立に分析することしかできず、相互の干渉による加速因子を定量的に把握できなかったため、安全を重視した控えめな寿命予測や経験に基づく安全マージン(設計における安全率)に依存せざるを得ませんでした。このため、設備の過剰設計(部品の大型化や低出力運転など)や頻繁な部品交換などで発電コストは増加する一方でした。それでも風力や太陽光発電などでは、残念ながら想定外の早期破壊が発生しています。
今回の取り組み
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の王 潤梓 助教をはじめとする東北大学と島根大学、中国の華東理工大学の共同研究チームは、クリーンエネルギー設備稼働中の高温環境下で、構造材料に生じる機械的損傷や化学的損傷、材料科学的損傷を原子レベルでの材料組織の変化(材料強度の変化)として整理することで、複合的な損傷を高精度で定量的に評価する物理モデルの構築に成功しました。
これにより亀裂の発生や進展速度を機器の運転条件を考慮して定量的に予測することが可能となり(表1)、寿命予測精度を4~7倍と大幅に向上させることに成功しました。あわせて本手法を実際の発電プラントで試行し、その有用性を実証することもできました。従来の評価手法は外因としての温度や、応力や歪みなどの機械的負荷に基づく寿命予測であったのに対し、本手法では外因によって生じる材料の組織変化、すなわち損傷を定量的に評価した上で寿命評価を行うことから、本手法を「損傷駆動型高精度寿命設計」と命名しました。
さらに、クリーンエネルギー発電機器導入先進国における設備の長寿命化がもたらす環境便益を、ライフサイクル二酸化炭素排出削減量と呼ぶ定量的指標を用いて評価することを提案しました。適切な設備設計と運転中の部品の交換や修理を予測管理することで、この指標を機器により2倍〜5倍増加でき、カーボンニュートラル社会の実現加速に大きく貢献できる可能性を示すことができました。本技術により、クリーンエネルギー発電設備の長寿命運転の実現や突発的な故障リスクの低減が可能となり、安全安心な持続性社会の実現にも貢献できます。
今後の展開
今後は、新技術の社会実装を目指し、再エネ産業界での設備設計、予知保全、及び安全評価への本技術の導入・実証を進めていきます。
謝辞
本研究は、中国国家自然科学基金(52130511、U21B2077、52105162)、文部科学省世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS J250000163)」、国際的に卓越した研究エコシステム「NEXUSリサーチフェロープログラム」、東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業の助成を受けたものです。
用語説明
(注1)ライフサイクル二酸化炭素排出削減量
原材料の採取・製造・輸送・運転・保守・廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通じて、従来システムと比較して削減される二酸化炭素排出量のこと。
(注2)寿命予測分散帯
同一条件における寿命予測値の最大値と最小値の比であり、予測寿命のばらつきを示す指標。予測分散帯が小さいほど寿命予測精度が高いとみなし、寿命予測精度を評価するための定量的指標として用いられる。
論文情報
著者: Run-Zi Wang*, Wen-Rui Nie, Chuanyang Lu, Zhengyang Zhang, Yipu Xu, Yutaka S. Sato, Hideo Miura, Xian-Cheng Zhang, Shan-Tung Tu*
*責任著者: 東北大学材料科学高等研究所 助教 Run-Zi WANG(王 潤梓)
掲載誌: Engineering
DOI: 10.1016/j.eng.2025.09.029
お問合せ先
東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
材料科学コアリサーチクラスター(CRC-MS)
助教 王 潤梓
TEL:022-795-7353
Email:runzi.wang.a7@tohoku.ac.jp


