細胞内小器官の熱伝導率を初めて定量化

- センサより小さな領域の熱分析を可能にする技術を開発 -

2026/03/25

【工学研究科研究者情報】
大学院工学研究科ロボティクス専攻 准教授 猪股 直生
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • マイクロ温度センサアレイの温度データと蛍光観察の画像を組み合わせ、計算解析により熱の性質を定量化する技術を開発しました。
  • センササイズより小さい対象の熱分析が可能になります。
  • 細胞内小器官(オルガネラ)(注1)の熱伝導率を初めて実験的に評価しました。
  • 細胞内で熱がどう伝わるかという未解明現象の解明につながることが期待されます。

概要

生物は外部環境に応じて身体の状態を柔軟に変化させます。細胞も同様に、外部環境に応じて熱物性を自発的に調整する機能を持つと考えられていますが、そのメカニズムはいまだ十分に解明されていません。

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の猪股直生准教授らは、透明なマイクロ温度センサアレイで得た実測データと、熱拡散方程式(注2)に基づく逆解析を組み合わせることで、センサより小さい細胞内のオルガネラ(核、ミトコンドリア、細胞質)の熱伝導率を評価することに成功しました。さらに外部環境温度を変えて調べた結果、熱伝導率が最大となる温度がオルガネラごとに異なることを明らかにしました。これは、オルガネラが細胞内の熱輸送においてそれぞれ異なる役割を担っている可能性を示すものです。

本成果は、2026年3月14日にセンサ・アクチュエータの新技術と応用を扱う専門誌 Sensors and Actuators Reportsで公開されました。

研究の背景

生物は、周囲の環境変化に対して体内の状態を調整することで恒常性(注3)を保っています。細胞も同様に、数十マイクロメートル(µm)という微小なサイズでありながら、一つのシステムとして外部環境や自身の状態に応じた応答を示します。なかでも熱や温度は、細胞の活性、不活性、さらには生死に深く関わる重要な因子です。そのため、細胞がどのように熱を伝え、どのように熱的状態を保っているのかを理解することは、生命現象の解明において重要な課題です。

近年、感温性ナノ粒子を用いた光学的手法(注4)や、マイクロサーミスタ(注5)を用いた計測により、単一細胞レベルでの温度や熱物性の評価が進んできました。特にサーミスタは、高い温度分解能と応答性を持ち、単一細胞の温度変化を詳細に計測できる利点があります。しかし、温度情報と細胞内部の空間情報を同時に高精度で取得することの難しさや、センササイズによる空間分解能の制限から、細胞内部のオルガネラごとの熱物性を評価することは困難でした。一方で、一般的な微細加工技術ではセンササイズは最小でも数µm程度であり、サブµmスケールのオルガネラより小さなセンサを作製することは容易ではありません。このため、センサより小さい構造の熱物性をどのように推定するかが大きな課題となっていました。

今回の取り組み

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の猪股直生准教授と鈴木海斗大学院生(研究当時)は、実測した温度情報と細胞内の構造情報を組み合わせ、熱拡散方程式に基づく逆解析によって、センサより小さい対象の熱伝導率を評価する技術を開発しました。さらに、この手法を用いて生きた細胞内オルガネラの熱伝導率とその環境温度依存性を評価し、オルガネラによって熱伝導率が最大となる温度が異なることを明らかにしました。

本技術では、センササイズの限界をセンサ数・画像情報・計算解析の組み合わせによって補います。通常、サーミスタのセンサ部と電極には不透明な材料が用いられます。細胞内部の構造観察には一般に蛍光観察が用いられるため、オルガネラの位置関係を把握しながら温度を計測するには、温度センサ自体が透明である必要があります。そこで研究グループは、温度によって電気抵抗が大きく変化する酸化バナジウムをセンサ材料に、ITO(酸化インジウムスズ)を透明電極材料に用い、微細加工技術によって、細胞1個とほぼ同じ大きさである50 µm四方の領域内に6個のマイクロ温度センサを配置した透明センサアレイを作製しました。そして,このデバイス上に細胞を培養し、センサアレイ上に位置した単一細胞の温度変化を計測しました。細胞の一部をレーザで局所加熱すると、加熱点から各センサへ熱が伝わりますが、その経路上にどの種類のオルガネラが存在するかによって、観測される温度応答が異なります。一方、熱の伝達経路にどのオルガネラがどの程度存在するかという構造情報は、蛍光観察によって定量的に取得できます。

研究グループは、この構造情報と複数センサで得た温度情報を熱拡散方程式に基づく解析に組み込むことで、各オルガネラの熱伝導率を推定することに成功しました。その結果、核とミトコンドリアの熱伝導率は、細胞の活性が高いとされる37℃で最大となり、細胞質およびその他の成分(核、ミトコンドリア、細胞質以外をまとめた成分)では45℃で最大となることが分かりました。熱伝導率は熱の逃がしやすさに関係するため、主要な細胞機能を担う核やミトコンドリアは、自らの熱を効率よく放散することで機能を維持する性質を持っている可能性が考えられます。細胞質は細胞体積の50~60%を占めることから、外部温度が高い条件では細胞全体として熱を逃がしやすくする役割を果たしている可能性があります。細胞内オルガネラの熱伝導率を実験的に評価した例はこれまでになく、本研究は細胞内熱輸送の理解に向けた新しい一歩となる成果です。

今後の展開

これまで、生体を構成する最小の機能単位は細胞であるとの考えが主流でした。しかし本研究成果により、オルガネラも細胞と同様に、環境に応じて熱物性を変化させる機能単位である可能性が示されました。これは、オルガネラもまた一種のシステムとして機能し、それぞれが異なる役割分担のもとで細胞内の熱輸送を担っている可能性を示すものです。今後、こうした知見を手がかりに、細胞機能を支える熱輸送の基本原理の解明につながることが期待されます。

また、本分析技術の応用先はライフサイエンス分野にとどまりません。たとえば、微細化が進む半導体デバイスや固体燃料電池などでは、極めて小さな領域で生じる熱がデバイス全体の性能や信頼性に大きく影響します。本手法は、従来のセンサでは直接評価が難しかった微小領域の熱的寄与を、実測と解析を組み合わせて定量化できる技術として、さまざまな分野への展開が期待されます。


図1. 実測データと数理モデルを融合した分析技術の概要。マイクロ温度センサアレイで取得した温度情報と、蛍光観察で取得したオルガネラの位置情報を熱拡散方程式に組み込み、オルガネラの熱伝導率を推定する。

図2. 細胞の蛍光観察画像と各センサで観測された温度変化。加熱点からセンサまでの間にどのオルガネラが存在するかによって、温度応答が異なることが分かる。例えばセンサ①、②、⑥では、熱の伝達経路上に核やミトコンドリアが存在し、他のセンサより大きな温度上昇が見られた。

図3. 各オルガネラの熱伝導率とその温度依存性。熱伝導率が最大となる温度がオルガネラごとに異なることから、細胞内での熱の逃がし方において、それぞれ異なる役割を持つ可能性が示された。

謝辞

本研究は、JSTさきがけJPMJPR22E1の支援を受けたものです。本研究の一部は、東北大学大学院工学研究科付属マイクロ・ナノマシニング研究教育センターで行われました。なお、本研究成果に関する論文は、「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。

用語説明

(注1)熱拡散方程式

物体の内部で熱が時間とともにどのように広がるかを表す数理モデル。

(注2)細胞内小器官(オルガネラ)

細胞内に存在する構造体で、それぞれが特定の役割を担う。核やミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体などがある。

(注3)生物の恒常性

生体がその内部や外部の環境因子の変化に関わらず生理機能が一定に保たれる性質。

(注4)感温性ナノ粒子を用いた光学的手法

ポリマーや無機物質からなるナノメートル(10-9 m)サイズの粒子の光学特性が温度で変化することを利用した手法。

(注5)サーミスタ

温度による電気抵抗値変化を利用した温度センサ。

論文情報

タイトル:Transparent Micro-Thermistor Array Enables Organelle-Resolved Thermal Conductivity Estimation in Living Cells
著者:Naoki Inomata *, Kaito Suzuki
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 准教授 猪股 直生
掲載誌:Sensors and Actuators Reports
DOI: 10.1016/j.snr.2026.100461

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 ロボティクス専攻 准教授 猪股 直生
TEL:022-795-4894
E-mail:inomata.n@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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