下水モニタリング×生態学×機械学習:老朽下水道インフラを予防保全
―腐食リスクを細菌データから予測し、陥没事故の未然防止へ―
2026/10/01
研究室ウェブサイト
発表のポイント
- 下水道管の腐食を引き起こす細菌の生息適性を、生態学の手法である種分布モデリング(SDM)(注1)を用いて下水道の管路網全体で面的に推定することに成功しました。
- その生息適性を管齢や管径などの従来の管路データと統合して機械学習モデルに組み込むことで、下水道管の腐食リスクの予測精度が大幅に向上しました。
- 予測された高リスク上位約29%の管路を点検対象とすることで、実際の重度腐食箇所の約89%(41/46箇所)を効率的に発見できることを確認しました。
概要
地下に埋設されたコンクリート製下水道管の老朽化による道路の陥没などが、世界的にも深刻な社会課題となっています。この課題に取り組むため、東北大学大学院工学研究科の張峻銘大学院生、佐野大輔教授らの研究グループは、野生動物の保護などに使われる生態学のテクニックをインフラ管理に持ち込むという全く新しいアプローチを開発しました。
本研究では、管路腐食の主な原因である下水中の細菌のデータから管路網全体の生息適性を推定し、それを機械学習モデルに組み込むことで、下水道管の腐食リスクを高精度に予測する手法を実証しました。従来手法の下水モニタリングとSDMの融合により実現した本技術は、点検すべき優先箇所を絞り込む際に、下水道技術者の経験を補完する有力な情報を与えるものです。
本成果は、9月24日付(現地時間)で科学誌Journal of Environmental Managementに掲載されました。
研究の背景
全国の地下に張り巡らされた下水道管の多くはコンクリートで作られていますが、現在その老朽化による道路の陥没などが、世界的にも深刻な社会課題となっています。国や下水道事業体はカメラを用いた管内点検を行っていますが、広大な管路網をすべてチェックするには途方もない時間と費用がかかります。そのため、優先的に点検すべき危険箇所を事前に予測して点検箇所を絞り込む技術の確立が求められています。
コンクリート製下水道管の腐食には、下水に棲む硫酸還元細菌(注2)という微生物が放つ硫化水素(注3)が深く関わっていることが知られています。しかし、下水からこの細菌を検出したからといって、すぐに「ここが危ない」とは予測できませんでした。その理由は主に2つあります。
第一に、発生場所と腐食場所の物理的な乖離です。下水道の管路網上流の無酸素領域で生成された硫化水素は、下流の管路へ流送される過程で気化し、管頂部の湿ったコンクリート表面で別の細菌(硫黄酸化細菌(注4))により硫酸へと変化し、管表面を侵食します。つまり、「細菌が存在する場所」と「実際に管が腐食する場所」は、必ずしも一致しません。
第二に、下水が常に流れていることです。流動する下水中の環境DNA濃度は、時間帯による排水量の変動や流速の影響を受けやすく、単なる一時点の濃度測定値だけでは管路全体の安定した腐食環境の指標とすることは困難です。
そのため、管路内の各点の測定データを、管路網全体を対象とする「空間リスク情報」へと昇華させる新たな解析アプローチの確立が不可欠でした。
今回の取り組み
本研究では、下水中の環境DNAデータと、生態学分野で生物の生息適地を推定する種分布モデル(Species Distribution Model: SDM)を融合させる新アプローチを開発しました。対象地域のマンホール40箇所で下水サンプルを採取し、主要な硫酸還元細菌(Desulfovibrio属、Desulfobulbus属)および硫酸還元に関わる機能性遺伝子(dsrB)の濃度を定量PCR法で測定しました。さらに、自治体の台帳データから得られる「管路勾配(水理条件の指標)」および「下水集水面積(汚水流入量の指標)」を環境要因として入力し、一般化線形モデル(注5)を用いたSDMを構築しました。これにより、未調査の管路区間も含めた管路網全体における硫酸還元細菌の「生息ポテンシャル(注6)(存在確率:0〜1)」を面として推定することに成功しました。SDMによって出力された硫酸還元細菌の生息ポテンシャルマップと、従来の管路基本属性(築年数、管径、勾配)を統合し、ランダムフォレスト(Random Forest)等の機械学習モデルに入力して各管路の重度腐食リスクを予測しました。実際の自治体の3,498区間のカメラ点検データを用いて検証した結果、リスク予測スコアが高い上位28.9%(200区間)の管路を優先点検対象として選定することで、重度腐食が発生している管路の89.1%(41/46箇所)を発見することが可能であることを確認しました。変数重要度解析においても、管齢(敷設後年数)に次いでDesulfobulbus属の生息ポテンシャルが腐食予測に最も大きく寄与していることが確認されました。
今後の展開
本研究は、「下水中の目に見えない微生物シグナル」を、単なる濃度測定で終わらせず、「種分布モデル」という生態学の知見を介することで、自治体が現場で直ちに活用できるデジタル空間情報へと変換できることを示しました。今後は、複数の都市への適用拡大を進めるとともに、水質・気体モニタリングとの統合、実現場での点検費用・時間の削減効果の定量実証に取り組みます。これにより、下水インフラの老朽化対策における効率的な予算・人員の配置と、落盤・漏水事故を未然に防ぐスマートな予防保全社会の実現への貢献を目指します。
謝辞
本研究は、国土交通省の上下水道科学研究費補助金JPJ012969の助成を受けたものです。
用語説明
(注1)種分布モデリング(SDM)
生物の観察データと環境情報から、その生物がどこに棲みやすいかを推定するモデリング技術。
(注2)硫酸還元細菌
酸素がない場所で活動し、硫酸を硫化水素に変化させる細菌。
(注3)硫化水素
腐卵臭(腐った卵のにおい)を持つ無色の有毒ガス。
(注4)硫黄酸化細菌
酸素が存在する場所で、硫化水素を硫酸に変化させる細菌。
(注5)一般化線型モデル
様々なデータ型(個数や確率など)を統計的に予測・解析する計算手法。
(注6)生息ポテンシャル
特定の環境や場所において、対象の生物が存在・繁殖できる可能性(生息適性)。
論文情報
著者:Junming Zhang, Kanki Watanabe, Wakana Oishi, Daijiro Mizutani, Mohan Amarasiri, Daisuke Sano*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 佐野 大輔
掲載誌:Journal of Environmental Management
DOI:10.1016/j.jenvman.2026.131005

