培養ニューロンによる機械学習で時系列信号生成を実証

- 人工ニューラルネットワークの機能を生体神経回路に実装 -

2026/03/18

発表のポイント

  • これまで人工ニューラルネットワーク(ANN)(注1)で実行されてきた時系列生成タスクを、培養ニューロン(注2)に実装できることを示しました。
  • マイクロ流体デバイス(注3)を用いてニューロンの成長を制御し、大脳皮質などで見られる配線構造を再現することで、複雑な時系列信号を生成する機械学習タスクへの応用を可能にしました。
  • 本成果は、脳における計算原理の理解を深め、生物に学んだ高効率なAI技術の創出などにつながることが期待されます。

概要

人工ニューラルネットワーク(ANN)やスパイキングニューラルネットワーク(SNN)(注4)は、現在のAI技術の基盤となっています。これらは、脳神経回路に着想を得て作られた技術ですが、逆に、ANNやSNNの働きを生体系に実装できれば、脳の情報処理原理に対する理解を一段と深め、さらに生体の仕組みに基づく新しい計算技術の創出にもつながります。

今回、東北大学電気通信研究所の山本英明准教授(同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)兼任)、佐藤茂雄教授、公立はこだて未来大学の香取勇一教授らからなる研究チームは、マイクロ流体デバイスの中で培養した培養ラット大脳皮質ニューロンを、リザバー計算(注5)と呼ばれる機械学習に組み込む実験系を構築しました。その結果、これまでANNやSNNで実現されてきた、時間とともに変化する信号を学習し自律的に生成するタスクを、生体神経回路で再現することに成功しました。これは、近年注目されているオルガノイドを含む培養ニューロンの可能性を拡張する重要な成果です。

本研究成果は、2026年3月12日(米国時間)に米国科学アカデミー紀要PNASのオンライン版で公開されました。

研究の背景

脳神経回路の数理モデルである人工ニューラルネットワーク(ANN)やスパイキングニューラルネットワーク(SNN)は、AI計算や脳型ハードウェアに活用されています。AIに利用される機械学習では深層学習やトランスフォーマーがよく知られていますが、再帰結合を有するANNやSNNを応用して、効率よく時系列データを処理するための理論として、「リザバー計算」が近年注目されています。

ANNを用いたリザバー計算では、例えばFORCE学習(注6)と呼ばれる手法を使って、生物のようにリアルタイムで時系列信号を学習させることができます。このような手法により、ANNが作る不規則な活動を、出力信号と教師信号の誤差に基づいて逐次調整することで、周期信号やカオス時系列を自己生成させられることがすでに示されています。また、FORCE学習はSNNを用いたリザバー計算にも拡張され、生物学的により近いモデルでも同様の学習が可能であることが明らかにされてきました。

しかし、リザバー計算のような計算方式が実際の生体神経回路(BNN)でも動作するかは、いまだ十分に検証されていませんでした。もしANNやSNNで成立する計算が生体システムでも実現可能であれば、それは脳の情報処理原理に対する理解を一段と深めるだけでなく、生体の仕組みに基づく新しい計算技術の創出にもつながります。

今回の取り組み

今回、東北大学電気通信研究所の山本英明准教授、佐藤茂雄教授、薗勇輝大学院生らは、公立はこだて未来大学の香取勇一教授と共同で、ラット大脳皮質ニューロンから構築したBNNをリザバー計算の枠組みに取り込み、さらに出力層の荷重値をFORCE学習により最適化することで、例えば生物が手や足の運動を制御するのに使うような複雑な時系列信号を自律的に生成できることを示しました。

本研究の成功の鍵となったのは、マイクロ流体デバイスと呼ばれる技術です。マイクロ流体デバイスを用いて培養ニューロンの成長を制御し、生物の脳神経系で進化的に保存されてきた「モジュール構造」という配線構造を再現することで、培養BNNで問題となる過剰な同期活動を抑制し、リザバー計算で活用可能な高次元かつ複雑なダイナミクスを引き出しました。

その結果、正弦波、三角波、矩形波、ローレンツアトラクタ(カオス軌道)といった、これまでANNやSNNで実現されてきた典型的な時系列生成課題を、BNNに実装することに成功しました。また、同一の培養BNNに対して周期が4秒から30秒まで異なる正弦波を学習させ、それぞれを安定的に生成できることも示しました。これはBNNが汎用的な時系列生成能力を有することを実験的に裏付ける成果です。

これまでにも、培養ニューロンを用いた物理リザバー計算により、時系列信号のパターン分類ができることや、FORCE学習によって定常出力の生成ができることは示されていました。ただ、時間的に変動する複雑な時系列信号を自律的に生成させることは難しいとされてきました。研究グループは、培養BNNにモジュール構造を導入して、内部ダイナミクスを高次元化することで、リザバー層としての表現能力を向上させ、この課題を克服しました。

今後の展開

今回得られた成果は、ANNやSNNなどの数理モデルに実装されてきた計算タスクを、BNNが物理的な計算主体として担いうることを示すものです。現在、画像認識に用いられる深層学習や、大規模言語モデルに用いられるトランスフォーマーなど、さまざまなAI技術が社会に浸透しています。一方で、その急速な発展に伴い、AI計算に必要とされる膨大な電力消費や大規模学習データの取り扱いといった課題も社会問題として顕在化しています。

こうした課題を克服する方向性の一つとして、エネルギー効率や学習効率に優れた生物の脳の仕組みに学ぶAI技術(バイオコンピューティング)の開発への期待が高まっています。培養BNNを用いた本研究は、脳の情報処理メカニズムの理解を深化させるとともに、生体の計算原理に基づく高効率な脳型情報処理技術の実現可能性を示すものです。

今後の最大の課題は、FORCE学習を停止した後に、どれだけ安定して信号生成を持続できるかという点です。研究グループは、フィードバック制御の遅延時間を短縮することや、安定性を高めた改良型のFORCE学習アルゴリズムを導入することが有効な解決法になると考えています。

培養ニューロンの研究は、近年のヒトiPS細胞技術や脳オルガノイド培養技術の進展により、神経疾患のモデル化や創薬研究の分野でも注目を集めています。このような観点から、培養ニューロンを用いた物理リザバー計算は、中枢神経系の動的特性を制御・評価するための生体模倣システム(MPS)(注7)として活用されることも期待されます。


図1. リザバー計算の概念図。リザバー層と出力層を結ぶ結合の重みを学習により最適化することで、所望の信号を出力させる。

図2. (a)従来のリザバー計算方式。人工ニューロンやスパイキングニューロンが再帰的に結合したネットワークモデルがリザバー層として使われる。(b)今回の研究で開発したリザバー計算方式。マイクロ流体デバイスを配置した多点電極アレイ上に培養したニューロンをリザバー層として活用する。

図3. 培養ニューロンを用いた物理リザバー計算による時系列学習の実例。教師信号として周期が30秒の正弦波を与えた。無入力状態では、培養BNNは高次元で複雑な活動パターンを示す。FORCE学習による出力層重みの最適化と出力信号のフィードバックを開始すると、神経活動は秩序化し、教師信号に追従する波形が生成される。学習を停止した後も、条件が適切な場合には、同様の波形を自律的に生成し続ける。

謝辞

本研究は、科研費・学術変革領域研究(A)「脳神経マルチセルラバイオ計算の理解とバイオ超越への挑戦」(JP24H02330, JP24H02332, JP24H02334)、科研費(JP22H03657, JP22K19821, JP22KK0177, JP23H00251, JP23H02805, JP23H03489, JP25H00447)、JST CREST(JP-MJCR19K3)、JST ALCA-Next(JPMJAN23F3)、東北大学人工知能エレクトロニクス卓越大学院プログラム、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究の支援の下で行われたものです。また本論文は『東北大学 2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けて出版されました。

用語説明

(注1)人工ニューラルネットワーク

脳の神経細胞(ニューロン)の働きを数理モデルとして抽象化した計算手法。多数の計算ユニットを結合し、学習によって結合強度(重み)を調整することで、パターン認識や自然言語処理などを実行する。

(注2)培養ニューロン

実験動物などから採取した神経細胞を体外で育てたもの。適切な環境下では神経突起を伸ばし、互いに結合してネットワークを形成する。本研究ではラット大脳皮質由来の神経細胞を用いた。

(注3)マイクロ流体デバイス

フォトリソグラフィなどのマイクロ加工技術を用いて作製された微小流路を有するシリコーン樹脂製の3次元デバイス。培養細胞の配置や成長方向を空間的に制御することができる。本研究では、神経細胞の接着位置や神経突起の成長方向を制御し、モジュール状の回路構造を再現するために用いた。

(注4)スパイキングニューラルネットワーク

神経細胞が発する電気信号(スパイク)を明示的に扱う人工ニューラルネットワークの一種。スパイクの発火率に加えて、発火タイミングでも情報を表現できる点が特徴であり、生体神経回路により近いモデルとされる。近年では、低消費電力な脳型ハードウェアを実現する方式としても注目されている。

(注5)リザバー計算(リザバーコンピューティング)

機械学習で使用されるリカレントニューラルネットワーク(RNN)の学習を効率化するために、提示されたモデル。RNN内部の重みは固定したまま、出力層の重みのみを最適化して、所望の信号を出力させる。リザバーは必ずしもニューラルネットワークである必要はなく、さまざまな物理系を利用して構築することもできる。それらは一般に、物理リザバー計算と呼ばれる。

(注6)FORCE学習

リザバー計算において、出力層の重みを逐次的に最適化するための教師あり学習の手法。出力信号と教師信号との誤差に基づいて出力層の重みを更新することで、リザバー層内部の不規則な活動から所望の時間パターンを生成することができる。

(注7)生体模倣システム

生体の臓器の機能を体外で再現する実験系。培養細胞と材料・デバイス技術を組み合わせて構築され、創薬研究や疾患研究での活用が期待されている。

論文情報

タイトル:Online supervised learning of temporal patterns in biological neural networks under feedback control
著者:Yuki Sono, Hideaki Yamamoto*, Yusei Nishi, Takuma Sumi, Yuya Sato, Ayumi Hirano-Iwata, Yuichi Katori, Shigeo Sato
*責任著者:東北大学電気通信研究所 准教授 山本英明
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences
DOI: 10.1073/pnas.2521560123
※ 著者のうち、Yuki Sono(薗 勇輝)氏は研究当時、Yusei Nishi(西 悠聖)氏は大学院工学研究科に在籍

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 電気通信研究所 准教授 山本 英明
TEL:022-217-6102
Email:hideaki.yamamoto.e3@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学電気通信研究所 総務係
TEL:022-217-5420
Email:riec-somu@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
Email:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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