酸化物イオン伝導体 60年分の実験データを体系化
―高信頼データで次世代酸化物イオン伝導体探索を加速―
2026/04/23
研究室ウェブサイト
発表のポイント
概要
酸化物イオン伝導体は、固体酸化物形燃料電池や酸素センサー等を支える重要材料です。しかし、多様な材料を横断的に比較できる体系的なデータ基盤は十分に整っていませんでした。
東北大学金属材料研究所のJang Seong-Hoon特任助教、清原慎講師、熊谷悠教授、同大学大学院工学研究科の高村仁教授らの研究グループは、過去約60年の実験報告を網羅的に調査し、伝導度の代表的指標である活性化エネルギーと前因子を整理したデータセットを構築しました。
本研究では、84報の実験論文から483種類の酸化物を収録しました。特に、過去文献に散見される誤ったアレニウス式による解析を見直し、原論文の図表からデータ点を再抽出・再計算することで、比較可能性と再現性の高い高信頼データ基盤を実現しました。
さらに、このデータセットを用いて構築した解釈可能な回帰モデルを構築しました。その結果、活性化エネルギーは局所構造環境に、前因子は金属―酸素間のクーロン相互作用に強く依存することを明らかにしました。
本成果は、過去の知見を整理するだけでなく、今後の新材料探索や機械学習ポテンシャルの検証に活用できる基盤を提供するものです。信頼性の高い「AI ready」な実験データの整備により、次世代の酸化物イオン伝導体設計が加速することが期待されます。
本研究成果は、2026年4月1日付でデータ論文誌Scientific Dataに未編集版としてオンライン掲載されました。
研究の背景
酸化物イオン伝導体は、酸化物イオンが固体中を高速で移動できる機能性材料であり、固体酸化物形燃料電池、酸素センサー、酸素分離膜などの性能を左右する中核材料です。一方で、この材料系ではペロブスカイト、フッ化物型、アパタイト型、シェーライト型、BIMEVOX型など多様な構造群が報告されており、材料設計空間は非常に広大です。しかし、測定法やデータ整理の手法が文献ごとに異なるため、材料群をまたいだ体系的比較や、設計指針の抽出は容易ではありませんでした。
特に、酸化物イオン伝導度の算出に使われるアレニウス式については、文献によっては異なる式が採用されている場合があり、活性化エネルギーや前因子の比較に系統的なずれを持ち込む可能性があり、既存文献をそのまま集めるだけでは、信頼できる横断比較データセットにならないという課題がありました。
今回の取り組み
研究グループは、Web of Science、Scopus、Google Scholar などを用いて文献調査を行い、さらに前方・後方引用探索を繰り返すことで、酸化物イオン伝導体に関する実験報告を体系的に収集しました。そのうえで、電子伝導の寄与が支配的なデータを除外し、酸化物イオン伝導として比較可能なデータのみを選別しました。
本研究の最大の特徴は、手作業による厳密な再評価です。元論文の図から少なくとも4点、表からは少なくとも2点のデータを抽出し、正しいアレニウス式に基づいて活性化エネルギーと前因子を再計算しました(図1)。これにより、84報の実験論文から得られた483種類の酸化物について、統一基準で比較可能なデータセットを整備しました。各エントリーには、組成、標準化組成、酸素不定比、伝導度の種類、測定法、測定温度範囲、出典図表などの情報も付与しています(図2)。
さらに、このデータセットを活用して、活性化エネルギーと前因子を予測する解釈可能な回帰モデルを構築しました。結果として、活性化エネルギーの抑制には酸素に富んだ環境と高い配位数が有利であり、前因子の増大には弱い金属―酸素相互作用が重要であることが示されました。つまり、酸化物イオン伝導度を高めるには、イオン移動障壁を下げる設計と、ジャンプ試行頻度を高める設計を切り分けて考える必要があることが明確になりました。
今後の展開
今回整備したデータセットは、酸化物イオン伝導体研究の知見を横断的に比較できる基盤となるだけでなく、AI readyな情報として整備されているため、今後のデータ駆動型材料探索や、機械学習ポテンシャル(注3)の妥当性検証にも活用できます。特に、実験データに基づく高品質な整理済みデータセットは、予測モデルの性能を左右するため、材料インフォマティクスの発展において重要な役割を果たします。
また、本研究で得られた解釈可能モデルは、新たな酸化物イオン伝導体の組成設計にも利用可能です。論文では、既知のアパタイト系材料を拡張した有望候補も提案されており、今後の実験検証や理論設計を通じて、より低温で高性能に動作する次世代酸化物イオン伝導体の開発が加速すると期待されます。

図1. 本研究におけるデータセット構築・キュレーションの流れ。文献探索、対象データの選別、アレニウスプロットの再評価という一連の手順を示しています。特に、誤った式の使用に起因する系統誤差を補正するため、元論文の図表からデータ点を再抽出し、活性化エネルギーと前因子を統一的に再計算した点が本研究の重要な特徴です。

図2. 483種類の酸化物について整理した活性化エネルギーと前因子の分布。さまざまな構造にまたがる酸化物イオン伝導体の位置づけを俯瞰でき、低温で高い伝導度を達成する難しさと、そのために必要な設計方向性を示しています。
謝辞
本研究は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR235S)、東北大学金属材料研究所先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)の支援を受けて実施しました。また、掲載論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けOpen Accessとなっています。
用語説明
(注1)アレニウス式
イオン伝導体では、イオンの移動しやすさが温度に強く依存し、その関係はアレニウス式で表されます。一般に、温度が高いほどイオンは動きやすくなり、イオン伝導度も高くなります。これは、イオンが移動する際に越える必要のあるエネルギー障壁(活性化エネルギー)が存在するためです。また、この式に現れる係数は前因子と呼ばれ、イオンのジャンプ頻度や移動可能な状態数などを反映しています。活性化エネルギーと前因子から、材料中でのイオンの動きやすさを定量的に評価できます。
(注2)前因子
イオン伝導度を算出する式において、活性化エネルギーとは独立した、イオンが隣のサイトへ移動しようとする「試行頻度」を表します。本研究では、この前因子が金属と酸素の間の引き合う静電相互作用に支配されていることを明らかにしました。
(注3)機械学習ポテンシャル
原子同士の間に働く力やエネルギーの計算を、AI(機械学習)を用いて高速かつ高精度に行うためのモデルです。本研究で整備された高品質な実験データセットは、このシミュレーションモデルが現実の現象を正しく再現できているかを検証するための「基準データ」として非常に重要です。
論文情報
著者:Seong-Hoon Jang*, Shin Kiyohara, Hitoshi Takamura, Yu Kumagai*
*責任著者:東北大学金属材料研究所 特任助教 Seong-Hoon Jang、教授 熊谷 悠
掲載誌:Scientific Data
DOI:10.1038/s41597-026-07100-x