酸化物中の水素を「プラス」から「マイナス」へ
―プロトン伝導体の水素を「ヒドリド」に置き換えることに成功―
2026/06/30
発表のポイント
概要
頑丈な酸化物の骨格内に、強い還元力と高い反応性を秘めたマイナスの水素イオン「ヒドリド(H-)」を組み込んだ材料は、アンモニア合成触媒や次世代燃料電池の鍵として世界中で注目されています。しかし通常、水素は酸化物中では、プラスの電荷をもつ「プロトン(H+)」として存在します。これをマイナスのH-へと置き換える場合、その量を精密に制御し、しかも高温で保持することは容易ではなく、ヒドリドの優れた性質を狙いどおりに引き出すうえでの課題となっていました。
今回、東北大学大学院工学研究科の高村仁教授らの研究グループは、京都大学との共同研究により、プロトン伝導体(注3)として知られるスカンジウム(Sc)置換BaZrO3(注4)に着目し、その水素をH-に置き換えることに成功しました。
本手法では、導入するH-の量をScの添加量によって精密に制御できるうえ、導入されたH-の一部が800 ℃以上の高温まで安定して保持されることを明らかにしました。本手法は、従来の作製法が抱えていたH-量の制御の困難さと熱に対する不安定さという二つの大きな課題を同時に解決し、ヒドリドの力を安定して引き出すためのブレイクスルーとなります。
本成果は、2026年6月26日に英国王立化学会の学術誌 Journal of Materials Chemistry Aに掲載されました。
研究の背景
酸化物イオン(O2-)とヒドリド(H-)を併せもつ酸水素化物(注5)は、複数の陰イオンが共存する複合アニオン化合物の一種です。H-は反応性が高く強い還元力をもつため、アンモニア合成触媒や超伝導材料など、酸水素化物は新しい機能を生み出す次世代材料として注目されています。これらの機能を引き出すためには、酸水素化物中のH-の量を精密に制御することが鍵になります。
しかし、酸水素化物をつくる代表的な方法には大きな弱点がありました。一般には、酸化物を水素源となる水素化カルシウム(CaH2)と400〜500 ℃で反応させ、結晶の骨格を保ったままO2-をH-へ置き換えます(トポケミカル反応(注6))。このときチタンやバナジウムなどの遷移金属イオンが還元されることで電荷のバランスをとっています。この仕組みには二つの問題がありました。第一に、金属イオンの還元は温度や反応時間、酸素分圧などの条件に敏感なため、H-の量を狙いどおりに制御することが困難です。第二に、電荷のバランスをとるための還元された金属イオンが不安定であるため、導入したH-も熱に弱く、通常、H-は400〜500 ℃で放出され、800 ℃以上の高温では存在できません。これは、固体酸化物形燃料電池のような高温で駆動する電気化学デバイスへの応用を妨げる要因となっていました。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科の八重樫樹氏(大学院生)、高村仁教授の研究グループは、京都大学の陰山洋教授らとの共同研究により、「金属イオンの還元に頼らずにH-を導入する」という発想の転換を図りました。
着目したのは、低価数の陽イオン(Scやイットリウム(Y)など)を添加(アクセプター置換)することで優れたプロトン伝導体になるBaZrO3です。この材料は、添加したScの量に応じて、水素がH+として取り込まれ(実際にはO2-と結合してOH-となる)、その導入量がScの量によって決まる性質を持ちます。研究グループは、この仕組みを応用すれば、H-もSc量によって精密に制御できるのではないかと着想しました。
まず、密度汎関数理論(DFT)計算によって複数のアクセプター元素の候補を比較し、ScがH-の導入に最も適していることを見いだしました。実際にScを添加したBaZrO3をCaH2とともに500 ℃で48時間処理したところ(図1)、強い還元雰囲気下であるにもかかわらず、格子定数がほとんど変化せず、電子スピン共鳴(ESR)測定でもジルコニウムの還元(Zr3+)を示す信号は検出されませんでした。このことから、金属イオンの還元が起きていないことが裏付けられました。
一方、核磁気共鳴(NMR)測定では、確かにH-が導入されており、その量がScの添加量に比例して直線的に増加することが明らかになりました(図2)。これは、H-が安定なScによって電荷補償されているためであり、H-の導入量を狙いどおりに制御できることを実証するものです。
さらに、導入されたH-の一部は800 ℃以上の高温下でも安定に保持されることを確認しました。不安定な金属イオンの還元に頼る従来材料とは対照的に、安定したアクセプターによる電荷補償機構が、高い熱安定性をもたらしています。
今後の展開
本研究は、アクセプター置換という固体化学や半導体の分野で確立された手法を用いて、酸水素化物中のH-を所望の量だけ・高温にも耐えうる形で導入できることを示したものです。特定の材料系に限定されない汎用的なアプローチであるため、今後、様々な複合アニオン化合物の設計に応用できると期待されます。
また、今回開発された材料は、H-が動きやすく高温でも安定であるという特長を併せ持ちます。これは、高温で動作する電気化学デバイス(固体酸化物形燃料電池など)に向けた、新しいヒドリドイオン伝導体の候補として有望です。研究グループは今後、電気伝導特性の評価などを進めていく予定です。
謝辞
本研究は、JSPS科研費(JP22H04914)、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」(JPJ012207、研究推進法人:JST)の支援を受けて行われました。放射光実験は、光科学イノベーションセンター(PhoSIC)のコアリションプログラムのもと、NanoTerasu BL08W-XAFSビームラインで実施されました。また、掲載論文は東北大学「2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受け、Open Accessとなっています。
用語説明
(注1)ヒドリド
水素が電子を一つ余分に受け取り、マイナスの電荷をもつ。一般的なプラスの電荷を持つプロトン(H+)とは異なり、強い還元力や高い反応性を持つため、アンモニア合成触媒や超伝導材料など、新しい機能を引き出す鍵として注目されている。
(注2)アクセプター置換
本来の陽イオンを、それより価数の低い陽イオン(ここではSc)で置き換えること。これにより材料内に電荷の偏り(欠陥)が生じ、それを補うために新たなイオン(プロトンやヒドリドなど)を取り込みやすくなる。
(注3)プロトン伝導体
プロトン(H+)が結晶中を移動することで電気を運ぶ材料。次世代型燃料電池の固体電解質として注目されている。
(注4)BaZrO3
ジルコン酸バリウム。ペロブスカイト型構造と呼ばれる結晶構造を持つ酸化物。優れたプロトン(H+)伝導性や、高い熱的・化学的安定性を持つことから、次世代の高温動作型燃料電池の電解質材料などとして広く研究されている。
(注5)酸水素化物
酸化物イオン(O2-)とヒドリドイオン(H-)など、複数の異なる陰イオンを併せもつ化合物。
(注6)トポケミカル反応
結晶の骨格構造を保ったまま、一部のイオンだけを別のイオンに置き換える低温の化学反応。
論文情報
著者:Itsuki Yaegashi, Itaru Oikawa, Akihiro Ishii, Hikaru Takeuchi, Yuki Sasahara, Daichi Kato, Hiroshi Kageyama, Hitoshi Takamura*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 高村 仁
掲載誌:Journal of Materials Chemistry A(英国王立化学会)
DOI:10.1039/D6TA02652D

