気候変動がもたらすワイン用ブドウの栽培適地の変化
- 日本に複雑に分布する適地を科学的に予測する -
2025/11/27
研究者ウェブサイト
発表のポイント
- 気候変動予測と生物種分布モデルを組み合わせ、将来の気候条件における東日本のワイン用ブドウ栽培適地の変化を予測しました。
- 気候変動の進行に伴い、北海道全域や東北北部、さらに標高の高い地域でワイン用ブドウの栽培適性度が大きく向上する可能性があることを示しました。適性度の変化の程度は気候変動シナリオによって大きく異なることも示しました。
- 既存の栽培地でも、栽培時期を早めるなどの地域適応策を講じることにより、適性度の低下を緩和できることを定量的に示しました。
概要
近年、気候変動の影響が顕著に現れており、特にワイン用ブドウ栽培への影響は世界的に懸念されています。東北大学大学院工学研究科の平賀優介助教の研究チームは、東日本のワイン用ブドウ栽培地の地理空間データを整備し、生物種分布モデルと呼ばれる統計モデルと気候変動予測データを組み合わせて分析しました。これにより、気候変動が進行した場合のワイン用ブドウ栽培の将来的な栽培適地分布を予測しました。結果として、北海道全域や東北北部、また標高の高い地域において、ワイン用ブドウの栽培適性度が大きく向上し得ることを示しました。また、既存の栽培地においても、栽培時期を早めるなどの適応策が有効であることを示しました。これにより、気候変動を見据えたワイン用ブドウ栽培の適応戦略や、新たな産地の開発に向けた政策の策定に対し、科学的根拠に基づいた指針を提供することが可能になりました。
本成果は、11月25日付で科学誌Theoretical and Applied Climatologyに掲載されました。
研究の背景
近年、気温上昇、降雨パターンの変化、季節区分の変化といった気候変動の影響が世界各地で顕著に現れています。ワイン用ブドウ栽培においては、気温や降雨量によって特徴づけられるその土地の気候が、ブドウの品質や収量を大きく左右する重要因子のひとつであることが知られています。そのため、気候変動はワイン用ブドウ栽培に深刻な影響を与えることが懸念されています。例えば、国際的には、気候変動によってワイン用ブドウ栽培の適地が伝統的な産地から移動するという予測が多数報告されています。最近のレビュー論文(参考文献1)では、イタリア、スペイン、カリフォルニアに位置する伝統的なワイン生産地域が21世紀末までに栽培に適さなくなる可能性がある一方、新たなワイン生産に適した地域が出現することが指摘されています。
日本国内においても、気候変動が栽培適地に与える影響の把握と対策の必要性が指摘されていますが、将来の栽培適地の移動や適応策の有効性を詳細かつ定量的に明らかにした分析は、これまで十分ではありませんでした。このような背景から、本研究では、日本国内におけるワイン用ブドウ栽培の適地の分布について、日本の条件に特化した予測モデルを構築し、その将来変化を高解像度で明らかにすることを目的としました。
今回の取り組み
本研究では、ワイン用ブドウ栽培適地の分布を予測する統計モデルを構築するため、東日本のワイン用ブドウ栽培地の地理空間データを整備するとともに、農研機構メッシュ農業気象データ(The Agro-Meteorological Grid Square Data System, NARO)を利用して、気温や降水量などの時空間分布を取得しました。次に、これらのデータを基に、生物種分布モデルの一種である最大エントロピー法(注1)を用いて、気候条件からワイン用ブドウ栽培適地の分布を予測するモデルを構築しました。
その結果、日本の多様な気候特性を考慮し、高い精度で栽培適地を予測できる統計モデルを構築することに成功しました。モデルの構築過程では、栽培適地を決定づける要因として、栽培期間中の累積降水量、平均飽差(注2)、有効積算気温、最寒月の最低気温が特に重要であることが明らかになりました。これは、湿潤で多様な気候をもつ日本では、降水量や飽差といった水分条件が栽培適地の決定に大きく影響することを示しており、気温に関する指標が主因となる欧米の銘醸地を主に対象とした研究結果(参考文献2)とは異なる、日本独自の知見です。
構築したモデルを東日本に適用し、現在の気候条件におけるワイン用ブドウ栽培適地の分布を推定しました(図1)。その結果、既存の栽培地(甲府盆地、信州ワインバレー、山形県南部など)に加え、福島県の会津や中通り地域などが現在の気候で栽培に適していることが示されました。
さらに、構築したモデルに気候変動予測データを入力し、将来の気候変動による栽培適地の変化を予測しました。気候変動予測には、異なる年代(近未来2041-2060年、遠未来2081-2100年)および排出シナリオ(RCP(注3)2.6、RCP8.5)を考慮しました。その結果、気候変動の進行に伴い、北海道全域や東北北部、また標高の高い地域において、ワイン用ブドウの栽培適性度が大きく向上する可能性が示されました(図2)。特に、遠未来・RCP8.5排出シナリオでは、北海道の後志・空知・上川・留萌・宗谷・オホーツクなどの広い地域、岩手県北部、福島県南西部、秋田県北東部などで適性度の上昇が顕著でした。その他、長野県、山梨県北部、新潟県東部、群馬県北部の標高の高い地域でも同様の傾向が見られました。一方、既存の栽培地では、気候変動の進行に伴い栽培適性度が低下する傾向を示しました。
栽培適性度が高い地域は、全体傾向として北方および高標高地へ移動するという国際的な知見と整合する傾向を示しましたが、適性度の上昇は標高1,000~1,500 mの範囲で最も顕著であり、地域によっては局所的かつ複雑なパターンで生じることも明らかになりました。本研究では、このような変化の主因が気候変動による大幅な気温上昇であることを示しました。
また、既存の栽培地においても、栽培期間を早めるなどの地域適応策を講じることにより、適性度の低下を緩和できることを定量的に示しました。例えば、甲府盆地における遠未来・RCP8.5排出シナリオでは、栽培時期を2週間、1か月と早めることにより、適性度の減少が緩和されることを示しました(図3)。
今後の展開
本研究により、日本国内における将来のワイン用ブドウ栽培適地の移動や適応策の有効性が定量的にかつ高解像度で明らかになりました。これにより、気候変動を見据えたワイン用ブドウ栽培の適応戦略や、新たな産地の開発に向けた政策の策定に対し、科学的根拠に基づいた指針を提供することが可能になりました。
今後はブドウの品質や収量に関するデータを活用することにより、より詳細な分析が可能になる見込みです。また研究グループは、、将来の栽培適地を推定するにあたり、気候変動に伴う災害の変化の観点も考慮した推定に取り組みます。
謝辞
掲載論文は、「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
用語説明
(注1)最大エントロピー法
ある生物種の既知の分布情報(在データと呼ぶ)と環境情報から、その生物が存在する確率を統計的に推定する手法。
(注2)飽差
空気がどれだけ水蒸気を含む余裕があるかを示す指標で、値が大きいほど空気が乾いていることを意味する。
(注3)RCP
Representative Concentration Pathwayの略。将来の温室効果ガス排出量に基づく気候変動シナリオで、数値が大きいほど温暖化の程度が大きいことを示す(例:RCP2.6は排出抑制が進んだ低温暖化シナリオ、RCP8.5は排出が続く高温暖化シナリオ)。
参考文献
- [1] van Leeuwen, C., Sgubin, G., Bois, B., Ollat, N., Swingedouw, D., Zito, S., & Gambetta, G. A. (2024). Climate change impacts and adaptations of wine production. Nature Reviews Earth & Environment, 5(4), 258-275.
- [2] Hannah, L., Roehrdanz, P. R., Ikegami, M., Shepard, A. V., Shaw, M. R., Tabor, G., ... & Hijmans, R. J. (2013). Climate change, wine, and conservation. Proceedings of the national academy of sciences, 110(17), 6907-6912.
論文情報
著者: Yusuke Hiraga*, Takuya Matsumoto
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科土木工学専攻 助教 平賀 優介
掲載誌: Theoretical and Applied Climatology
DOI: 10.1007/s00704-025-05889-y


