ワイヤレス聴診器とAIで誤嚥リスクを可視化

- 咽頭残留を音から検知し、介護・在宅現場での早期発見へ -

2026/03/18

【工学研究科研究者情報】
大学院工学研究科通信工学専攻 教授 伊藤 彰則
研究室ウェブサイト

発表のポイント

  • ワイヤレス聴診器で録音した呼吸音から、AI(人工知能)(注1)が飲み込みの困難によって喉に残る食べ物や液体の異常音を検出する新技術を開発しました。
  • 従来の専門的な検査に比べて、患者さんへの負担が少なく、安価で、どこでも手軽に使えるため、誤嚥リスクの日常的な早期発見が可能になります。
  • この技術は、高齢者に多い誤嚥性肺炎の予防に役立ち、介護現場での負担軽減や、飲み込みに不安のある方の生活の質の向上に貢献することが期待されます。

概要

日本では高齢化が進み、食べ物や液体が誤って気管に入ってしまう「誤嚥(注2)」が原因で起こる「誤嚥性肺炎(注3)」は、高齢者の健康を脅かす深刻な問題となっています。特に、飲み込んだ後に喉に食べ物や液体が残ってしまう「咽頭残留(注4)」は、誤嚥のリスクを大幅に高めることが知られています。しかし、現状の検査方法は、費用が高く、患者さんの身体に負担がかかるため、頻繁にチェックすることが難しいという課題がありました。

この課題を解決するため、大学院工学研究科の伊藤彰則教授は株式会社バイオソノとの共同研究により、ワイヤレス聴診器(注5)で録音した呼吸音から、AI(人工知能)を用いて咽頭残留の兆候を検出する手法を開発しました。この技術は、スマートフォンなどの身近な機器で使える軽量なモデルと、高精度を追求した深層学習モデルの二つを検討し、どちらも高い精度で咽頭残留を検出できることを確認しました。これにより、専門的な機器や場所を必要とせず、患者さんの負担を大幅に減らしながら、日常的に誤嚥のリスクを早期にスクリーニングできるようになり、高齢者の健康維持と生活の質の向上に大きく貢献すると期待されます。

本研究成果は、3月19日から21日まで大阪で開催される国際会議The 6th Symposium on Pattern Recognition and Applications 2026 で発表されます。

研究の背景

日本では高齢化が急速に進んでおり、それに伴い、食べ物や飲み物が誤って気管に入ってしまう「誤嚥」が原因で発症する「誤嚥性肺炎」が増加の一途をたどっています。誤嚥性肺炎は、高齢者の死亡原因の上位を占める深刻な病気であり、飲み込みが難しくなる「嚥下障害」を持つ方にとっては特に大きなリスクとなります。特に、飲み込んだ後に喉の奥に食べ物や液体が残ってしまう「咽頭残留」は、誤嚥性肺炎を引き起こす主要な要因の一つとされています。

これまで嚥下障害や咽頭残留を診断するためには、放射線を使う「VFSS(ビデオ嚥下造影検査)」や、内視鏡を使う「FEES(内視鏡下嚥下機能評価)」といった、専門的な検査が「標準的な方法」とされてきました。しかし、これらの検査は、費用が高く、患者さんの身体に負担をかけるだけでなく、専門施設でしか受けられないため、日常生活の中で頻繁にチェックすることが非常に難しいという課題を抱えています。そのため、家庭や介護現場で手軽に誤嚥リスクを評価できる新しい方法が強く求められていました。

今回の取り組み

今回の研究では、喉に食べ物や液体が残ると、呼吸音や飲み込みの音に独特の変化が現れるという点に着目しました。例えば、声が湿っているかのように聞こえる「湿性嗄声」や、異常な呼吸音などがその兆候となります。私たちは、この音の変化をワイヤレス聴診器で捉え、AI(人工知能)を使って自動的に検出するシステムを開発しました。

このシステムには、主に二つの異なるAIモデルを導入しました。一つは、スマートフォンなどの身近な機器でも動くように設計された「軽量モデル」です。これは、呼吸音の特徴を「音の単語」として分類し、その出現パターンから異常を判断する「Bag-of-Audio-Words(BoAW)」という手法に基づいています。もう一つは、より複雑で高性能な「深層学習モデル」で、大量の学習データを用いてより高度なパターンを認識できるように設計されています。

高齢者の方々から収集した実際の呼吸音データを用いた実験の結果、軽量モデルの中でも、特に音の特徴を詳細に分析する手法(64次元メルスペクトログラムとXGBoostを組み合わせたもの)が最も高い検出精度(F1スコア0.708)を示しました。深層学習モデルもこれに匹敵する高い精度(F1スコア0.695)を達成し、どちらのモデルも咽頭残留の可能性を高い信頼性で検出できることが実証されました。これにより、場所や時間を選ばずに誤嚥リスクをチェックできる道が開かれました。

今後の展開

今回の研究成果は、近い将来、高齢者の誤嚥リスクを手軽にチェックできる実用的なツールとして応用されることが期待されます。例えば、スマートフォンに専用アプリをインストールし、ワイヤレス聴診器と連携させることで、介護施設や在宅介護の現場で、食前食後に利用者の呼吸音を簡単にモニタリングできるようになります。これにより、嚥下状態の変化にいち早く気づき、適切な介入を行うことが可能になります。

この技術が普及すれば、誤嚥性肺炎の発症を未然に防ぎ、入院や治療にかかる医療費の削減にも貢献します。さらに、飲み込みに不安を抱える高齢者やそのご家族が、より安心して食事を楽しめるようになり、生活の質の向上につながります。将来的には、病気になってから治療するのではなく、病気を予防する「予防医療」の一環として、多くの人々の健康寿命延伸に寄与する社会貢献を目指します。


図1. ワイヤレス聴診器を喉に装着している様子

図2. 提案法(BoAW法)の手順。音声から特徴量を抽出したあと、ベクトル量子化によって特徴量をコード(音の単語)に分類し、その頻度によって音声を表現する。

用語説明

(注1)AI(人工知能)

人間の知的な活動をコンピューターで模倣する技術の総称。大量のデータからパターンを学習し、予測や判断を行う。本研究では「機械学習」や「深層学習」というAIの技術を利用している。

(注2)誤嚥(ごえん)

飲み込んだ食べ物や飲み物が、食道ではなく誤って気管に入ってしまうこと。

(注3)誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)

誤嚥によって食べ物や唾液、細菌などが肺に入り、炎症を起こして発症する肺炎の一種。高齢者に多く見られる。

(注4)咽頭残留(いんとうざんりゅう)

飲み込みが終わった後も、喉の奥(咽頭)に食べ物や液体が残ってしまう状態のこと。これが原因で誤嚥が起こりやすくなる。

(注5)ワイヤレス聴診器

コードがなく、Bluetoothなどの無線通信でスマートフォンや他の機器に音を送ることができる聴診器。

論文情報

タイトル:Detection of Pharyngeal Food Residue Aspiration from Respiratory Sounds Recorded by a Wireless Electronic Stethoscope
発表者:Akinori Ito, Ken Toyama, and Takeshi Kurisaki
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 伊藤 彰則
国際会議:Proceedings of 6th Symposium on Pattern Recognition and Applications, Osaka, 2026.

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科通信工学専攻 教授 伊藤 彰則
TEL:022-795-7084
Email:aito.spcom@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
Email:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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