2色の光で人工細胞を制御
―「必要な時に、必要な分だけ」働く分子ロボットで、未来のピンポイント治療へ―
2026/10/07
発表のポイント
概要
私たちの体の中では、DNAが持つ情報は一度mRNAという物質に写し取られ(転写)、それをもとにタンパク質が合成されています。役目を終えたmRNAは分解され、必要以上のタンパク質が作られないよう精巧に量が調節されています。こうした仕組みを人工的に再現・制御する研究では、これまで合成する働き(アクセル)の制御に焦点が当てられていました。しかし、不要になったmRNAを積極的に分解する仕組み(ブレーキ)が組み込まれておらず、タンパク質が作られ続けてしまうという課題がありました。
東北大学大学院工学研究科の岩田大地大学院生、野村 M. 慎一郎准教授は、名古屋大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同研究により、光照射によって構造が変化する分子、アゾベンゼン(注3)を修飾したDNAとRNA切断酵素RNase H(注4)を組み合わせ、mRNAを作る働きと切断する働きの両方を光で同時に制御する機構を開発しました。この機構は細胞の脂質二重膜を再現した人工細胞の中でも機能することが確認されました。
本成果は、9月17日付で学術専門誌ChemSystemsChemに掲載されました。
研究の背景
生物の細胞内部では、DNAの遺伝情報がmRNAに写し取られ(転写)、そのmRNAをもとにタンパク質が合成されるという遺伝子発現が絶えず行われています。近年、この遺伝子発現を細胞を用いずに試験管内で再現する技術が発達しており、これを脂質の膜でできた人工細胞に封入することで、細胞のようにふるまう人工的な仕組みを一から組み立てる研究が世界的に進められています。こうした研究では、光などの外部からの信号を使って遺伝子発現を自由に操作する技術が求められています。
これまでの光による遺伝子発現制御の多くは、mRNAを合成する働き(転写)を光でオン・オフすることに焦点が当てられていました。しかし転写(アクセル)を止めてもすでに合成されたmRNAはなくならないため、タンパク質を作り続けてしまうという課題がありました。細胞のように精密に遺伝子発現を制御するためにはmRNAを作ることに加えて、不必要になったmRNAを積極的に分解する(ブレーキ)機構を併せ持つ必要があります。
今回の取り組み
本研究グループは、光を照射することで構造が変化する分子、アゾベンゼンをDNAに修飾し光応答性DNAを作製しました。この光応答性DNAは青色光(465 nm)を照射するとヘアピン状の構造を形成し、紫外線(365 nm)を照射するとヘアピン構造がほどけやすくなり、一本鎖の状態が増える性質を持っています(図1a)。
この光応答性DNAが一本鎖の状態になると、mRNAに結合してRNase HによるmRNAの切断を促進するとともに、T7 RNA polymerase(注5)によるmRNAを作る転写反応そのものを阻害することがわかりました。つまり青色光(アクセル)と紫外線(ブレーキ)の照射を使い分け、光応答性DNAの構造を切り替えることで、mRNAを作る働きと切断する働きの両方を制御できることになります。
試験管内の実験では、紫外線を当てることで20分後にmRNA量は36.5%まで低下し、青色光を照射すると転写反応が再開し、再びmRNA量が増加することが確認されました(図1c)。したがって2種類の光を使い分けて照射することで、mRNA量の増減の可逆的な制御が可能となりました。また、量を制御したmRNAを用いてタンパク質の合成量を制御できることが確認されました。
さらにこの機構を、細胞と同程度の大きさの脂質膜でできた人工細胞の内部に封入しました。光を照射したのちに人工細胞を回収して内部のmRNAを調べたところ、外部からの光によって人工細胞内部のmRNA量を増やしたり減らしたりできていることが確認されました。
今後の展開
今回、試験管内だけでなく人工細胞の中でもmRNA量を光照射によって自在に制御できることが示されました。この技術を発展させることで、狙った量のmRNAを合成し、遺伝子発現を制御できる仕組みを人工細胞に組み込めるようになります。
これは外部環境に応答して遺伝子発現を行う人工細胞の開発や、私たちの体の中で必要なmRNAやタンパク質(薬効成分など)を、必要な時に必要な分だけ合成する分子ロボットの実現への足掛かりとなります。これにより、薬の効きすぎや正常な細胞へのダメージを防ぐ、副作用の少ない未来の医療技術につながる可能性があります。
こうした実用化に向けた次のステップは、より大きく複雑なタンパク質を自在に制御することです。現在の技術では、大きなタンパク質を作るための長いmRNAは複雑な立体構造をとるため切断されにくく、十分に量を減らせないという課題があります。これに対しては、複雑な構造であっても確実に切断できるよう、結合する箇所を増やす配列設計にすることで制御可能になると期待されます。
また、体内などの環境で安全に利用するために、生体分子の損傷の影響が少ない光(可視光や近赤外光)で働く光応答性分子の導入によって、生体に優しい精密な分子制御技術の確立を目指します。

図1. 光に応答してmRNA濃度を制御する人工細胞。
(a)作製した光応答性DNA。青色光照射後はアゾベンゼンがtrans体に変化し、DNAの塩基間に挿入されることで安定したヘアピン構造を形成する。紫外線照射後はアゾベンゼンが折れ曲がった構造のcis体に変化し、ヘアピン構造が不安定化し一本鎖の状態が増える。
(b)人工細胞内部でのmRNA濃度の制御手法。青色光照射後は転写反応が進みmRNA量が増加する。一方、紫外線照射後の一本鎖状態の光応答性DNAはT7 RNA polymeraseによる転写反応を阻害すると同時に、mRNAと結合し、RNase HによるRNAの切断を誘導するためRNA量が減少する。
(c)青色光と紫外線を交互に照射した場合のmRNA濃度の可逆的な変化。mRNA量は青色光照射後に増加、その後の紫外線照射後に減少し、再度の青色光照射で再び増加した。
謝辞
本研究は、JSPS科研費JP20H05970、JP20H05701、JP25H01127、JP24H00070、JP23K17485、JP25K00080、JP23H00506、JP20H05971、JP22H05440、JP25H00416、JP23H04397、JP23K19990、JP21H05025、JP20H05968、JP20H05969、学術変革領域研究(A)領域番号JP20A403およびJP26A402、JST創発的研究支援事業(FOREST)JPMJFR2226、ならびに岩井久雄記念宮城奨学育英基金の助成を受けたものです。
用語説明
(注1)人工細胞(GUV)
脂質二重膜からなる細胞と同程度の大きさのカプセル。細胞膜と類似した構造を持ち、内部にDNAや酵素などを閉じ込めて細胞のような振る舞いを人工的に再現する研究に用いられる。
(注2)mRNA
メッセンジャーRNA。DNAの遺伝情報がコピーされた核酸分子。タンパク質合成の設計図。
(注3)アゾベンゼン
有機化合物の一種で、照射する光の波長によって構造が変化する。紫外線を照射すると折れ曲がった形(cis体)に、青色光を照射すると平面構造(trans体)に変化する。DNAに組み込むことで光照射によりDNA二重鎖の形成を制御することができる。
(注4)RNase H
DNAと結合しているRNAだけを選択的に切断する酵素。本研究ではmRNAを積極的に切断して量を減らす役割を担っている。
(注5)T7 RNA polymerase
DNAに相補的な一本鎖RNAを合成する酵素。
論文情報
著者:岩田大地、村山恵司、小宮健、松林英明、安部桂太、浅沼浩之、村田智、野村 M. 慎一郎*
所属:東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻(岩田、安部、村田、野村)、東北大学 学際科学フロンティア研究所(松林)、名古屋大学大学院工学研究科(村山、浅沼)、海洋研究開発機構生命地球科学研究部門(小宮)
*責任著者:東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻 准教授 野村 M. 慎一郎
掲載誌:ChemSystemsChem
DOI:10.1002/syst.70057
お問合せ先
東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻 准教授 野村 M. 慎一郎
TEL:022-795-6910
Email:shinichiro.nomura.b5@tohoku.ac.jp