情報の安定性と信号強度の両立を実現

- 保磁力最大約10倍を達成、次世代省エネ磁気メモリへ -

2026/03/18

【工学研究科研究者情報】
大学院工学研究科応用化学専攻 助教 神永 健一
研究室ウェブサイト

発表のポイント

  • 従来は困難とされてきた、磁石の強さ(磁化)と情報の保持能力(保磁力(注1))の両立を、独自の「ナノ傾斜設計(注2)」により実現しました。
  • 従来の均一材料と比べ、磁化を維持したまま、保磁力を従来の最大約10倍に向上させることに成功しました。
  • 大強度陽子加速器施設J-PARC MLF(注3)と3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)(注4)を連携活用した解析により、全体の性能向上を実現するメカニズムが明らかになりました。
  • デジタル社会の拡大に伴う消費電力増大の課題解決に向け、待機電力を大幅に削減できる次世代省エネ磁気メモリの実現につながる成果です。

概要

デジタル社会の進展に伴い消費電力の増大が課題となる中、待機電力を大幅に削減できる次世代磁気メモリの開発が注目されています。磁気メモリの性能を高めつつ待機電力を削減するためには、読み出し信号を強化するとともに情報の保持能力を高める必要があります。しかし一般に、情報の保持能力(安定性)を高めると、読み出し信号の強さが低下するというトレードオフがあり、長年の課題でした。こうしたメモリ性能は、材料の保磁力と磁化という物性によって決まります。

東北大学らの研究グループは、材料の成分をナノメートル単位で膜厚方向に連続制御する「ナノ傾斜設計」により、磁化を高水準で維持したまま保磁力を従来比約10倍に高めることに成功しました。さらに東北大学での評価に加え、J-PARCとNanoTerasuを連携活用した中性子と放射光の相補的解析により、高性能化のメカニズムを解明しました。本成果は、NanoTerasuを活用した初期の研究成果の一つであり、従来の材料限界を超える次世代量子スピンデバイスの実現に向けた新たな材料設計指針を示すものです。

本成果は、2026年3月12日(現地時間)付けで、科学誌ACS Applied Electronic Materialsにオンライン掲載されました。

なお、本成果は東北大学大学院工学研究科の神永健一助教、松本祐司教授、総合科学研究機構中性子科学センターの花島隆泰研究員、阿久津和宏副主任技師、量子科学技術研究開発機構の上野哲朗主幹研究員、大坪嘉之主幹研究員、名古屋大学未来材料・システム研究所/国際高等研究機構の永沼博特任教授、日本原子力研究開発機構の青木裕之研究主幹らの共同研究によるものです。

研究の背景

現代のコンピュータのさらなる省電力化に向けて、電子の磁気的性質(スピン)を利用する「スピントロニクス(注5)」は重要な技術の一つです。中でもペロブスカイト型マンガン酸化物(LSMO)(注6)は、室温以上でも磁石としての性質(強磁性)を維持し、かつ強い磁化を示すことから、次世代磁気メモリの電極材料として有望視されてきました。

しかし、LSMOには情報を安定して保持する能力である保磁力が極めて低いという実用上の課題がありました。この改善策として、マンガンの一部をルテニウム(Ru)に置き換える手法が取られてきましたが、保磁力を高めようとすると、室温付近で磁石としての性質(磁化)を維持できなくなるというトレードオフに直面していました。これは、添加元素が材料内部で磁気の向きを揃えようとする力を乱してしまうことが原因であり、実用化を阻む大きな壁となっていました。

今回の取り組み

東北大学、総合科学研究機構(CROSS)、量子科学技術研究開発機構(QST)、名古屋大学、日本原子力研究開発機構(JAEA)からなる本研究グループは、成分を均一に混合する従来の手法を見直し、添加するルテニウムの濃度を膜の厚さ方向にナノメートル単位で連続的に変化させる「ナノ傾斜設計」を導入しました。東北大学で独自に開発したガルバノミラー走査型パルスレーザー堆積法という高速成膜技術(図1)により、この精密な傾斜構造を持つ高品質な単結晶薄膜を作製しました。この薄膜を評価した結果、室温で安定に動作する特性と高い磁化を維持したまま、保磁力を従来の7〜10倍に向上させることに成功しました(図2)。

さらに、この高性能化のメカニズムを明らかにするため、東北大学による巨視的な磁化測定に加え、J-PARC MLF(注3)BL17の中性子解析とNanoTerasu (注4)BL13Uの放射光解析を組み合わせた相補的解析を実施しました(図3)。これにより、材料全体の磁気特性の変化と、膜内部の傾斜各層や特定元素が示すミクロな磁気状態とを、ナノスケールで直接対応付けて評価することが可能となりました。

解析の結果、ルテニウムを添加した場合、成分分布が均一であっても傾斜していても、膜の表面や基板界面には磁気が弱まるデッドレイヤー(注7)が形成されることが分かりました。一方で、「ナノ傾斜設計」を採用した場合には、膜中央部(バルク層)における磁化が、均一添加の場合と比較して大きく増強されることが明らかになりました。この材料内部での磁化の増強が、表面・界面で生じる磁化の低下を上回ることで、材料全体の性能向上につながっていることが確認されました。

今後の展開

本研究で実証された、成分に意図的な濃度勾配を導入する設計指針は、従来の磁性材料設計とは異なる新たなアプローチです。材料内部での磁化増強を活用することで、これまで両立が難しかった特性を同時に高められることを示しました。こうした材料設計は、待機電力をゼロに近づけられる次世代磁気メモリや、超高性能な磁気センサーの実現に向けた研究の進展につながるものと期待されます。

本研究は茨城県のJ-PARCと宮城県のNanoTerasuという異なる特性を持つ国内の大型研究施設を連携活用し、材料全体の特性とナノスケールでの磁気状態とを統合的に解析した成果であり、このような相補的利用は、複雑な機能材料の設計指針を明確にするうえで有効なアプローチといえます。また、2025年に本格運用を開始した3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuの軟X線吸収分光ビームライン(BL13U)において、本研究は、その有効性を実証した初期の研究成果といえます。今後、産学官の連携により、国内外の大型研究施設を活用した材料開発のさらなる進展が期待されます。


図1. 独自の高速成膜技術とナノ傾斜薄膜の作製
(左)本研究で用いた「ガルバノミラー走査型パルスレーザー堆積装置」の概念図。ミラーを高速制御することで、2種類の材料(LSMOとRu:LSMO)を瞬時に切り替えながら成膜する。(左上)本研究で用いたペロブスカイト型マンガン酸化物(LSMO)の結晶構造。(右)ナノ傾斜薄膜の構造模式図。基板界面から膜表面に向かって、ルテニウムを含む層と含まない層の積層比率を連続的に変えることで、ナノメートルスケールの滑らかな線形濃度勾配を実現した。これにより、自然界には存在しない磁気的状態を人工的に作り出すことが可能になる。

図2. 磁石性能の限界(トレードオフ)を突破
従来の均一な材料(黒丸)は、ルテニウム(Ru)添加量を増やすと保磁力は高くなるが、磁化は点線に沿って大幅に低下する。これに対し、今回のナノ傾斜組成膜(赤・青の三角)は、Ruを含まない「Ru0%試料」と同等の高い磁化を保ちつつ、保磁力のみが横軸方向に大きく右側(従来の7〜10倍)へ移動しており、これまでの限界を超えたことを示している。

図3. 国内の大型研究施設を連携活用し、相補的解析を行った。

謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP19K15440、JP20H02610、 JP22K14595、JP23H00263、JP24K08239)ならびにマツダ財団、豊田理化学研究所 豊田理研スカラー制度、ヒロセ財団、カシオ科学振興財団(助42-16)の助成金支援を受けたものです。また、一部は東北大学金属材料研究所GIMRTプログラム(課題番号:202112-SCKXX-0203、202211-SCKXX-0201、および202312-SCKXX-0209)の下で実施されました。偏極中性子反射率測定はJ-PARC MLFのBL17 SHARAKUにおけるユーザープログラム(課題番号:2024A0002および2025A0011)の下で実施されました。XAS/XMCD測定は、高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認を得て、NanoTerasu BL13Uで実施しました(課題番号:2025B9014)。本研究は東北大学研究推進・支援機構コアファシリティ統括センターの設備共用システムに登録されている381・Quantum Design MPMSを用いて実施し、文部科学省先端研究基盤共用促進事業(コアファシリティ構築支援プログラム)JPMXS0440600022で共用された機器を利用した成果です。また、名古屋大学研究力強化促進事業最先端国際研究ユニットの助成を受けています。なお、本共同研究は、応用物理学会「強的秩序とその操作に関わる研究会」における研究交流が契機となって開始されたものです。本研究成果に関する論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けました。

用語説明

(注1)保磁力(ほじりょく)

磁石の磁化の向きを反転させるために必要な磁場の大きさ。この値が大きいほど、記録した情報が外部の磁気的な乱れに強く、データが消えにくい「粘り強い」磁気メモリ材料であることを意味する。

(注2)ナノ傾斜設計

材料の成分濃度を、膜の厚さ方向に沿ってナノメートル(10億分の1メートル)単位で連続的に変化させた構造を人工的に作製する手法。今回の研究では、ルテニウムの濃度を傾斜させることで、均一に混ぜた場合には解決できなかった性能の課題が解消できた。

(注3)J-PARC MLF

茨城県東海村にある世界最大級の大強度陽子加速器施設であり、物質・生命科学実験施設(MLF)では高強度の中性子ビームを利用した実験ができる。MLFに設置されたビームラインBL17 SHARAKUでは偏極中性子ビームを用いて、材料の内部に隠れた磁気の状態をナノスケールで層ごとに詳しく調べることができる。

(注4)NanoTerasu(ナノテラス)

3GeV高輝度放射光施設。国の主体機関である量子科学技術研究開発機構と地域パートナー(宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会で構成)の代表機関である光科学イノベーションセンターによる官民地域パートナーシップという新しい枠組みによって整備・運営する特定先端大型研究施設で、東北大学青葉山新キャンパス内に立地している。太陽の10億倍明るい強力な光(放射光)を用いた実験ができる。ビームラインBL13UではX線磁気円二色性(XMCD)測定によって、特定の元素(今回はマンガン)がどのような磁気を持っているかを精密に観察できる。

(注5)スピントロニクス

電子が持つ「電気の性質(電荷)」と「磁石の性質(スピン)」の両方を同時に利用する次世代の電子技術。従来の電子機器に比べ、情報の処理速度が速く、消費電力を劇的に抑えられるという利点がある。

(注6)ペロブスカイト型マンガン酸化物(LSMO)

今回の研究で用いた磁石材料の一種で、マンガンを含む酸化物。室温でも強い磁化を保ち、電気が流れるため、次世代メモリの電極として世界中で長年研究されている。

(注7)デッドレイヤー

磁性体の表面や他の材料との境界(界面)付近において、本来の磁石としての性質が失われてしまった層のこと。今回の研究では、この層が材料全体に与える影響を「膜内部の磁力を強める」ことで克服した。

論文情報

タイトル:Balancing Both Coercivity and Magnetization in Compositionally Graded Ru:LSMO Epitaxial Thin Films: A Separate Analysis of Surface/Interface and Bulk Magnetism by a Complementary Approach
著者:Gaku Sato, Kenichi Kaminaga*, Takayasu Hanashima, Kazuhiro Akutsu-Suyama, Tetsuro Ueno, Yoshiyuki Ohtsubo, Yuto Abiko, Ryota Kimura, Keita Sasaki, Hibiki Murakami, Keisuke Haruki, Ayumu Kikuchi, Rintaro Kimura, Hiroshi Naganuma, Shingo Maruyama, Hiroyuki Aoki and Yuji Matsumoto
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 助教 神永健一
掲載誌:ACS Applied Electronic Materials
DOI:10.1021/acsaelm.6c00176

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科応用化学専攻 助教 神永 健一
TEL:022-795-7267
Email:kenichi.kaminaga.d6@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
Email:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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