二次元層状材料量子ドットにおける高速測定手法を実証
─次世代量子コンピュータの実現へ向け、二次元材料量子ビットの研究基盤を構築─
2026/08/26
発表のポイント
概要
グラフェンに代表される二次元材料は、スピンやバレー自由度を活用した新しい量子ビットの実現が期待されており、次世代量子コンピュータの有力候補として注目されています。一方で、これらの量子デバイスは一般に電気抵抗が高いため、量子状態を高速/高精度に読み出す高周波測定の実現が困難でした。
東北大学、物質・材料研究機構からなる研究チームは、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)を用いた可変コンデンサを高周波共振回路に組み込むことで、グラフェン量子ドットおよびMoS2デバイスにおいて高感度な高周波反射測定を実現しました。特に、高抵抗な量子ドットと高周波回路との間でほぼ完全なインピーダンス整合を達成し、電子が一つずつ出入りする様子に対応した信号を明瞭に観測することに成功しました。さらに、本手法はスピン・バレー量子ビット動作に必要となる垂直磁場下でも安定に動作することを確認しました。ノイズ解析の結果から、本技術を用いることで従来の量子ドット電荷センサと同等以上の高感度な電荷検出が可能となり、将来的には高速量子ビット読み出しへの応用への道を開きました。これらの成果は、二次元材料を用いた量子コンピュータや量子デバイスの開発を支える基盤技術として重要な役割を果たすと期待されます。
本研究成果は、2026年8月20日(現地時間)に二次元材料分野の学術誌npj 2D materials and applicationsにオンライン掲載されました。
研究の背景
近年、二層グラフェン量子ドットにおいてスピン・バレー状態のエネルギー緩和時間が数十秒に達することが報告され、新しい量子ビットとして優れたコヒーレンスが期待できることから、次世代量子ビット材料の候補として注目されています。一方で、優れた量子ビットを実現できても、その性能を評価し制御できなければ量子コンピュータとして利用することはできません。量子ビットの開発では、量子状態の寿命や量子操作の精度を評価するために、同じ測定を繰り返して統計的に解析する必要があります。そのため、量子ビットの状態を高速/高感度に読み出す技術が不可欠です。量子ビットの高速読み出し手法としては、高周波信号の反射を利用する「高周波反射測定」が広く利用されていますが、二次元材料量子ドットは既存の半導体量子ドットと比較して高いデバイス抵抗を持つため、従来用いられてきた高周波測定回路とデバイス間でのインピーダンス整合を実現することが難しく、高感度な高周波読み出しの実現に向けた大きな課題となっていました。
今回の取り組み
東北大学材料科学高等研究所(以下、WPI-AIMR)の篠﨑基矢 特任助教(研究当時。現 産業技術総合研究所 研究員)、同大学大学院工学研究科の白地昭豊鏡 大学院生(研究当時)、計良雄太 大学院生(研究当時)、同大学WPI-AIMRの大塚朋廣 准教授(同大学電気通信研究所兼任)、物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター(WPI-MANA)の小塚裕介グループリーダー(東北大学WPI-AIMR兼任)らによる研究チームは、これまで独自に開発してきた測定技術を駆使することで、この課題に取り組みました。
本研究では、高抵抗な二次元材料量子ドットでも高感度な高周波反射測定を可能にするため、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)を用いた可変コンデンサを高周波共振回路へ組み込みました(図1a)。SrTiO3可変コンデンサは極低温においても動作し、印加電圧によって静電容量を変化させることができます。研究チームは、この可変コンデンサを組み込んだ回路を二層グラフェン量子ドットおよびMoS2デバイスに適用し、回路全体の特性を精密に調整できる測定系を構築しました。その結果、デバイスに印加された高周波信号がほぼ無反射となる完全なインピーダンス整合に近い状態を実現しました(図1b)。これは高感度な測定を可能にします。
さらに、高周波反射信号を復調測定することで、量子ドット内へ電子が一つずつ出入りすることに対応したクーロン振動を観測することに成功しました。特に、インピーダンス整合から離れた条件では検出が難しい微小なピークについても明確に観測しました(図2a)。観測したピークの最大傾きを調べると、インピーダンス整合条件下で最も大きくなることが分かりました(図2b)。この傾きが大きいほど高感度な電荷検出が可能となり、今回得られた値とノイズ特性を基に性能評価を行った結果、本技術は従来の量子ドット電荷センサと同等以上の検出性能を実現できる可能性を示しました。また、スピン・バレー量子ビットの動作で重要となる垂直磁場を印加した条件下でも回路性能が維持されることを確認しました。この技術を応用することで、将来的には二次元材料量子ドットにおいても高速量子ビット読み出しが可能になると期待されます。
今後の展開
本研究により、高抵抗な二次元材料量子ドットにおいても、高周波反射測定による高速/高感度な読み出しが可能であることを実証しました。今後は、二次元材料のスピン・バレー状態と組み合わせることで、量子状態の高速読出しや量子操作の精密評価への応用を進めていきます。量子ビット研究では膨大な繰り返し測定が必要となるため、本技術は量子コンピュータへの応用技術としての重要性に加え、研究開発そのものを加速する基盤技術として重要な役割を果たすことが期待されます。

図2. (a) 可変コンデンサ容量を変化させながら測定したクーロン振動。インピーダンス不整合の際は検出できていない振動が、整合条件下では明確に検出した。(b) 観測したピークの最大傾きを各容量についてプロットしたもの。インピーダンス整合条件下で最大となり、高感度な電荷検出が可能となる。
謝辞
本研究の一部は、JSPS科学研究費(JP23K26482、JP23H04490、 JP25H01504、JP25H02106)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR246L)、JST CREST (JPMJCR23A2)、はばたく若手支援事業等の支援を得て行われました。
用語説明
(注1)インピーダンス整合
電気回路において信号の最大電力伝達を実現する条件。送信側と受信側のインピーダンスを一致させることで、信号の反射を低くすることができる。
(注2)スピン・バレー量子ビット
グラフェン中の電子が持つ「スピン」と「バレー」という二種類の量子状態を利用した量子ビット。Kramers量子ビットと呼ばれる。従来のスピン量子ビットはスピンの向きが変化することでビット情報が変化するが、スピン・バレー量子ビットではスピンとバレーの両方が同時に変化しなければならないため、量子状態が壊れにくく、極めて長いコヒーレンス時間が期待される。
論文情報
著者:Motoya Shinozaki*, Akitomi Shirachi, Yuta Kera, Tomoya Johmen, Shunsuke Yashima, Aruto Hosaka, Tsuyoshi Yoshida, Takeshi Kumasaka, Yusuke Kozuka, and Tomohiro Otsuka*
*責任著者:東北大学材料科学高等研究所 特任助教 篠﨑基矢(現 産業技術総合研究所 研究員)、准教授 大塚朋廣
掲載誌:npj 2D materials and applications
DOI:10.1038/s41699-026-00730-0
お問合せ先
東北大学材料科学高等研究所 (WPI-AIMR)
(兼)東北大学 電気通信研究所
(兼)東北大学 大学院工学研究科
(兼)東北大学 Tohoku Quantum Alliance (TQA)
(兼)東北大学 先端スピントロニクス研究開発センター
准教授 大塚 朋廣
TEL:022-217-5509
Email:tomohiro.otsuka@tohoku.ac.jp
