磁気ノズル無電極プラズマ推進機における運動量の損失メカニズムを発見 -次世代の無電極電気推進機開発へ前進-

2015/05/13

【概要】

東北大学 大学院工学研究科 電気エネルギーシステム専攻の高橋和貴准教授と安藤晃教授らの研究グループは,宇宙空間における次世代の推進エンジンとして期待される無電極ヘリコンプラズマスラスターの性能低下を引き起こす運動量の損失メカニズムを実験的に発見しました。

宇宙空間における次世代の推進エンジンとして,磁気ノズルを利用した無電極プラズマ推進機であるヘリコンプラズマスラスターの開発が近年進められています。プラズマに暴露される電極が無いため長寿命化が期待される一方で,現時点での性能は従来の電気推進方式よりも低く,その原因の究明と性能改善を進める必要があります。

当該研究グループでは,ヘリコンプラズマスラスターを構成する壁面及び磁気ノズルに加わる長手方向の力(推力はその反作用)を独立に計測する手法を実現し,推進機を大出力化した際に,半径方向内壁への軸方向運動量の損失が顕著になり推進性能が低下することを発見しました。またこの現象が,スラスター内部の中性粒子とプラズマ荷電粒子の相互作用によって生じる電場と付随するイオン加速に起因することも示唆されました。今後,より詳細な中性粒子と荷電粒子の相互作用,そして磁気ノズルとプラズマの相互作用の理解を進め,それらの積極的制御を実現することで,次世代の大出力無電極ヘリコンプラズマスラスターが実現されると期待されます。

本研究成果は,2015年5月13日(米国時間)に発行される科学誌 『Physical Review Letters (American Physical Society)』のオンライン版に掲載されました。

【背景】

宇宙空間における主推進エンジンとして,小惑星探査機”はやぶさ”,”はやぶさ2”にも搭載されたイオンエンジンに代表されるような燃料ガス使用効率の高い電気推進機(プラズマ推進機)に対する需要が高まっています。従来の電極を用いた電気推進機ではプラズマ中にプラズマ生成・加速用電極が暴露されるため,電極が損傷し経年劣化が問題となっています。この経年劣化の問題を解決するために,電極がプラズマに暴露されない無電極プラズマ推進機である『ヘリコンプラズマスラスター』の開発が近年進められていますが,現時点での性能は従来の推進方式よりも低く,その原因の究明と推進機の改善・改良を進める必要があると考えられています。

ヘリコンプラズマスラスターは,磁気ノズルを利用した無電極プラズマ推進機です。プラズマ生成部の絶縁管,上流側のプラズマ終端板,プラズマを加速する磁気ノズルによって構成されており[図1(a)],高周波ヘリコン波放電によって絶縁管内部で生成された高密度プラズマを,磁気ノズルを用いて宇宙空間へと噴射します。当該研究者らは,2011年に国際共同研究で世界に先駆けてヘリコンプラズマスラスターの推力計測を実施し,磁気ノズル中の基礎的なプラズマ流挙動や推進性能への影響を調べてきており,徐々に推進性能が改善されています。他の方式に比べて無電極という利点を持ちつつも性能が低いのが問題となっており,その原因究明と性能改善が重要な課題となっています。


図1:
(a) ヘリコンプラズマスラスター動作の様子
(b)推力計測の実験装置概略図
【研究内容】

高橋准教授らのこれまでの研究で,スラスターの構成要素(絶縁管,終端板,磁気ノズル)を独立に板バネ式振子に接続しプラズマ生成時の振子の変位を計測することで,各種構成要素に起因する推力の成分分解計測に成功しています [図1(b)]。今回当該研究グループは,燃料ガス種を変更(アルゴン,クリプトン,キセノン)することで燃料の電離効率を上昇させた際にプラズマ荷電粒子によって絶縁管に加わる力を,上記手法を用いて独立に計測しました。

プラズマの詳細計測により,燃料ガスをアルゴン,クリプトン,キセノンとした際に,電離度(中性粒子に対するイオンの割合)が3%, 5-10%, 7.5-25%と増加することが観測されました。この際の絶縁管内壁へと加わるz方向(長手方向)の力(損失する運動量のz方向成分)を計測した結果を図2に示します(図中△,○,□)。電離度が高い条件(クリプトン,キセノン)では,アルゴンに比べて絶縁管内壁に損失するz方向の運動量が上昇していることが観測されました。これまでの研究では,内壁に自発的に形成されるシース電場によってイオンは半径方向に加速されるため,半径方向運動量(mvr)の損失に比べてz方向運動量(mvz)の輸送は無視できると考えられてきましたが,この結果から,半径方向内壁へ損失するz方向運動量も推進機性能低下の大きな要因であることが示されました。


図2: プラズマ終端板および絶縁管に加わる力の分解計測結果.

プラズマの詳細計測を実施しその物理メカニズムを考察したところ,電離度が高い条件では,絶縁管内部での電離によって中性粒子が減少し,かつ高密度プラズマの圧力によって中性粒子が生成部に流入できない『中性粒子枯渇現象』が起きている可能性が示されました.この中性粒子枯渇が起こると図3の圧力分布計測結果で分かるように,プラズマ生成部から出口にかけて急激な密度勾配およびz方向の電場が中心に発生します.高密度プラズマ条件ではこの現象がより顕著になり,電場によってイオンがz方向に加速されるため(図3中上部挿入図)イオンのz方向運動量が増大しますが,一方でこのイオンが絶縁管内壁へ損失する際にz方向の運動量も同時に輸送していることが示唆されました(図3中下部挿入図)。有人惑星探査等に要求される大電力電気推進機では燃料の電離度が増加するため,今回発見された運動量の損失機構と付随する性能低下がより顕著になると考えられます。


図3: 計測したプラズマ圧力分布とz方向運動量損失過程

以上のことから,中性粒子の制御法を導入し,上記の運動量の損失を引き起こす中性粒子枯渇現象を抑制することで,無電極プラズマ推進機及びその大電力化・高性能化を実現することが可能になると期待されます。

【論文情報】

Kazunori Takahashi, Aiki Chiba, Atsushi Komuro, and Akira Ando "Axial Momentum Lost to a Lateral Wall of a Helicon Plasma Source"
Physical Review Letters, vol.114, pp.195001-1 - 5 (2015)

【お問い合わせ先】

<研究内容>
高橋和貴 (タカハシカズノリ) 准教授
東北大学 大学院工学研究科 電気情報物理工学科 電気エネルギーシステム専攻
TEL: 022-795-7064, Email: kazunori “at” ecei.tohoku.ac.jp

安藤晃 (アンドウアキラ) 教授
東北大学 大学院工学研究科 電気情報物理工学科 電気エネルギーシステム専攻
TEL: 022-795-7062, Email: akira “at” ecei.tohoku.ac.jp

<広報担当>
東北大学 大学院工学研究科 情報広報室
TEL:022-795-5898, Email: eng-pr@eng.tohoku.ac.jp

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