次世代燃料電池の“発電ロス”の正体に迫る

―プロトン伝導体の水素を「電子の孔」に置き換え、その運動性を観測―

2026/07/09

【工学研究科研究者情報】
大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 教授 高村 仁
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • プロトン伝導体(注1)中のプロトンを排除し、代わりに発電ロスの原因である「電子ホール(注2)」を、プロトンに匹敵する高濃度で導入することに成功しました。
  • 6万気圧の高圧酸化(注3)により導入された電子ホールの運動性が、固体NMR分光法(注4)により初めて観測されました。
  • 燃料電池の発電ロス抑制やp型酸化物の材料設計につながる成果です。

概要

次世代のクリーンエネルギー源として期待される「プロトン伝導性セラミック燃料電池(PCFC)」の電解質材料において、発電効率を低下させる最大の原因である「電子ホール(正孔)」の挙動は謎に包まれていました。それは、電子ホールが材料中にわずかにしか存在せず、主役のプロトンの運動に隠れてしまうためでした。

東北大学大学院工学研究科の高村仁教授らの研究グループは、6万気圧という高圧かつ高濃度酸素の極限環境において、電解質材料内のプロトンを取り除いたうえで、高濃度の電子ホールを導入することに成功しました。これにより、これまで測定が困難であった「PCFC電解質材料中の電子ホールの運動性」が固体NMR(核磁気共鳴)分光法により世界で初めて実験的に観測されました。この成果は、PCFCの発電ロスを抑制する材料設計や、電子ホールが伝導するp型酸化物の新しい材料設計に貢献します。

本研究成果は、2026年7月7日に材料科学分野の国際的な学術誌であるJournal of Materials Chemistry Aに掲載されました。

研究の背景

プロトン伝導性セラミック燃料電池(PCFC)は、従来の固体酸化物形燃料電池(SOFC)よりも低い温度(400〜600 ℃)で高効率に作動するため、次世代の分散型電源として世界中で開発が進められています。この電池の主要部品である電解質(プロトン伝導体)には、プロトン(H+)だけを流し、電子や電子ホールは流さない電気的性質が求められます。しかし、実際の作動環境、特に酸化雰囲気では、材料内部に電子ホールがわずかに生成し、これがリーク電流の要因となるため発電効率が低下する問題があります。電子ホールを抑制するためには、それらがプロトン伝導体中で「どこにいて、どう動くのか」を知る必要があります。しかし、電子ホールは通常の環境では濃度が低いうえ、主要キャリアであり性質も似ているプロトンの陰に隠れてしまうため、その純粋な挙動を実験的に観察することは困難でした。

今回の取り組み

東北大学大学院工学研究科の佐藤諒芽氏(大学院生)、高村仁教授の研究グループは、プロトン伝導体中の電子ホールを観察するには、主役のプロトンをすべて排除し、代わりに電子ホールを強制注入した『電子ホール観察用の試料』を作ればよい、という発想の転換を図りました。

本研究では、スカンジウム置換ジルコン酸バリウムBa(Zr1-xScx)O3をホスト材料とし、完全に乾燥させてプロトンを除去した後、6万気圧(6 GPa)・700 ℃という高圧酸化処理を施しました。その結果、元のプロトン濃度(10%Sc試料: 7.8%H、20%Sc試料: 16.3%H、50%Sc試料: 46.9%H)に匹敵する高濃度の電子ホール(各々7%、13%、33%)を注入することに成功しました。この電解質材料における「プロトンと電子ホールの入れ替え」が、電子ホールの占有位置やダイナミクス解析のブレイクスルーとなりました。この電子ホールに交換された試料を固体NMR(核磁気共鳴)で測定したところ、①電子ホールは、スカンジウム(Sc)原子に隣接する酸素原子の軌道(O 2p軌道)にポーラロン(注5)として強くトラップされること、②同時に周囲のジルコニウム–酸素ネットワーク(Zr–O–Zr構造)とも軌道混成していること、③40℃の環境下において、毎秒7,000回以上(7 kHz以上)という頻度で局所的に移動(サイト間を行き来)していることが世界で初めて実証されました。

今後の展開

本研究は、プロトン伝導体の電子リークの主因である電子ホールが、材料中で「どの酸素軌道に広がり、どれほどの頻度で移動するのか」という描像を実験的に明らかにしたものです。この知見は、「電子ホールの高速移動経路をブロックしプロトンのみを流す」という、発電ロスの少ないPCFC用プロトン伝導体の材料設計に貢献します。

また、この「酸素軌道にホールを高濃度で注入する技術」は、リチウムイオン電池における「アニオンレドックス(酸素の酸化還元)反応」の活用、レアメタルを使わないp型透明導電酸化物(注6)の高性能化など、幅広いグリーン技術への波及も期待されます。


図1. 高圧酸化実験用セル(6万気圧・700 ℃)の模式図とプロトン伝導体(Sc置換BaZrO3)中での電子ホールの描像

謝辞

本研究は、JSPS科研費(JP22H04914)、JST SPRING(JPMJSP2114)、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」(JPJ012207、研究推進法人:JST)の支援を受けて行われました。また、掲載論文は東北大学「2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受け、Open Accessとなっています。

用語説明

(注1)プロトン伝導体

プロトン(H+)が結晶中を移動することで電気を運ぶ材料。次世代型燃料電池の固体電解質として注目されている。

(注2)電子ホール(正孔)

酸化物中で、酸素から電子が1個抜けてできた「電子の空席」。プラスの電荷をもつように振る舞い、その移動がPCFCのリーク(漏れ電流)の原因となる。

(注3)高圧酸化

数万気圧の高圧と酸素供給源を組み合わせ、常圧では入りにくい量の酸素を結晶に押し込んで酸化させる手法。本研究では約6万気圧(6 GPa)で実施。

(注4)固体NMR(核磁気共鳴)分光法

原子核が磁場中で示す共鳴を利用し、特定原子のごく近傍の状態や動きを原子スケールで調べる手法。本研究では45Scと17Oを観測核に用いた。

(注5)ポーラロン

電子ホール(または電子)が、その電荷で周囲の原子をわずかに歪ませ、その歪みごと一体となって特定の場所に留まった状態。「動きにくくトラップされた電子ホール」のイメージ。

(注6)p型透明導電酸化物(TCO)

可視光を透過しつつ電気を通す酸化物のうち、電子ホールが電気伝導を担うもの。ディスプレイや太陽電池の透明電極への応用が期待される。

論文情報

タイトル:Electron holes injected into pure O 2p orbitals of Sc-doped BaZrO3 by high-pressure oxidation
著者:Ryoga Sato, Itaru Oikawa, Akihiro Ishii, Hitoshi Takamura*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 高村 仁
掲載誌:Journal of Materials Chemistry A(英国王立化学会)
DOI:10.1039/d6ta01637e

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科
教授 高村 仁
TEL:022-795-3938
Email:takamura@material.tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
Email:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
ニュース

ニュース

ページの先頭へ