超軽量リハビリ装具で脳卒中患者の歩行を改善

- バネ−カム機構を装着するだけで膝が曲がりやすく転倒予防に! -

2020/07/20

発表のポイント

  • 脳卒中注1の後遺症による片麻痺注2患者への歩行リハビリテーション装具(短下肢装具Ankle Foot Orthosis: AFO注3)に容易に取り付け可能なデバイスを開発
  • バネ-カム機構注4を用いることで超軽量かつモーターレスな蹴り出し補助を実現
  • 開発した装具によるアシスト効果によって,つまずきによる転倒を予防する効果に期待

概要

脳卒中患者の数は,超高齢社会の日本では増加の一途をたどっています。脳卒中患者にとって歩行リハビリの質の向上は,「生活の質(Quality of Life: QOL)」の向上に直結する重要な課題です。

東北大学医学系研究科 関口雄介非常勤講師,同大学工学研究科 大脇大准教授,日本電気株式会社 野崎岳夫,福司謙一郎研究員らの医工学,産学連携研究グループは,モーターレスでシンプルなバネ-カム機構を用いた超軽量歩行アシストデバイスを開発しました.脳卒中片麻痺患者11名を対象とした臨床実験の結果,歩行中の蹴り出し補助のみならず,副次的に,遊脚注5の膝が曲がりやすくなる効果を確認しました.この効果は,歩行中のつまずきによる転倒予防につながると考えられ,多くの患者の福音となることが期待されています.

本研究成果は,2020年7月2日に臨床研究に関する科学誌Gait & Posture電子版に掲載されました.


図A 開発したバネ-カム機構を有するデバイス(写真は右足用).AFO(Gait Solution; Pacific Supply Co., Ltd., Japan)が480gに対して、研究グループが開発したアタッチメントは65gと超軽量かつモーターレス.中央下部に見えるネジ(地面とは非接触)で,個人の脚力に応じた調整が可能.

図B 蹴り出しアシスト効果のメカニズム.足首が背屈注6方向に回転すると,カム機構によりバネが変位し,蹴り出し方向のモーメント(回転力)を発生.

研究背景

脳卒中は脳組織に損傷を与える疾患であり,上下肢の運動麻痺が主症状としておこります.脳卒中による運動障害患者のうち,15~30%の患者が恒久的な運動障害を呈するため,社会復帰のためにはリハビリテーション(リハビリ)が必要になります.特に,根源的な移動能力に関わる歩行リハビリは,直接的に「生活の質(Quality of Life: QOL)」の向上につながるため,多くの患者の福音となり,社会的意義,波及効果は大きい研究課題となっています.

脳卒中が主たる要因の運動障害患者(片麻痺患者)に対する歩行リハビリにおける一つの克服すべき課題は,歩行速度の低下です.この歩行速度低下の主要因として,足首の底屈機能の低下による立脚期後期における不十分な蹴り出しが指摘されています.しかしながら,現在まで広く使用されている歩行リハビリ用装具(短下肢装具Ankle Foot Orthosis)では,軽量かつ立脚期の不十分な蹴り出しを補助するものは提案されていませんでした.

研究内容

東北大学医学系研究科 出江紳一教授,関口雄介非常勤講師,本田啓太非常勤講師,同大学工学研究科 大脇大准教授,日本電気株式会社(NEC Corporation)野崎岳夫,福司謙一郎研究員のグループは,既存のAFO(Gait Solution; Pacific Supply Co., Ltd., Japan)に簡易に取付可能なアタッチメント形式の蹴り出しアシストデバイスを開発しました(図A).シンプルかつ軽量な機構で蹴り出しアシストを可能とするため,バネ-カム機構を採用しました.足首での背屈方向への回転にともなってカム形状が変化することでバネが変位し,弾性エネルギーが蓄積されます.このエネルギー回生により,立脚期後期に足首関節での蹴り出し(底屈モーメント)アシストが発生するメカニズムとなっています(図B).

このデバイスの効果を検証するため,脳卒中による片麻痺患者11名に対して,東北大学病院リハビリテーション科において,3次元動作解析装置(モーションキャプチャシステム)および床反力計測装置を用いて,歩行中の運動学および動力学解析を行いました.計測は,東北大学病院倫理委員会の承認のもと,被験者に十分な説明を与え同意を得た上で行われました.

成果とその意義

既存のAFOでは,立脚期後期において足首で生成される底屈最大パワーが減少した一方,提案デバイスを取り付けることで,この減少が抑制,すなわち蹴り出しアシストが発生している事実が確認されました.さらにその副次的効果として,遊脚期中に麻痺側の膝関節屈曲が増加する結果が確認されました.

片麻痺患者の歩行中の遊脚期における膝関節の不十分な屈曲はさまざまな問題につながると考えられています.第一に,膝関節の屈曲が不十分なことにより,遊脚期中につま先が十分に地面から離れることが難しくなり,つまずき,そして転倒の要因となります.さらに,この転倒を回避するための代償動作として「ぶん回し歩行注7」が,片麻痺患者の歩行の特徴として現れます.このぶん回し歩行は,歩行エネルギー効率の悪さ,歩行の見た目の悪さ,など,患者が歩行リハビリテーションを継続的に行う上での大きな精神的障壁となるという深刻な問題も抱えており,片麻痺患者への歩行リハビリを困難にする一つの要因となっています.提案したデバイスにより,蹴り出しアシストのみならず,膝関節屈曲の増加を副次的にもたらし,つまずきによる転倒予防,ぶん回し歩行の抑制という観点でも,新たなリハビリ効果が期待されます.

用語解説

注1 脳卒中

脳に向かって血液が流れている動脈が破裂,詰まるなどし,血液の流れを途絶することにより脳の組織の一部が壊死し,突然症状が現れる病気.

注2 片麻痺

片側の運動を司る脳の病変や損傷により,損傷した脳とは対側の上肢と下肢に運動麻痺が生じた状態.

注3 短下肢装具(Ankle Foot Orthosis)

足首の動きを制限,補助,制動(ブレーキをかける)することにより,足首に障害を生じた患者の歩行や立つことを補助するリハビリ用医療機器.足部から膝下までの長さの装具のことを短下肢装具という.

注4 カム機構

運動の方向を変える機械要素.回転する軸に取り付け,回転角度に応じて半径が変化する形状(カム曲線)をもつ.例,ガソリンエンジン吸排気バルブ.

注5 立脚期,遊脚期

歩行中,足が地面に着いている期間が立脚期,足が地面に着いていない期間が遊脚期と定義されている.それぞれの期間にある脚を,立脚,および遊脚という.

注6 背屈,底屈

首が上方向に曲がることを背屈,下方向に曲がることを底屈という.

注7 ぶん回し歩行

横方向から脚を回すように振り出す歩き方の名称.脳卒中片麻痺患者に特徴的に見られる歩き方.

付記:研究助成資金等

日本学術振興会 科学研究費補助金 新学術領域研究「脳内身体表現の変容機構の理解と制御」26120007, 26120008 (研究班代表者:出江 紳一)

日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(B)「弾性力を利用した剛性調整型足関節装具と股関節装具による片麻痺患者の歩行再建」15K16390 (研究代表者:関口雄介)

論文情報

タイトル: Ankle–foot orthosis with dorsiflexion resistance using spring-cam mechanism increases knee flexion in the swing phase during walking in stroke patients with hemiplegia
著者: Yusuke Sekiguchi, Dai Owaki, Keita Honda, Kenichiro Fukushi, Noriyoshi Hiroi, Takeo Nozaki, Shin-ichi Izumi
掲載誌: Gait & Posture, 2020年7月2日
DOI: 10.1016/j.gaitpost.2020.06.029

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Putting the Spring-cam Back Into Stroke Patients Steps

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東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
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