応用物理学専攻の藤原 巧教授らは、透明多結晶体セラミックスに、結晶化ガラス法によりポッケルス効果の発現に成功しました~光を操るアクティブな光デバイスが安価かつ大量生産可能に~
2015/08/18
工学研究科応用物理学専攻の山岡一樹氏(当時、大学院修士課程)と寺門信明助教、高橋儀宏准教授、藤原 巧教授らは、熱処理した酸化物ガラスから得られる多結晶体セラミックス(結晶化ガラス)において、スイッチングや変調など、光の自在な操作を可能とする“ポッケルス効果”注1) の発現に成功しました。このポッケルス効果はもともと結晶材料に固有の機能性ですが、光に対して受動的な機能しか持たないガラスにも結晶化によって付与することができます。従来の結晶材料から成る光制御デバイスはファイバー形態とすることが困難であり、ガラス光ファイバーによって構成される情報通信ネットワークへの導入に問題を抱えています。開発に成功した結晶化ガラスは、同グループにより実用レベルの光透過性がすでに達成されており、さらに今回の研究成果によって、安価で量産性に富み、かつファイバー形状への成形性に優れるというガラス材料の特徴に加え、結晶機能も同時に活用することが可能となりました。このように、結晶化ガラスはガラスと結晶という全く異なる構造を有する両材料の特徴を併せ持つ画期的な材料であり、これまでの結晶デバイスに置き換わり、ファイバーネットワークとの整合性の高い革新的なアクティブ光ファイバー型デバイスなど、新デバイス開発や高度機能化が大いに期待されます。本研究の内容は、英国オンライン科学誌「Scientific Reports」(7月17日)に掲載されました。
【研究の背景】
長距離かつ大容量データの送受信システムを支える光通信は、メールや動画の配信はもとより大規模災害における情報伝達など、我々の生活にとって欠かせないインフラ技術となっています。この情報通信システムには、光源となる半導体レーザーに加えて、光スイッチや光変調器などの光信号制御デバイスおよび光伝送のための光ファイバーが不可欠です。光制御デバイスの動作原理として、電気光学効果の一種であるポッケルス効果などが活用されますが、これらは一般に、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)などの単結晶材料が用いられます。一方、低損失で光を伝送する光ファイバーはガラス材料から作製されており、主な原料は二酸化ケイ素(シリカ、SiO2)であることから、地殻中に豊富に存在するケイ酸塩鉱物が利用できます。このシリカガラスは安価でかつ量産性に優れる光学材料ですが、ガラスを特徴付ける不規則でランダムな構造ゆえに、前述した光学単結晶に固有のポッケルス効果を持ち合わせません。現在主流となっている光学単結晶は育成に時間を要しかつ高コストであることから、もしガラスの成形性・大規模生産性と単結晶の光波制御性を併せ持つこれまでにはない新しい材料が実現すれば、現行のファイバーネットワークとの親和性の高い、安価かつ量産性に優れた光波制御デバイスの創製が可能となります。
【研究内容】
藤原 巧教授のグループでは、ガラスを結晶化させた多結晶体セラミックスの一種である“結晶化ガラス”の研究を行ってきました。ガラスと結晶の特徴を併せ持つ新しい光デバイス材料として、この結晶化ガラスの材料応用を推進しています。一例として、ガラスファイバーにレーザー照射によって局所的な結晶化を施し、アクティブな光制御性を有するファイバー型デバイスが可能であることを世界に先駆けて実証しています。また、長さ0.5 mmの単結晶ドメイン(幅:約10 µm)の集合体として緻密かつ高い配向性を示す組織構造から成る“完全表面結晶化ガラス”の創製に成功しました(図1a参照)。前駆体となるガラスは、ポッケルス効果を有するフレスノイト型Sr2TiSi2O8結晶に加えて、ガラス形成に必要なSiO2を過剰添加した組成によって得られます。それを熱処理することで結晶化ガラスが創製されますが、試料全体を機能材料とするために、光機能性に寄与しない過剰成分であるSiO2を、単結晶ドメイン中にナノ粒子化して取り込むという先駆的なナノ結晶化テクノロジーがこの材料には適用されています。さらに、結晶とガラスの間で屈折率が整合するように調整することで境界面の光散乱が最小となるようにデザインされています(図1b)。
現行のニオブ酸リチウムによる光スイッチでは、この光学結晶を電極で挟み込み、外部から電圧を印加することでポッケルス効果を介した屈折率変化により信号光強度・位相を変化させます。本研究においても、得られた完全表面結晶化ガラスを切削加工し、試料上下に電極を固着することで基本的なポッケルス効果型デバイスを構築しました(図2a)。結晶化試料領域に信号光であるレーザー光を入射し、電圧(三角波)を印加した結果、明瞭な信号強度の変化を観測することに成功しました(図2b)。また光スイッチの性能を表す指標の一つであるポッケルス定数はr31=2.7 pm/V、r33=2.3 pm/Vと見積もられ、通常の単結晶材料と比較して信号光の偏光依存性が著しく小さいことが明らかとなりました。これは、この結晶化ガラスが持つ結晶では到底ありえない特異な分極構造に由来しており、実用的にも偏光方向に依存しない等方的な光制御が可能であることを意味しています。結晶材料にはないこの特徴は、偏光方向の変動が避けられない円対称性のファイバー型デバイスを構築する上で極めて有利な材料特性であると言えます。このように、多結晶セラミックス材料である結晶化ガラスにおいて、高度な光信号処理が可能となることを実証しました。
【今後の展開】
通常のセラミックスなどの多結晶材料は、材料全体としての結晶方位はランダムであり、さらに結晶界面や欠陥(空孔)の存在により光透過性が低いなど、光波制御デバイスへの応用は極めて限定的で、安価・量産型ではあるが活用が困難というのが常識でした。しかしながら、本研究の成果である結晶化ガラスは、多結晶材料でありながらLiNbO3単結晶の光導波路デバイスに匹敵する実用レベルの光透過性を有し、かつシリカをベースとするガラス材料を前駆体とすることから、ファイバーや薄膜、大型バルク素子など、加工・成形性がきわめて容易で、さらに安価かつ大量生産性に優れるという、従来の結晶デバイスの限界を打破する全く新しい光波制御デバイスの開発を促進することが期待されます。
【用語解説】
注1) ポッケルス効果:圧電体や強誘電体など、反転対称性が欠如した構造を有する結晶に固有の光学特性であり、外部電圧の印加により屈折率が変化する電気光学効果の一種。
【論文情報】
- 雑誌名:Scientific Reports 5, 12176 (2015)(DOI番号:10.1038/srep12176)。
- タイトル:Pockels effect of silicate glass-ceramics: Observation of optical modulation in Mach–Zehnder system(和訳:シリケート結晶化ガラスのポッケルス効果:マッハ‐ツェンダ系における光変調の観察)
- 著者:Kazuki Yamaoka, Yoshihiro Takahashi, Yoshiki Yamazaki, Nobuaki Terakado, Takamichi Miyazaki, and Takumi Fujiwara
【参考資料】
- 雑誌名:Scientific Reports 3, 1147 (2013)(DOI番号:10.1038/srep01147)
- タイトル:Parasitic amorphous on single-domain crystal: Structural observations of silicate glass-ceramics(和訳:単結晶ドメインに寄生した非晶質体:シリケート結晶化ガラスの構造観察)
- 著者:Yoshihiro Takahashi, Yoshiki Yamazaki, Rie Ihara, and Takumi Fujiwara
- 雑誌名:Applied Physics Letters 104, 031901 (2014)(DOI番号:10.1063/1.4862888)
- タイトル:Ultra-low propagation losses in fresnoite-type precipitated crystallized glasses(和訳:フレスノイト型結晶が析出した結晶化ガラスの低光損失)
- 著者:Yoshiki Yamazaki, Yoshihiro Takahashi, Rie Ihara, and Takumi Fujiwara