実験データに隠された非線形力学モデル同定のための新しい計算手法を開発

- 非線形力学のホワイトボックス解析に貢献 -

2020/03/09

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科ロボティクス専攻 教授 林部 充宏
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 非線形力学のスパース同定の新しい計算手法をエネルギーとラグランジアンを用いて実現した。
  • Proc. Nat. Acad. Sci, 2016に報告されている先行研究手法よりも正確な力学モデル同定を実現した。
  • ニューラルネットワークなどのブラックボックスによる同定ではなく、解析的なモデルを獲得するホワイトボックスによるアプローチであるため、非線形力学解析に貢献しうる。

【概要】

東北大学大学院工学研究科の林部充宏教授とHoang K. Chu学部生(国際機械工学コース(IMAC))らの研究グループは、非線形力学のスパース同定注1に関する新しい計算手法をエネルギーとラグランジアン注2を用いて開発しました。Proc. Nat. Acad. Sci, 2016に報告されている先行研究手法のスパース同定よりも正確な非線形力学モデル同定を実現しました。先行手法では採用されていなかったラグランジアンに基づく非線形力学スパース同定手法を提案しました。ニューラルネットワークなどのブラックボックスによる同定ではなく、解析的なモデルを獲得するホワイトボックス注3によるアプローチであるため、非線形力学解析に貢献しうる計算技術と期待されます。

本研究成果は、ロボット分野で最もメジャーな国際会議IEEE ICRA2020のJournal Optionとして採択され、科学雑誌「IEEE Robotics and Automation Letters」に2020年1月31日付けで掲載されました。

【研究の説明】

未知のデータから物理法則を獲得する試みはこれまで長く行われてきました。Schmidt とLipson[1]は実験データから物理法則に関する解析的方程式をシンボリック回帰により実現しましたが、計算時間が膨大であるという問題点がありました。ニューラルネットワークを用いたブラックボックスモデルによるアプローチは近年も継続して行われていますが、入出力関係しか明らかにならないという根本的な問題があります。非線形力学のスパース同定(SINDy)がBrunton[2]らにより近年提案され、解析的方程式を導くホワイトボックスのアプローチとして注目されています。研究グループは、先行研究でまだ試みられていないエネルギー推定を介してラグランジアンを導く手法を非線形力学のスパース同定に取り入れたLagrangian- SINDy を新たに提案しました。

非線形力学同定の検証によく使われるカート振り子、二重振り子、球体振り子の運動データを用いて、解析的力学方程式が獲得できるかどうかを検証しました。先行研究と比較し獲得されたモデルの複雑性を比較しました。よりコンパクトなモデルを獲得できることは無駄のない正確なモデルを実験データのみから再現できたことを示します。図に示すように提案手法はどの非線形力学対象に対しても無駄のない正確な力学モデルを実験データのみから同定できている様子がわかります。


図1 多自由度システムの力学をエネルギーとラグランジアンを介して獲得する模式図

図2 検証に使用した3 種類の非線形力学対象(カート振り子、二重振り子、球体振り子)

図3 先行研究との比較(提案手法はどの非線形力学対象に対しても無駄のない正確な力学モデルを実験データのみから同定できている様子がわかる)

【研究の意義・今後の展望】

Big Data や機械学習の発展から今後もますます実験データから得られる時系列データをモデリングする手法のニーズは高まっていくと考えます。ニューラルネットワークを用いたブラックボックスにより近似モデルを推定する手法が盛んですが、入出力関係のみの推定となり解析的に用いることができる用途は限られます。本研究ではエネルギーベースのスパース同定と機械力学に基づくエネルギーからラグランジアンへの変換により対象の力学をホワイトボックスとして獲得できるため、非線形力学解析に貢献しうると考えています。本研究はまずエネルギー保存系での実現であるため、今後エネルギー散逸系での実現が期待されます。また高次元空間での探索にはブラックボックスモデルの手法も重要であり、運動シナジーの発現が深層強化学習でも存在することが確認されました(2020 年2 月25 日プレスリリース*)。今後はブラックボックスとホワイトボックスの両アプローチの融合が望まれます。

* 2020 年2 月25 日プレスリリース:
深層強化学習による運動学習過程におけるシナジー発現プロセスの存在を実証 - 運動学習メカニズムの解明に貢献 –

用語解説

注1 スパース同定

スパースは「すかすか」「少ない」を意味し、圧縮センシングの一技法で膨大なビッグデータを解析して大量のデータに埋もれて見えにくくなってしまう有為な情報を抽出したり、法則性を導き出したりする計算手法

注2 ラグランジアン

フランスの物理学者Joseph-Louis Lagrange が定式化した物理的な力学系の動力学を記述するために用いられる一般化座標とその微分、および時間を変数とする関数で運動エネルギーと重力エネルギーの差を意味する

注3 ホワイトボックス

深層学習などのAI 手法では内在する物理法則の解析的記述とは関係のない関数の組み合わせでシステムの入出力を表現する中身の構造自体が意味を持たないブラックボックスとなるが、物理法則の解析的記述と連動する状態変数による構造に意味を持たせた表現をホワイトボックスと呼ぶ

論文情報

タイトル:Discovering Interpretable Dynamics by Sparsity Promotion on Energy and the Lagrangian
著者: Hoang K. Chu, M. Hayashibe
掲載誌: IEEE Robotics and Automation Letters, April 2020, 5(2): 2154-2160
URL: https://ieeexplore.ieee.org/document/8977323
Journal option としてICRA2020,Paris(May31-June4)でも発表予定

関連動画


「エネルギーとラグランジアンのスパース同定に基づく解釈可能なホワイトボックス力学モデルの獲得」:東北大学Youtube

参考文献

[1]タイトル:Distilling free-form natural laws from experimental data
著者: M. Schmidt, H. Lipson
掲載誌: Science, vol. 324, no. 5923, pp. 81-85, 2009, [online] Available: https://science.sciencemag.org/content/324/5923/81.

[2]タイトル:Discovering governing equations from data by sparse identification of nonlinear dynamical systems
著者: S. L. Brunton, J. L. Proctor, J. N. Kutz
掲載誌: Proc. Nat. Acad. Sci., vol. 113, no. 15, pp. 3932-3937, 2016, [online] Available: https://www.pnas.org/content/113/15/3932.

お問合せ先

東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
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