ゲルを基材とするオール有機物の生体親和性電極

- 脳に密着する頭蓋内電極として有効性を実証 -

2019/09/17

【発表のポイント】
  • ハイドロゲルを基材とするオール有機物電極を開発
  • 生体に安全な柔軟性と物質透過性を有し、MRIなど画像診断を邪魔しない
  • 脳の表面(柔らかい濡れた凸凹)でも密着状態を保持し、脳波の計測精度が高い
  • てんかん手術や脳機能マッピングなどの脳外科手術などに用いる頭蓋内電極として有用
【概要】

東北大学大学院工学研究科の西澤松彦教授と医学系研究科の冨永悌二教授の共同グループは、大学病院臨床研究推進センター(CRIETO)と協力して、ハイドロゲル(水分70%以上)を基材とする頭蓋内電極を開発しました。炭素繊維と導電性高分子をハイドロゲルに組み合わせたオール有機物であるため、生体組織と同等に柔らかく、体液や酸素などを透過し、MRIなど画像診断の邪魔にもなりません。脳の表面(柔らかく濡れた凸凹が存在)でも密着状態を保持し、そのため現行の頭蓋内電極(シリコーンゴムに金属を配線)よりも高い脳波計測精度を示す可能性が示唆されました。頭蓋内電極は、脳活動の計測と刺激に広く用いられ、特に、脳外科手術時の脳機能モニタリングとてんかん焦点の診断に必要です。国内てんかん患者数はおよそ100万人で、手術治療が検討されるべき薬剤抵抗性てんかん患者はそのうち20%~30%とされています(※1)。“脳に優しく高性能”なハイドロゲル頭蓋内電極により、てんかん焦点の検出や機能評価がより安全かつ精細なものとなり、難治性てんかんの外科治療の発展に貢献し得るものと期待されます。

以上は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)による成果であり、2019年9月16日にNature Publishing Groupの電子版科学誌「Scientific Reports」にオンライン版で公開されます。

【詳細な説明】
  1. 研究背景

    高齢社会に対応する高効率・低コストなIT医療システムの開発が全世界の英知を結集して急ピッチで進められており、その鍵を握るウェアラブル及び埋め込み型デバイスの「生体親和性」を追及する研究開発が進んでいます。電気的な診断・治療(計測・刺激)を担う電極デバイスは、図1の様に、微小化と薄膜化が生み出したフレキシブルなウェアラブル型から、極薄のプラスチックフィルムを基材とする埋込型エレクトロニクスへと発展しています。東北大学では、その次の「ソフト・ウェット」な医用電極の実現を目指して、生体組織と同様に柔軟なハイドロゲル(水分70%以上)の活用によって生体親和性の飛躍的な向上にチャレンジしてきました(2014年6月プレスリリース)。ゲル製オール有機電極による電気的な診断・治療の効率向上によって、患者の負担軽減と医療費の削減に貢献したいと考えています。


    図1 生体親和性デバイスの発展

    この度、頭蓋内電極としての研究開発が、AMED先端計測分析技術・機器開発プログラムによって進展したので発表します。頭蓋内電極は、脳表脳波の測定、および脳表の電気刺激を行うことを目的とした医療機器であり、これを用いたてんかん焦点の同定や脳機能マッピングが、てんかんの精緻な診断と病変切除術に必須です。現在用いられている頭蓋内電極は、シリコーンゴムに金属線を配したものであり、脳より硬いことから安全性や密着性が不十分で、金属電極の磁性によるアーチファクトや界面容量の小ささからも適用が制限されており、構成材料の根本的な見直しによって脳への安全性と電極としての機能性向上が強く求められてきました。ハイドロゲル頭蓋内電極の優れた操作性と高い計測精度によって、今後、難治性てんかんの外科治療の発展に貢献するものと期待されます。


    図2 脳表面に密着するゲル電極
  2. 本研究の成果

    0.3mm厚の炭素繊維布(CF)を電極材料に用い、これに導電性高分子(PEDOT)を析出させて、巨大な界面容量(10 mF/cm2)を有する伸縮性の有機電極体(PEDOT-CF)を調製しました。このPEDOT-CFを電極形状に加工し、シリコーン薄膜による絶縁処理を施した後、ポリビニルアルコール(PVA)ゲルのシート(厚さ1mm)に包埋してオール有機電極が作製できました。PEDOT-CFの微細網目構造へのPVAの浸潤により、5Nの引っ張りでも壊れない強靭な一体化が実現しています。PVAは生体組織と同様に柔軟で(~10 kPa)、酸素など小分子の透過性は生理食塩水と同等でした。図3(a)に示すのは、脳モデル上に置いた16極の現行電極と有機電極の写真であり、(b)に示す側方からの観察より、ゲル基材の柔軟性によって脳表への密着が得られるのが分かります。ゲル基材の曲面親和性は、曲率の異なる表面への密着性の計測で定量的にも示されました(c)。


    図3 現行電極(シリコーン基材)と有機電極(ゲル基材)の曲面密着性能の比較

    次に、ブタの摘出脳で接触インピーダンス(抵抗)を測定しました。先ず、図4(a)の写真からは、有機電極(ゲル基材)の密着性が確認できます。図4(b)に示すのは、生理食塩水中(実線)と摘出脳の上(点線)で得られた結果です。有機電極は単に脳表に置いただけで計測出来ますが、現行電極は脳表に馴染まないため、押し付けて計測する必要がありました。脳波の領域5Hz~1kHzで有機電極のインピーダンスが低く、脳波計測に適していることが判ります。これは、PEDOT-CFの界面容量が金属の100倍大きい為です。また、脳表(点線データ)では有機電極の優位性がさらに向上しており、これは、安定した広域密着性により得られた結果と言えます。


    図4 (a)ブタの摘出脳への密着性比較 (b)電極の交流インピーダンス:生理食塩水中(実線)、脳上(点線)

    近年、頭蓋内電極による電気的計測とMRIなどのイメージング技術を併用する高精度な脳機能マッピングが注目されています。しかし、従来の金属電極は強磁場に晒されるとイメージングの邪魔(アーチファクト)を生じる傾向があり、発熱を伴うこともあるため、複合計測の実施が限られていました。図5は、金属電極に生じるアーチファクトが、今回のオール有機電極では生じないことを実証しています。発熱の危険性も低いことが証明されており、オール有機電極によって、脳活動マッピングの精度向上に有効なMRIとの併用が進むと期待できます。


    図5 小動物用MRIによるマウス脳上の電極のイメージング

    最後に、動物実験によって脳波計測性能を評価しました(図6)(※2)。ラットとブタを用いて脳波計測を行い、現行のシリコーン電極と同様に脳波データを得ることが出来ました。さらに脳波スペクトルを解析した結果、オール有機電極はシリコーン電極よりシグナル/ノイズ(S/N)比が優れており、より高精度な脳波計測に適している可能性が示唆されました。PEDOT-CFの界面容量が大きく、ゲル基材の密着性が高い為であると言えます。(c)はラットにカイニン酸を投与した場合の脳波であり、てんかん性活動を捉えた様子が確認されています。


    図6 動物の脳波計測における有機電極(青データ)と現行電極(黒データ)の比較:(a)ラット正常時, (b)てんかんを薬剤で誘発したラット, (c)ブタの正常時
  3. 展望

    ハイドロゲルを基材とするオール有機頭蓋内電極の有効性が実証出来ました。本研究は、工学研究科の技術者と医学系研究科の臨床医の密接な協力体制の下、さらにメーカー企業の参画も得て、製品化に向けて着実に進展しています。今後、各種安全性試験を丹念に行い、臨床試験に進むことを目指します。国内てんかん患者数はおよそ100万人で、頭蓋内電極を用いる手術が有効な難治性てんかん患者は20%~30%とされています(※1)。極力早く、患者負担の低いゲル製頭蓋内電極の実用化を果たし、難治性てんかんの外科治療の発展に貢献したいと考えています。

    さらに、ソフトウェットなハイドロゲル電極の有効利用は、今回の頭蓋内電極に留まるものではなく、例えば、脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation: DBS)、嚥下機能惹起、過活動膀胱の制御のための坐骨神経刺激などにも有効であると判ってきています。これらの応用についても製品化に向けた開発を進め、未来医用電極のプラットフォームとして、ハイドロゲル電極テクノロジーの確立を目指します。

※1 公益(社)日本てんかん協会

※2 動物実験は、東北大学の動物実験委員会に実験計画書を提出して承認を取得し、「国立大学法人東北大学における動物実験等に関する規定」の遵守の下、医学部にて医師(中川ら)が実施しました。

【論文名・著者名】
“Hydrogel-Based Organic Subdural Electrode with High Conformability to Brain Surface” S. Oribe, S. Yoshida, S. Kusama, S. Osawa, A. Nakagawa, M. Iwasaki, T. Tominaga, M. Nishizawa, Scientific Reports, DOI:10.1038/s41598-019-49772-z
【お問合せ先】
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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