ダイズの健康機能成分ダイゼインの生成の謎を解く

2018/08/24

【概要】

東北大学大学院工学研究科の中山 亨 教授ら(バイオ工学専攻応用生命化学講座)は,東京大学大学院医学系研究科(河合 洋介 助教)との共同研究により,ダイズの健康機能成分として知られるイソフラボン(注1)の一種ダイゼインの生成にまつわる長年の謎を解き明かしました。この研究は,ダイゼイン生成の鍵酵素であるカルコン還元酵素の特定のアイソザイム(注2)が,ダイズ細胞内で代謝的に関連の深い他の酵素と複合体(メタボロン(注3))を形成することを見いだし,ダイズの根や種子におけるダイゼインの高効率な生成もこれで説明できることを示したものです。メタボロン形成の機能的重要性を明確に示したことにより,本研究の成果は代謝工学(注4)の進展にも大きく貢献するものとして注目されます。この共同研究の成果は8月14日付の専門誌「ザ プラント ジャーナル」(電子版)に掲載されました。


【詳細な説明】

1.ダイズ関連食品の健康機能
疫学的な研究によって,ダイズ(図1)関連食品の習慣的な摂取が,ホルモン依存性のがん(乳がん,卵巣がん,限局性前立腺がん等)の予防や,骨粗鬆症,循環器系疾患等の疾患の予防に有効であることが示されてきました。こうしたダイズ特有の健康機能の少なくとも一部は,ダイズに含まれるフラボノイドであるイソフラボンに起因していることが強く示唆されています。

2.ダイズの健康機能成分ダイゼイン
イソフラボンはマメ科植物に特徴的に存在するフラボノイド(注5)で,ダイズには主としてダイゼインとゲニステインが含まれます(図1)。これらは植物エストロゲンとも呼ばれ,摂取したときに非常に弱い女性ホルモン様活性を示し,また強い抗酸化活性も示します。上述のダイズ特有の健康機能の多くは,ダイゼインやゲニステインのこうした生理活性で説明されてきました。しかしながら最近,これらのうちダイゼインがヒトの腸内で一部の腸内細菌によってエコールという誘導体に代謝され,これがダイゼインやゲニステインそのものよりもはるかに強い生理活性を示すことが見出され,このエコールこそが,ダイズ特有の健康機能発現の鍵物質であると考える研究者もでてきました。ダイズに含まれるイソフラボンのうち,このエコールに変換されうるのはダイゼインのみですので,ダイズ中のダイゼインの量の制御は重要な課題となります。ダイゼインは根や種子で高度に蓄積しており,特に根におけるダイゼインの含量はゲニステインのおよそ10倍以上に達します。

3.ダイゼインの生成にまつわる謎
イソフラボン生合成の代謝マップ上では,カルコン還元酵素(CHR)はカルコン合成酵素CHSの反応の次に位置づけられ,代謝マップにおいてCHRの関与があれば代謝マップの終点はダイゼインとなり,なければ終点はゲニステインとなります(図2)。カルコン還元酵素という名称からは,CHRはCHS反応生成物(カルコン)に作用するように思われがちですが,実際にはこの酵素はカルコンには作用できず,その真の基質は,カルコンがつくられる途上のCHS反応の「中間体」です。ところがこの「中間体」はきわめて不安定で,水中でただちに自発的に別の物質に変換され,細胞内ではそれは最終的にゲニステインに導かれます。したがって,CHR反応が高効率に起こるためには,この不安定な「中間体」が変化してしまう前に速やかにCHSからCHRに渡される必要があります。上述のようにダイズの根ではダイゼインの含量はゲニステインのおよそ10倍以上に達しますから,根では90%以上の効率で「中間体」がCHSからCHRに渡されているはずです。しかしながら,試験管内でCHSとCHRを混ぜて反応を行ってみてもこの効率はせいぜい15%程度にしかなりません。ダイズ細胞内において,この不安定な「中間体」のCHSからCHRへの高効率な受け渡しがどのようにして起こっているのか・・・これが長年の謎だったのです。細胞内での高効率なCHR 反応が起こるには,CHSとCHRが細胞内で結合して両酵素間での「中間体」の直接的な受け渡しが起こっているはずであると考えられ,その可能性が種々検討されてきましたが,そのような証拠は見つかりませんでした。

4.長年の謎を解く:研究グループの試み
ダイズのCHRにはこれまでに4つのアイソザイムが知られていました(CHR1~CHR4).研究グループは,あらためてダイズのゲノム配列を注意深く検索し,これまで未同定であったCHRアイソザイムも含め,全部で11個のCHRアイソザイムの存在を確認しました。これらのうち,3つのアイソザイム(CHR1, CHR5, CHR6)が明確なCHR活性を示し,予想外なことに,これまで顧みられたことのなかったCHR5の遺伝子発現がダイズ植物体におけるダイゼインの蓄積パターンと最も良い相関を示しました。次に研究グループは,酵素活性の認められた3つの CHRアイソザイムについて,イソフラボンの生合成に関わる他のすべての酵素との結合の有無をさまざまな方法で調べました。その結果,CHR5のみが,イソフラボン生成の鍵となる反応を司る膜結合型酵素イソフラボン合成酵素(IFS,図2)と結合できることがわかりました。同グループは2016年にCHSとIFSが結合できることなどを明らかにしていたことから,本研究の結果も総合して,図3のような酵素間の結合のネットワークの存在を提示しました。同グループはこの推定される酵素複合体をイソフラボノイドメタボロンと呼んでいます。ダイズ細胞内においてCHSからCHRへの「中間体」の高効率な受け渡しが可能となっているのは,両酵素がそれぞれIFSとの結合を介してイソフラボノイドメタボロンに参画することにより互いに近傍に存在できるからであると考えられます。

5.工学におけるインパクト
生体内で観察される高い代謝機能が,代謝経路を構成する個々の酵素について試験管内で調べられた反応の性質だけでは十分に説明できない場合は多く,ダイズCHRの反応もそのような例のひとつでしたが,メタボロン形成の発見が鍵となってその理解が進むこととなりました。一方,近年,植物の有用成分を微生物などの代替生物に作らせる代謝工学研究が活発化しています。そのような研究において,代謝経路を設計して代替生物の細胞内にそれを導入しても,期待どおりの代謝機能がえられないことがしばしばあります。そのような研究において,メタボロンの細胞内形成を考慮した代謝設計がなされたことはほとんどありませんでした。代謝酵素群によるメタボロンの細胞内形成を盛り込むことによってそれらにブレークスルーがもたらされる可能性があります。メタボロンは,生物が長い時間をかけて達成してきた「相互作用能の獲得による機能進化」を反映したものであると考えられ,そうした巧みな「進化の知恵」を活かしたより高度な代謝工学研究の展開が期待されます。



図1.ダイズとそのイソフラボン(ダイゼインとゲニステイン)


図2.ダイズにおけるイソフラボン生合成の代謝マップ
丸は酵素を示し,矢印は酵素反応を示す。


図3.提案されたイソフラボノイドメタボロン
丸は酵素を示し,両向き矢印は酵素間の結合を示す。

 

【用語解説】

(注1)イソフラボン
ダイズなどのマメ科植物に特徴的に含まれ,図1で示したような構造をもつ有用成分の総称。ダイズにおもに含まれるイソフラボンはダイゼインとゲニステインである。

(注2)アイソザイム
酵素としての活性がほぼ同じでありながら,その他の性質などが異なっていて分子としては別種である場合,そのような酵素をアイソザイムという。

(注3)メタボロン
生命現象は,生体内でおびただしい数の化学反応が起こることによって成り立っている。これらの化学反応はほとんどの場合,ある反応の生成物が次の反応の基質になり,その反応生成物がその次の反応の基質になるというように,連続した反応経路を形成している。こうした生体内の反応経路のことを代謝または代謝経路と呼ぶ。代謝経路を構成する反応の一つ一つはそれぞれ,反応加速作用をもつ「酵素」というタンパク質のはたらきによって円滑に進行し,反応が異なれば担当する酵素も異なる。40年ほど前から,代謝経路を構成する酵素群は細胞内ではお互いにゆるく結合しながら複合体を形成しているのではないかと推定されてきた。この酵素複合体のことをメタボロンという。メタボロンを形成することにより,例えば不安定な代謝中間体を速やかに次の酵素に受け渡せたり,有毒な代謝中間体を細胞内に拡散させることなく即座に次の酵素反応に提供することができたりするなど,代謝を進める上で様々な利点があると考えられている。しかしながら多くの場合,メタボロン形成のもととなる結合力は弱く可逆的であり,検出の困難さもあってメタボロンの存在の実証には至らなかった。

(注4)代謝工学
遺伝子組換え技術などを用いて,生物の細胞内に代謝経路を人為的に改変または構築し,特定の代謝産物を量産化したり生産を制御したりすることを目的とする学問。

(注5)フラボノイド
陸上植物に広く含まれる炭素数15の代謝産物で,8000種類以上の構造が知られる.フラボノイドは植物の生殖や病虫害応答などの生存戦略に欠かせない化合物群であるばかりでなく,これを摂取した人間にも抗酸化作用や各種の疾病予防効果を発揮し,そうした活性の強弱もフラボノイドの多様な構造に依存する。花の赤・青・紫色は,ほとんどの場合,アントシアニンというフラボノイドの一群に起因する。イソフラボンはマメ科植物に特徴的に存在するフラボノイドの一群である。

【論文情報】
Mameda, Ryo; Waki, Toshiyuki; Kawai, Yosuke; Takahashi, Seiji; Nakayama, Toru
Involvement of chalcone reductase (CHR) in the soybean isoflavone metabolon: Identification of GmCHR5 that interacts with 2-hydroxyisoflavanone synthase
The Plant Journal 2018; DOI: 10.1111/tpj.14014
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/tpj.14014
【お問合せ先】
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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