細菌と薬剤耐性拡散の関係理解に新たな道筋
- 水環境中の細菌のエネルギー配分に着目した数理モデル -
2026/01/13
研究室ウェブサイト
発表のポイント
- 細菌が複数の生理機能に対して限られたエネルギーをどのように配分しているのかを、数理モデルと実験を組み合わせて明らかにしました。
- 酸化亜鉛(ZnO)による環境ストレスが、細菌のエネルギー配分および遺伝子伝播効率に与える影響を解析しました。
- 本成果は、水環境汚染が薬剤耐性の拡散に及ぼす潜在的な影響の理解や評価に貢献するとともに、今後の水環境管理に新たな視点を与えるものです。
概要
水環境中に存在する細菌は、限られたエネルギーをどの生理機能に優先的に使うのかという選択を迫られています。
東北大学大学院環境科学研究科のKatayoun Amirfard助教、大学院工学研究科の佐野大輔教授らの研究グループは、細菌が増殖、バイオフィルム形成、接合による薬剤耐性遺伝子伝播、ならびに重金属耐性といった多様な機能に、エネルギーをどのように振り分けているのかを、Dynamic Energy Budget(DEB)理論(注1)に基づく数理モデルを用いて解析しました。特に、さまざまな分野で使用され、水環境中にも広く存在しているZnOへの曝露条件下における細菌のエネルギー配分の経時変化を追跡しました。基質量、バイオフィルム量、細菌濃度、接合(注2)の効率などの実測値を用いてモデルパラメータを推定し、ZnO濃度に応じたエネルギー配分の変化や、各機能へのエネルギー配分の関係を可視化することで、水環境中における薬剤耐性遺伝子の拡散リスクを理解・評価するための新たな知見を得ました。本成果は、今後の水環境管理や薬剤耐性対策への貢献が期待されます。
本研究の成果は2025年12月24日に、水分野の学術誌Water Researchに掲載されました。
研究の背景
抗生物質などの薬が効かなくなる「薬剤耐性」の拡大は、世界的な公衆衛生上の大きな課題となっています。これまで薬剤耐性は、主に医療現場での抗生物質使用との関係で議論されてきましたが、近年では、水環境などの自然環境に存在する細菌が、耐性遺伝子を他の細菌へ直接受け渡す「水平伝播(注3)」を通じて、薬剤耐性の拡散に関与している可能性が指摘されています。
水環境中の細菌は、単独で存在するだけでなく、バイオフィルムと呼ばれる集合体を形成して生活しています。このような環境では、細菌同士の距離が近くなり、遺伝情報が細菌間で直接受け渡されやすくなることが知られています。さらに、水中に含まれる重金属などの汚染物質は、細菌にとってストレスとなり、その生理的な振る舞いを変化させ、薬剤耐性遺伝子の拡散に影響を与える可能性が報告されています。
しかし、こうした環境ストレスの下で、細菌が限られたエネルギーをどのように使い分け、成長や防御、さらには遺伝子伝播といった機能のどれを優先するのかについては、これまで十分に説明されてきませんでした。
今回の取り組み
本研究では、環境ストレス下において細菌が限られたエネルギーをどの生理機能にどのように配分しているのかを明らかにするため、DEB理論に基づく数理モデルで細菌のふるまいを計算し、環境条件を再現した実験によって、その妥当性を検証しました。
具体的には、細菌の増殖や維持(メンテナンス)に加え、バイオフィルム形成、重金属耐性、ならびに接合といった複数のエネルギー消費プロセスを同時に扱える新たなモデルを構築しました。これにより、環境中の条件が変化したときに、細菌が限られたエネルギーをどの機能に優先的に使うのかを、仕組みに基づいて説明できるようになりました。
実験では、ZnO(0〜0.1 g/L)への曝露という環境ストレス条件下で細菌を培養し、溶存有機物量、細菌濃度、バイオフィルム量に加えて、細胞内のATP(注4)量や接合効率の経時変化を測定しました。これらの実測データを用いてモデルパラメータを推定することで、ZnO濃度の違いが細菌のエネルギー配分に与える影響を数値化しました。
その結果、ZnO濃度に応じて、細菌が成長に用いるエネルギーと、防御や遺伝子伝播に関連する機能へ投じるエネルギーの割合が変化することが明らかになりました。特に中間的な濃度(0.01 g/L)条件では、重金属耐性や接合といった機能へのエネルギー配分が顕著に変動することが示され、重金属による環境ストレスが細菌のエネルギー配分に強く影響することが示唆されました。
今後の展開
本研究で構築した数理モデルは、水環境中における薬剤耐性遺伝子の拡散を、単なる現象としてではなく、細菌が環境ストレスに応じてどのようにエネルギー配分を変化させているのかという視点から理解・評価するための新たな枠組みを提供するものです。今後は、複数種の細菌が共存する実環境バイオフィルム系や、薬剤、温度、pHなどが同時に作用する複合的な環境ストレス条件への適用を進める予定です。また、下水処理施設や自然水域を想定した条件下で得られる実測データとの統合を通じて、より現実に即したリスク評価への展開を目指します。これにより、水環境中の重金属汚染や環境管理のあり方が、将来的な薬剤耐性問題にどのように影響し得るのかを科学的に示し、環境保全と公衆衛生の両面に貢献することが期待されます。

図1. 遺伝子受容菌におけるDEBに基づくエネルギー配分モデルの模式図。基質(S)は同化エネルギーフラックス(Jassimilation)によって一次エネルギー源として取り込まれ、貯蔵エネルギー(E)として蓄積される。その後、エネルギー利用フラックス(Jmobilization)を介し、維持(Jmaintenance)、増殖(Jgrowth)、重金属耐性(Jmetal)、バイオフィルム形成(Jbiofilm)、および接合(Jconjugation)に利用される。これらは金属ストレス下および遺伝子供与菌の存在という外部ストレス条件下においてバイオマス(V)の形成へとつながる。

図2. ZnO 曝露下における接合関連エネルギーフラックス(Jconjugation)の時間推移シミュレーション結果。シミュレーションは連立微分方程式を用いたDEBモデルを用いて行った。実線は 0、12、24、36、48、60 時間後における平均値を結んだものであり、淡色の帯は速度論パラメータまたは収率パラメータに ±5% のガウス摂動を加えて得られた 5 回のシミュレーションの標準偏差(±1 SD)を示しており、モデルの不確実性を表現している。
謝辞
本研究は環境省・独立行政法人環境再生保全機構・環境研究総合推進費(JPMEERF25S21214)によって実施されました。
用語説明
(注1)Dynamic Energy Budget(DEB)理論
生物が取り込んだエネルギーを、成長や生存などの生命活動にどのように配分しているかを表す数理理論。
(注2)接合
細菌どうしが直接つながって遺伝子を受け渡す仕組みであり、遺伝子供与菌が細い線毛を遺伝子受容菌に伸ばして結合し、線毛を通じてプラスミドなどのDNAを遺伝子受容菌に送り込むことで、受け取った細菌は新たな性質(抗生物質への耐性など)を獲得できる。
(注3)水平伝播
親から子へ受け継がれる通常の遺伝とは異なり、細菌などの微生物同士が、同じ世代の間で遺伝子を直接やり取りするしくみのこと。
(注4)ATP
Adenosine Triphosphate(アデノシン三リン酸)。生物が活動するためのエネルギーを運ぶ分子。細胞は、栄養分を分解して得たエネルギーをATPとして蓄え、必要なときにATP分子内のリン酸結合を切り離してエネルギーを取り出し、成長や物質合成などの生命活動を行うのに利用している。
論文情報
著者: Katayoun Dadeh Amirfard, Mohan Amarasiri, Daisuke Sano*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 教授 佐野大輔
掲載誌: Water Research
DOI: 10.1016/j.watres.2025.125216