ナノテラスのナノCT画像からガス拡散を10秒で予測
- 燃料電池の高出力・長寿命化に向けた材料設計最適化へ -
2026/03/31
研究室ウェブサイト
発表のポイント
概要
クリーンエネルギーとして実用化が進む固体高分子形燃料電池では、触媒層で酸素や水素が反応することで電気エネルギーが生み出されます。触媒層に形成される複雑な多孔質構造は、反応ガスの通路かつ反応の場であり、発電性能を左右する重要な要素ですが、ナノスケールの微細構造であるため、非破壊観察やガス拡散特性の解析は容易ではありませんでした。
東北大学大学院工学研究科の荒井翔太特任研究員と吉留崇准教授、同大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの高山裕貴准教授は、ナノテラスで開発したX線タイコグラフィ(注6)による非破壊ナノCT観察とマニフォールド学習を用いた解析を組み合わせ、多孔質構造とガス拡散係数の相関関係を構築してガス拡散係数を予測する一連の可視化解析技術を開発しました。本手法を固体高分子形燃料電池の触媒層に応用した結果、ナノCTデータからガス拡散係数を誤差約5%の精度で予測できることを実証しました。また、約10秒で予測が可能であるため、材料の作製条件との対応付けや、高出力・長寿命化に向けた多孔質構造の設計・製法の最適化への応用が期待されます。
本成果は2026年3月26日付けでエネルギーデバイス分野の専門誌Journal of Power Sourcesにオンライン掲載されました。
研究の背景
私たちの生活を支える様々な材料やデバイスは、ナノメートルからマイクロメートルにわたる階層構造を制御することで、高い機能を実現しています。その代表例である固体高分子形燃料電池(PEMFC)は、クリーンで効率的な電力変換技術として、社会実装が進められています。PEMFCの性能の中核を担う触媒被覆膜(注7)(CCM)は、直径数十ナノメートル(nm、ナノは10億分の1)の炭素粒子からなる多孔質ネットワーク構造を形成しています。この多孔質ネットワークに反応ガスを行き渡らせることが、高出力で長寿命なPEMFCの実現に重要です。したがって、このような階層構造の可視化と、ガス拡散特性や材料組成、プロセス条件との関係の解明は、性能向上のために不可欠です。
この構造を非破壊で可視化する技術として、ナノテラスなどの放射光施設で利用されるX線タイコグラフィによるナノ断層撮影(ナノCT)が注目されています。この手法により、数十nmから10 nm未満の分解能で、試料内部の三次元構造を観察できる可能性があります。
一方で、得られた構造データから物理特性を定量的に導くことは依然として難しく、構造と物性の相関関係を構築することが課題となっていました。近年では、この相関関係の構築には深層学習が用いられますが、大量のデータを必要とするため、本研究のように実験データが限られる場合には適用が難しいという問題がありました。このため、こうした相関関係を構築する新たな手法が求められていました。
今回の取り組み
この課題に対し、研究グループは、X線タイコグラフィで得られた多孔質構造画像から、ガス拡散係数を予測する手法を開発しました(図1)。本手法では、マニフォールド学習を用いて構造の特徴量を抽出し、ガス拡散係数との相関関係を構築します。学習データは、実験データだけでは不足するため、研究グループが独自に開発したプログラム「PorousGen」(注8)により、計算機上で生成しました。さらに、ガス拡散の物理的な背景や計測科学に基づいて入力形式を検討し、構造解析手法の一つである小角X線散乱(SAXS)で使用されるパワースペクトル(注9)の対数を特徴量として採用しました。
この手法により、新たに生成した多孔質構造に対して、ガス拡散係数を誤差5%以内で予測できることを確認しました。また、解像度を半分に低下させた画像でも、誤差10%以内で予測可能であることが分かり、実験データへの適用可能性が示されました。
さらに、ナノテラスのビームラインBL10Uにおいて、独自に開発した大気環境X線タイコグラフィ・ナノCT装置を用いてPEMFC CCMの触媒層を観察し、20~50 nmの孔構造を三次元的に可視化することに成功しました(図2)。この実験データに本手法を適用した結果、ガス拡散係数を誤差約5%の精度で予測できることを実証しました。これにより、実材料の構造可視化から構造と拡散特性の相関関係の構築と予測までを迅速かつ高精度に行うプラットフォームが実現しました。
今後の展開
本手法では、モデルの読み込み時間を含めても1分50秒程度(読み込み約95秒、予測約12秒)でガス拡散係数を算出できます。そのため、ナノテラスなどの放射光施設での観察後に、その場で物性評価を行い、多孔質構造の作製条件へと迅速にフィードバックすることが可能になります。
また、小規模なデータセットでも適用できる点が本手法の特長です。一方で、大規模データが利用可能な場合には深層学習が高精度であるため、本手法と組み合わせることで、効率的な材料設計が可能になると期待されます。
今後は、イオン交換膜の分布や白金粒子などの要素をモデルに組み込むことで、より実際の材料に近い構造を再現し、電気・熱・イオン伝導などの特性予測へと展開することを目指します。
将来的には、材料の劣化や化学状態の変化をリアルタイムで予測する「デジタルツイン」技術へと発展させることで、安定で高出力、長寿命な燃料電池の開発への貢献が期待されます。
なお、研究コミュニティでの活用を促進するため、研究グループは本研究で作成したデータを、GitHub(データ共有サービス)にて公開しています。
https://github.com/YoshidomeGroup-Hydration/porous-diffusioin-isomap
謝辞
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「次世代放射光X線ナノCT計測の確立と展開」(課題番号:JPMJCR2233)の支援により実施されました。また、「東北大学 2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
本研究における放射光実験は、一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)のコアリション制度の下、NanoTerasu BL10Uにて実施しました。
用語説明
(注1)NanoTerasu(ナノテラス)
東北大学青葉山新キャンパス内に建設され、2024年4月に運用が開始された最新の放射光施設。レーザーのように波面がそろった「コヒーレント」と呼ばれる性質をもつ高輝度X線を利用できる。国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とし、宮城県、仙台市、東北大学、一般社団法人東北経済連合会などが参画する官民地域パートナーシップにより整備・運営されている。
(注2)ナノCT
物体の内部構造を非破壊で可視化する手法。X線などを用いて様々な方向から物体の透過像を撮影し、計算機上で物体内部の構造(断層像)を再構成する。特にナノメートルスケールの高分解能観察ができる手法をナノCTと呼ぶ。CTはComputed Tomography(コンピュータ断層撮影)の略。
(注3)マニフォールド学習
機械学習の一つで、高次元データを低次元に圧縮し、データの構造を捉える手法。データが非線形な構造を持つ場合にも適用できるため、非線形次元削減とも呼ばれる。
(注4)固体高分子形燃料電池
水素と酸素の化学反応により電気エネルギーを生み出す燃料電池の一種。二酸化炭素などの温室効果ガスや大気汚染物質が発生しないため、クリーンエネルギー技術として開発が進められている。100 ℃以下の比較的低温で動作し、小型・軽量であることから、燃料電池自動車や家庭・産業用電源への応用が進んでいる。PEMFCはProton Exchange Membrane Fuel Cellsの略で、Polymer Electrolyte Fuel Cell(PEFC)とも呼ばれる。/p>
(注5)触媒層
固体高分子形燃料電池の電極を構成する層で、水素や酸素の反応が起こる場。数十nmの炭素粒子からなる多孔質炭素構造に、白金などの数nmサイズの触媒粒子が担持され、さらにプロトンを輸送するアイオノマーで被覆された構造を有する。
(注6)X線タイコグラフィ
コヒーレント回折イメージング(CDI)と呼ばれるレンズレス顕微イメージング技術の一つ。コヒーレントなX線で試料を照射し、得られる回折パターンから計算機アルゴリズムにより顕微鏡像を再構成する手法である。結像レンズを必要としないため、レンズの加工技術に制限されずにナノメートルスケールでの高分解能観察が可能となる。
(注7)触媒被覆膜
水素と反応する陰極の触媒層と酸素と反応する陽極の触媒層を、水素イオンを輸送する電解質膜の両面にコーティングした、固体高分子形燃料電池の性能の中核を担う部材。
(注8)PorousGen
研究グループが開発した、多孔質構造の生成プログラム。プログラムコードはGitHubで公開されている。
https://github.com/YoshidomeGroup-Hydration/PorousGen
(注9)パワースペクトル
画像データをフーリエ変換し、その強度(振幅の2乗)を表したもの。長さの逆数に対応する空間周波数に沿って、構造情報を表現できる。
論文情報
著者:東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 特任研究員 荒井 翔太
同大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 准教授 高山 裕貴*
同大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 准教授 吉留 崇*
*責任著者
掲載誌:Journal of Power Sources
DOI:10.1016/j.jpowsour.2026.239916
