家庭での尿検査を可能にする新技術
- クレアチニン補正を実現する簡易・高感度バイオセンサを開発 -
2026/02/16
研究室ウェブサイト
発表のポイント
概要
尿は、健康状態や疾患リスクを知るための重要な情報を含む身近な検体ですが、摂取水分量や個人差によって濃度が大きく変動するため、正確な評価には補正が欠かせません。尿中バイオマーカーの評価では、一般にクレアチニン補正が用いられますが、従来は家庭で簡便かつ高精度に測定できる技術がありませんでした。
東北大学大学院工学研究科の小野崇人教授と大学院医学系研究科の阿部高明教授の研究グループは、白金ナノ粒子と酵素反応(注6)を利用した抵抗変化型バイオセンサ(ケミレジスタ型バイオセンサ)を新たに開発し、家庭での尿検査に適した簡易かつ高精度なクレアチニン濃度の検出に成功しました。本技術により、クレアチニン補正を前提とした尿中バイオマーカー計測を家庭レベルで実現する道が開かれました。今後は、在宅健康モニタリングや予防医療への応用が期待されます。
本研究成果は2026年2月13日付で科学誌Microsystem & Nanoengineeringに掲載されました。
研究の背景
近年、尿中に含まれるさまざまなバイオマーカーを用いて、人の健康状態や疾患リスクを評価する研究が進んでいます。尿は採取が容易で、在宅での健康管理に適した検体である一方、摂取水分量や個人差によって濃度が大きく変動する特性があります。そのため、バイオマーカーを正確に評価するには、クレアチニン濃度による補正(クレアチニン補正)が不可欠です。
しかし、クレアチニンの測定には、従来、医療機関や研究室に設置された分析装置が用いられることが一般的であり、家庭で簡便かつ高精度に測定することは困難でした。特に、一般的な電気化学センサでは、測定の基準となる電位を安定的に保つための参照電極を含む構成が必要であり、在宅・日常的な尿検査や健康モニタリングを実現する上での大きな制約となっていました。
今回の取り組み
本研究では、こうした課題を解決するため、参照電極を必要としない二電極構造を採用したケミレジスタ型バイオセンサを新たに開発しました(図1、図2)。本センサは、白金ナノ粒子と複数の酵素を高分子材料中に担持した電気抵抗体を有しています。本研究では、化学反応に応答して電気抵抗が変化する機能部を「化学抵抗体」と呼びます。
クレアチニンが酵素反応によって分解される過程で生成される過酸化水素が、白金ナノ粒子界面で電気的な応答を引き起こし、その結果として化学抵抗体の電気抵抗が変化します。この抵抗変化を測定することで、参照電極を用いることなく、クレアチニン濃度を高感度かつ迅速に検出することが可能となります(図3)。
本センサは、構造がシンプルな二電極構造であるため、小型化や低コスト化に適しており、使い捨てを想定した量産にも対応可能です。また、数十秒程度で測定が可能なため、家庭利用を想定した簡易な測定プロセスを実現しています。さらに、本技術はクレアチニンに限らず、各種酵素反応を利用したセンサにも応用可能であり、汎用性の高いセンサプラットフォームとしての展開が期待されます。
今後の展開
本技術は、尿中バイオマーカーの評価に不可欠なクレアチニン補正を、家庭レベルで実現するための基盤技術です。参照電極を必要としない簡素な構造でありながら、高感度な計測が可能であることから、在宅での健康モニタリングや日常的な体調管理への応用が期待されます。
今後は、クレアチニン補正を前提として、さまざまな尿中バイオマーカーや健康指標物質への展開を進めることで、疾病リスクの早期検出や、個別化医療・予防医療への貢献が見込まれます。本成果は、これまで医療機関や高価な分析装置に依存してきた尿検査の在り方を見直し、健康管理をより身近なものにする可能性を示しています。

図1. 開発した抵抗型バイオセンサの概要と動作原理。a. センサ構造の模式図。金属電極間に化学抵抗体が形成されており、複数の酵素および白金ナノ粒子が高分子マトリクス中に担持された構造を有する。b. 分析対象物質であるクレアチニンが酵素によるカスケード反応を受け、過酸化水素(H₂O₂)が生成される。c. 生成したH₂O₂が白金ナノ粒子表面で酸化・還元反応を起こし、電荷移動および伝導経路の変化を通じて化学抵抗体の電気抵抗が変化する。

図2. 作製したバイオセンサの構造および化学抵抗体の顕微鏡像。化学抵抗体は、10 µmのギャップを有する金属電極間を架橋するように形成されており、白金ナノ粒子および酵素を担持した高分子マトリクスから構成されている。
謝辞
本研究は、阿部高明教授が代表を務める、日本医療研究開発機構(AMED)が推進するムーンショット型研究開発事業のプロジェクト「ミトコンドリア先制医療」(JP25zf0127001h0005)の支援を受けて行われました。発表論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
用語説明
(注1)バイオマーカー
体内の状態や疾患リスクを反映する指標となる物質。尿や血液中に含まれる成分を測定することで、健康状態や病気の兆候を把握できる。
(注2)クレアチニン補正
クレアチニンは、筋肉の代謝により体内で生成され、尿中に排出される物質。尿検査では、尿の希釈や濃縮の影響を補正する基準物質として広く用いられている。クレアチニン補正は、尿中バイオマーカーの濃度を、同時に測定したクレアチニン濃度で補正する方法。水分摂取量や個人差による尿濃度のばらつきを抑え、より正確な評価を可能にする。
(注3)参照電極
電気化学測定において、電位が一定に保たれる基準となる電極。測定対象の電極で生じる電気的変化を安定して評価するために用いられる。従来の電気化学センサでは参照電極を含む三電極構成が一般的であったが、構造が複雑になり、小型化や使い捨て化が難しいという課題があった。
(注4)白金ナノ粒子
直径数ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)の白金粒子。高い触媒活性と優れた電気的特性を持ち、化学反応や電荷移動を高感度に検出できる。
(注5)ケミレジスタ型バイオセンサ
化学反応によって生じる材料の電気抵抗変化を検出原理とするセンサ。本研究では、酵素反応によって生じる反応生成物により電気抵抗が変化する仕組みを利用している。
(注6)酵素反応
生体内で「触媒」として働く酵素が、特定の物質を選択的に分解・変換する反応。本研究では、尿中のクレアチニンに特異的に反応する酵素を用い、その反応の結果を電気信号として読み取っている。
論文情報
著者:Yi-Hsiu Kao, Nguyen Van Toan, Takaaki Abe, Ioana Voiculescu, and Takahito Ono*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 機械機能創成専攻 教授 小野崇人
掲載誌:Microsystem & Nanoengineering
DOI:10.1038/s41378-025-01155-3
