なぜ粗い研磨でステンレス鋼は錆びやすくなるのか?
- MnS介在物に着目した耐食性低下の機構解明 -
2026/02/09
研究者ウェブサイト
発表のポイント
概要
ステンレス鋼は高い耐食性を有していますが、海水などの塩化物水溶液にさらされる環境では、表面に腐食が生じることがあります。ステンレス鋼は一般的に、美観性・清浄性の向上を目的として、研磨による平滑化が施されますが、研磨後の表面粗さが大きいほど耐食性が低下するという課題が知られています。
東北大学大学院工学研究科の王思奇大学院生、西本昌史助教、武藤泉教授は、粗い機械研磨によりステンレス鋼の耐食性が低下する要因を詳細に解析し、従来から指摘されていた不働態皮膜の厚さの不均一化だけではなく、MnS介在物の変形や鋼中への埋没といった形態変化が最も重要な要因であることを明らかにしました。本成果は、ステンレス鋼の表面加工によって腐食が起こりやすくなる仕組みを明確に示したものであり、ステンレス鋼製の機械研削が不可欠な化学プラントや産業・医療機器における、耐食性および信頼性の向上に貢献することが期待されます。
本成果は、2026年2月4日(現地時間)に材料の劣化に関する学術誌npj Materials Degradationにオンライン掲載されました。
研究の背景
ステンレス鋼は、鉄(Fe)にクロム(Cr)やニッケル(Ni)を添加した合金であり、高い耐食性を有する材料として幅広い分野で使用されています。しかし、海水などの塩化物イオン(Cl−)濃度が高い水溶液中では、孔食(注4)と呼ばれる局部的な腐食が発生する場合があります。孔食は、材料の一部に腐食が集中して生じ、短時間で貫通や破断などの損傷をもたらす危険な現象です。ステンレス鋼の耐孔食性は、表面に形成される不働態皮膜の性質や、鋼中に存在する介在物の影響を強く受けます。
ステンレス鋼は一般的に、表面の平滑化や美観性・清浄性の向上を目的として、機械研磨などによる表面加工が施されますが、機械研磨後の表面粗さが大きいほど耐孔食性が低下することが広く知られています。一方で、粗い研磨によって耐孔食性が低下する理由については、不働態皮膜の組成や膜厚の変化に着目した議論が中心であり、介在物の特性変化を含めて系統的に解析した研究は限られていました。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科の王思奇大学院生、西本昌史助教、武藤泉教授の研究チームは、代表的なステンレス鋼であるFe-18%Cr-8%Ni合金(Type 304ステンレス鋼)を対象に、粗い機械研磨によって耐孔食性が低下する要因の解明に取り組みました。
塩化ナトリウム水溶液中において、粗い研磨を施したステンレス鋼の孔食の発生位置を調査した結果、孔食はMnS介在物と研磨傷が交差する箇所で発生することを見出しました(図1)。一方、MnS介在物が存在しない領域では、粗い研磨が施されていても、不働態皮膜は破壊されず、孔食が発生しないことを明らかにしました。これらの結果は、粗い研磨による耐孔食性の低下が、不働態皮膜の特性変化のみでは説明できないことを示しています。
さらに、MnS介在物と研磨傷が重なり合うことで、局所的に孔食が発生しやすい状態が形成される理由を明らかにするため、不働態皮膜およびMnS介在物の特性に着目した詳細な解析を行いました。その結果、不働態皮膜では顕著な組成変化は見られなかったものの、膜厚が不均一化することが確認されました。一方、MnS介在物については、粗い研磨によりき裂や変形が生じたり、部分的に鋼中へ埋没したりするなど、形態が大きく変化することが判明しました(図1)。そして、このように大きく変形した形態のMnS介在物では、マイクロスケールの電気化学特性解析技術により、特に孔食が発生しやすくなることを明らかにしました。
本研究では、粗い研磨による耐孔食性の低下が、不働態皮膜の膜厚不均一化に加え、MnS介在物の変形や鋼中への埋没といった形態変化が最も重要な要因であることを定量的に明確に示しました。
今後の展開
従来、機械研磨後の表面粗さが大きいほどステンレス鋼の耐孔食性が低下することは知られていましたが、そのメカニズムは必ずしも明確ではありませんでした。本研究は、不働態皮膜およびMnS介在物の特性変化に基づき、耐孔食性低下の主な要因を具体的に示したものです。
本成果は、耐孔食性を低下させにくい表面仕上げとして、現在の主流である不働態皮膜の改質に加え、MnS介在物の無害化を指向した研磨後処理が有効であることを示しています。これにより、機械研削が不可欠なステンレス鋼製の化学プラントや産業・医療機器における、耐食性および信頼性の向上に貢献することが期待されます。

図1. (a)平滑なステンレス鋼表面のMnS介在物の走査型電子顕微鏡写真およびエネルギー分散型X線分光法による元素マップ。(b)粗い機械研磨を施したステンレス鋼表面に存在するMnS介在物の走査型電子顕微鏡写真および元素マップ。研磨によりMnS介在物が変形し、一部にき裂や鋼中への埋没が見られる。また、研磨傷とMnS介在物が交差する箇所において孔食が観察されている。
謝辞
本研究は、公益財団法人大澤科学技術振興財団と、日本学術振興会JSPS科研費(JP22H00254、JP25H00788)の助成を受けて行われました。
用語説明
(注1)ステンレス鋼
鉄(Fe)に約11%以上のクロム(Cr)を添加して耐食性を高めた鋼。
(注2)MnS介在物
ステンレス鋼の製造工程において微量に添加されるマンガン(Mn)と、完全に除去しきれない硫黄(S)が化合して形成され、鋼中に残存する介在物。
(注3)不働態皮膜
ステンレス鋼の表面に形成される、目に見えないほど薄い酸化皮膜(厚さ数ナノメートル程度)。表面を保護し、耐食性を高める役割を果たしている。
(注4)孔食
塩化物イオン(Cl−)などの侵食性化学種の作用により、ステンレス鋼の不働態皮膜が局部的に破壊され、孔状の小さな腐食が生じる現象。
論文情報
著者:Siqi Wang*1, Masashi Nishimoto*2, Izumi Muto
*責任著者: *1 東北大学大学院工学研究科 大学院生 王 思奇
*2 東北大学大学院工学研究科 助教 西本 昌史
掲載誌:npj Materials Degradation
DOI:10.1038/s41529-026-00750-7