多数の光の渦を物質に転写して可視化することに成功!

- 物質中での渦の生成、消滅、操作の新展開 -

2025/12/03

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 小野 円佳
研究室ウェブページ

概要

千葉大学大学院工学研究院の尾松 孝茂教授、千葉大学分子キラリティー研究センターの平山 颯紀特任助教と、東北大学大学院工学研究科の小野 円佳教授、木崎 和郎助教、赵 君婕 (Zhao Junjie) 学振外国人特別研究員と北海道大学電子科学研究所の田口 敦清准教授の研究チームは、光の波面に複数の渦が同時に存在する多重光渦(注1,2)を物質に転写して構造として可視化することに成功しました。また光のスピン角運動量と軌道角運動量のベクトル合成(光のスピン軌道相互作用(注3))の効果により、渦の大きさや位置が大きく変化することを見出しました。

この結果は、一つの光で多数の微小物質を同時に捕捉・輸送・回転・操作できる光マニピュレーション(注4)の新たな技術として、渦の物理学、キラリティー化学など、非常に幅広い分野での応用が期待されます。

本研究成果は、2025年11月18日に、学術誌Nanophotonicsで公開されました。

研究の背景

渦は液体や気体のみならず固体の表面においても観測される現象で、その生成や消滅のメカニズムや渦同士の相互作用に関する研究が進められています。実は光にも、波面の螺旋構造に由来する渦「光渦」の存在が指摘されています。光渦は、波面の中央に光強度がない暗点(位相特異点)を有しており、光の位相特異点の性質を理解するための基礎研究から、レーザー加工をはじめとする応用研究まで様々な研究が提案されています。研究チームも、これまで単一の光渦をレーザー加工の光源として用いて様々な物質の表面に渦構造を転写することに成功してきました(参考資料)。

波面に複数の渦が同時に存在する「多重光渦」は、物質科学における渦の生成消滅のメカニズムや渦同士の相互作用を研究するシミュレーターとして有望です。また、多数の微小物質を同時に捕捉・輸送・回転・操作できる可能性を秘めています。しかし、多重光渦に関する研究はこれまでほとんどありませんでした。

研究の成果

本研究では、グリーンレーザー光の波面を空間変調器によって精密に制御し、異なる軌道角運動量を持つ2つの光渦を組み合わせた「多重光渦」という特殊な光を発生させました。さらに、1/4波長板を使用して、光を「円偏光多重光渦」に変換しました。

そして光に反応して分子が移動して形を変える光応答性高分子材料「アゾポリマー(注5)」に、発生させた円偏光多重光渦を照射しました。多重光渦の中央にアゾポリマーの突起ができました(図1-a, g)。また突起のすそ部分は、ねじれた螺旋を描いていました。軌道角運動量の絶対値の大きな方の光渦の軌道角運動量の符号とスピン角運動量の符号は同じです。螺旋の向きは軌道角運動量の絶対値の大きな方の光渦の軌道角運動量の符号で決まります。さらに螺旋を描く腕の数は2つの光渦の軌道角運動量の差で決まることも分かりました。突起の位置における電磁場をコンピューターシミュレーションで解析すると、突起の位置が渦に対応することが分かりました(図1-b, c, h, i)。つまり、形成されたアゾポリマーの突起は渦の場所と角運動量を表していることになります。

また光の回転方向(円偏光の向き)を変えると、多重光渦の中央部の突起が消滅し、周辺に複数の突起が現れ、螺旋を描いていた腕はまっすぐに伸びました(腕の数は変化しません)(図1-d, j)。円偏光の向きによらず、多重光渦の光強度分布は変化しません。これは光の「スピン軌道相互作用」と呼ばれる効果によるもので、多重光渦の中央部の渦が消滅し、多重光渦の周辺部に新たに複数の渦が生成したことを意味します。すなわち、光の渦がアゾポリマーのような光感受性を有する物質の質量移動を介して顕在化・可視化できたことになります(図1)。


図1. 多重光渦で記録されたレリーフとコンピューターシミレーション解析により求めた渦。

今後の展開

本研究により多重光渦による物質操作の可能性が分かりました。円偏光の向きによらず多重光渦の光強度分布は変化しません。しかし、光の波面における渦の存在する場所は、光のスピン軌道相互作用の効果によって大きく変化します。その光の渦の大きさや場所がアゾポリマーのような光感受性を有する物質の質量移動を介して顕在化・可視化できたことになります。これにより、多数の微小物質を同時に捕捉・輸送・回転・操作できる光マニピュレーションへの応用が期待されます。また複数のねじれた突起構造を同時に生成する物質加工、さらには物質科学における渦の生成消滅過程や渦同士の相互作用の解明につながる基礎研究にも、貢献することが期待されます。

用語説明

(注1)光渦(ひかりうず)

光の波面(波の進行方向に対して垂直な等位相面)が、螺旋階段のようにねじれた光のこと。波面の中心部に光が全くない暗点(位相特異点と呼ばれる波面の渦)があり、ドーナツ型の光強度分布を持っている。また、螺旋波面のねじれに由来して「軌道角運動量」という物理量を持つことが知られている。

(注2)多重光渦(たじゅうひかりうず)

異なるねじれの回数(次数)を持つ光渦を合成してできた光で、一つの光の波面の中に複数の位相特異点(波面の渦)を同時に含んでいる光。

(注3)光のスピン軌道相互作用

光は、螺旋波面に由来する「軌道角運動量」と、螺旋電場である円偏光に由来する「スピン角運動量」という2種類の回転の性質(角運動量)を持っている。これら2つが互いに強めあったり弱めあったりする現象を「光のスピン軌道相互作用」と呼ぶ。

(注4)光マニピュレーション

光の輻射力を利用して、細胞や微小なビーズなど、目に見えないほど小さな物体を掴んだり、移動させたり、回転させたりする技術のこと。「光ピンセット」とも呼ばれる。多重光渦を使うことで、多数の微小物質を同時に、かつ複雑に操作する新たな技術への応用が期待されている。

(注5)アゾポリマー

可視から紫外の波長の光を照射すると、トランス体からシス体へ変化する「光異性化反応」を起こす高分子材料の一種。この反応に伴い、光が当たった部分の物質が移動する(質量移動)性質がある。本研究では、この性質を利用して、目に見えない光の波面の渦のパターンをアゾポリマー薄膜表面の突起として記録(転写)するために用いた。

謝辞

本研究は、科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革」(JP22H05131、JP22H05138、JP22H05137)、基盤研究A(JP23H00270)、若手研究(JP24K17660)、特別研究員奨励費(JP24K17660)、科学技術振興機構戦略的創造研究CREST (JPMJCR1903)等の支援により行われました。

論文情報

タイトル: Surface relief formation with light possessing multiple vortices
著者: Junjie Zhao, Kazuro Kizaki, Atsushi Taguchi, Madoka Ono, Soki Hirayama, Takashige Omatsu
掲載誌: Nanophotonics
DOI: 10.1515/nanoph-2025-0387

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 小野 円佳
TEL:022-795-7952
E-mail:madoka.ono.d7@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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