鉄粉と水のみから酸化鉄ナノ粒子を直接合成
―超音波キャビテーションにより固体鉄–水界面を活性化し、金属からナノ酸化物へ直接変換―
2026/09/01
発表のポイント
概要
酸化鉄ナノ粒子は、医療・バイオ分野や環境・エネルギー分野など幅広い用途で利用される重要な機能性材料です。しかし一般的な合成方法では、鉄を含む薬品(鉄塩)や沈殿剤などが不可欠であり、後処理の工程も必要でした。
東北大学大学院工学研究科の林大和准教授、滝澤博胤教授、吉川円香大学院生らの研究グループは、鉄粉と水だけを出発原料として、スピネル型酸化鉄(注3)ナノ粒子を直接合成する新しい超音波プロセスを開発しました。
本研究は、超音波水中に生じる微小な気泡の作用を利用して、通常はゆっくり進む鉄と水の反応を促進するものです。従来の「薬品を用いた溶液からの沈殿」とは異なり、金属である鉄からナノスケールの酸化鉄へ直接転換するsolid–liquid metal-to-oxide変換(注4)という新たな材料合成の概念を示す画期的な成果です。
本研究成果は、国際学術誌Ultrasonics Sonochemistryに2026年8月27日付で掲載されました。
研究の背景
マグネタイト(Fe3O4)やマグヘマイト(γ-Fe2O3)などのスピネル型酸化鉄は、優れた磁気特性や化学的安定性を有することから、磁性流体、吸着材料、触媒、磁気分離、磁気共鳴イメージング、磁気ハイパーサーミアなど、多様な用途で研究されています。
酸化鉄ナノ粒子の代表的な合成方法として、共沈法、水熱法、ソルボサーマル法、ゾル-ゲル法、電気化学法などがあります。なかでも広く用いられている共沈法では、FeCl2、FeCl3、FeSO4などの水溶性鉄塩を原料とし、アンモニアや水酸化ナトリウムなどを用いてpHを調整することで酸化鉄を析出させます。
これらの方法は粒径や組成を制御しやすい一方、鉄塩由来のイオンや反応副生成物を除去するため、生成物の洗浄、分離、場合によっては排水処理などの後工程が必要になります。
超音波を利用した酸化鉄ナノ粒子合成についても多くの研究例があります。しかし従来の多くのソノケミカルプロセスでは、超音波は鉄塩を用いた既存の反応系において、混合、物質移動、核生成、沈殿などを促進する補助的なエネルギー源として利用されていました。
一方、「金属鉄そのものを出発物質として、超音波キャビテーションによって水中で直接ナノスケールの酸化鉄へ変換できるのか」という固液界面における材料変換については、十分に明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、鉄粉と水のみからなる単純な固液系に超音波を照射し、キャビテーションによる固体表面の更新と局所反応場を利用して、金属鉄から酸化鉄ナノ粒子への直接変換を試みました。
今回の取り組み
本研究では、鉄粉1.0 gを水中に分散させ、23または43 kHzの超音波を照射し、反応温度、周波数、照射時間が生成物に及ぼす影響を、X線回折、電子顕微鏡観察、磁化測定などにより評価しました。
その結果、鉄粉と水だけから、超音波照射によってスピネル型酸化鉄ナノ粒子が合成されることを明らかにしました。特に43 kHz、40 ℃、24時間では、平均粒径約32 nm、最大印加磁場で85.6 emu/gの磁化を示す粒子が得られました。
同じ43 kHz、24時間で温度を変化させたところ、鉄からスピネル型酸化鉄への変換率は、Fe3O4の化学量論組成を仮定した解析で、30 ℃:36.1 %、40 ℃:68.5 %、60 ℃:63.7 %と見積もられました。一方、40~60 ℃では平均粒径に大きな変化がなく、温度は粒子サイズよりも酸化反応の進行度に強く影響することが示されました。
超音波の効果を確認するため、40 ℃で72時間の機械撹拌実験も行いました。機械撹拌でも鉄の酸化は進みましたが、酸化物は主に鉄粒子表面に付着したサブマイクロメートルサイズの粒子でした。これに対し、超音波照射では微細なナノ粒子が形成され、液相へ脱離する挙動が観察されました。
この違いから、超音波キャビテーションによるマイクロジェットや衝撃波が鉄表面の酸化層を破壊・更新し、新しい反応界面を継続的に形成するとともに、生成粒子の脱離を促進していると考えられます。また、気泡崩壊時に生じる局所的な高温・高圧場や、OHラジカル、過酸化水素などの活性種も反応に関与する可能性があります。
形成機構としては、①鉄表面から溶出した鉄種を介して液相中で粒子が形成される経路、②鉄表面で酸化物が形成された後、微粒子として脱離する経路、の双方が関与するモデルを提案しています。ただし、詳細な反応経路については今後の検証が必要です。
今後の展開
本研究では、鉄粉と水という単純な固液系から、超音波キャビテーションによって酸化鉄ナノ粒子を直接形成できることを示しました。
今後は、溶液中のFe2+・Fe3+濃度、OHラジカル、過酸化水素などを時間分解的に測定し、キャビテーションによる鉄の溶解、酸化、核生成、粒子成長、脱離の各過程を定量化することで、固液界面におけるmetal-to-oxide変換の学理をさらに明らかにします。
また、生成したナノ粒子の回収量、物質収支、反応速度、総電力消費量、単位生成量当たりのエネルギー消費量などを評価し、材料合成プロセスとしての生産性やスケールアップ可能性について検討します。
鉄の加工工程では、微細な鉄粉や鉄系廃材が発生します。こうした微細な金属粉は酸化しやすいことが従来のリサイクルでは課題となる場合がありますが、本プロセスではその「酸化しやすさ」を逆に利用できます。
将来的には、鉄系微粉や鉄スクラップなどを出発原料として、高付加価値な酸化鉄ナノ材料へ転換するアップサイクル型材料プロセスへの展開も期待されます。
謝辞
本研究に関する論文は『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けました。
用語説明
(注1)ナノ粒子
一般に数nmから100 nm程度の大きさを持つ微粒子。物質をナノメートルサイズまで小さくすると、大きな比表面積や特有の磁気特性など、バルク材料とは異なる性質が現れる場合がある。
(注2)超音波キャビテーション
液体中に超音波を照射すると、圧力変動によって微小な気泡が発生・成長し、最終的に急激に崩壊します。この現象を超音波キャビテーションと呼ぶ。気泡崩壊時には極めて局所的な高温・高圧反応場が形成されるほか、マイクロジェットや衝撃波が発生する。これらにより化学反応の促進、固体表面の侵食・破壊・更新などが引き起こされる。
(注3)スピネル型酸化鉄
マグネタイト(Fe3O4)やマグヘマイト(γ-Fe2O3)などが有する結晶構造の酸化鉄。
(注4)solid–liquid metal-to-oxide変換
金属を一度水溶性の金属塩などに変換し、そこから酸化物を沈殿させるのではなく、固体金属と液体との界面反応を利用して、金属そのものから酸化物を直接形成する材料変換である。
論文情報
著者:Madoka Yoshikawa, Hirotsugu Takizawa, Yamato Hayashi*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 准教授 林 大和
掲載誌:Ultrasonics Sonochemistry
DOI:10.1016/j.ultsonch.2026.108028
