熱電変換によるクリーンなエネルギーハーベスティングの実現に期待
- 溶融合成したZn4Sb3熱電変換材料のクラック生成・消滅機構を解明 -
2021/04/09
発表のポイント
概要
低炭素社会の実現に向けて、熱エネルギーから発電できる熱電変換材料が注目されています。亜鉛アンチモン化合物(Zn4Sb3)は高い性能を示す熱電変換材料のひとつとして古くから研究されていますが、Zn4Sb3を溶融合成で作製するとクラックが生じるため、熱電変換性能を左右する電気伝導率が低くなることが長年の課題として残っていました。
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の吉岡 駿氏(博士前期課程学生)、林 慶准教授および宮﨑 讓教授らは、クラックが存在するZn4Sb3の溶融合成試料の微細組織観察を行い、第2相としてZnとZn3Sb2が存在し、クラックは Zn4Sb3とZnの界面で生じていることを明らかにしました。このことから、Zn4Sb3とZnの熱膨張率の違いがクラックの原因であることがわかりました。また、溶融後に加熱すると、Zn4Sb3の格子間サイトにZnがインターカレーション※3して、第2相が減少することを発見しました。さらに、適切な加熱時間においてクラックのないZn4Sb3を得ることに成功し、高い熱電変換性能を得ました。このクラック生成・消滅機構は、新しく提案した複合結晶構造※4モデルを用いて初めて明らかになったものです。
本研究成果は、Elsevierの発行する学術論文誌 Materials Today Energyに2021年3月23日に掲載されました。
背景
熱電変換材料は、熱エネルギーを利用したエネルギーハーベスティング材料として期待されています。熱電変換材料の片側を加熱して反対側を冷却すると、ゼーベック効果によって起電力が生じ、電流が流れます。このとき、ガスの排出や振動・騒音の発生がないため、クリーンで生活環境への影響がありません。熱電変換材料を使ったエネルギーハーベスティングを実現するには、熱電変換材料のゼーベック係数※5と電気伝導率を高く、熱伝導率を低くして、熱電変換性能を向上する必要があります。亜鉛アンチモン化合物(Zn4Sb3)は複雑な結晶構造をもつため熱伝導率が低く、高い熱電変換性能を示すことが知られています。課題は、溶融合成したZn4Sb3にクラックが存在することです。クラックは電気伝導を阻害するので、溶融合成したZn4Sb3をそのまま熱電変換材料として用いるのは困難であると考えられてきました。
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の吉岡 駿氏(博士前期課程学生)、林 慶准教授および宮﨑 讓教授らは、クラックの原因を明らかにするために、Zn4Sb3の結晶構造の研究を進めてきました。高温相のγ相と低温相のβ相の熱膨張率の違いがクラックの原因であると考えられていたからです。つまり、溶融後の冷却過程において、γ相からβ相への相変態にともないクラックが生じるという機構です。そこで、Zn4Sb3の結晶構造として、図1のような(3+1)次元の対称性をもつ複合結晶構造モデルを構築しました[1]。この結晶構造モデルを使うことで、β相に加えて、世界で初めてγ相の結晶構造を解明することに成功しました。さらに、β相とγ相の結晶構造に大きな違いが見られなかったことから、相変態過程はクラックと無関係であると結論しました。
この成果により、相変態過程がクラックの原因ではないことがわかりましたが、依然としてクラックの生成機構はわかっていません。そこで、クラックには微細組織が関係しているのではないかと考え、Zn4Sb3の結晶構造の調査に加えて、微細組織の観察を行ってきました。
研究内容
Zn4Sb3の溶融合成試料は、「(1)ZnとSbの粉末を4:3の比率で秤量・混合する」→「(2)混合粉末を真空封入して溶融する」→「(3)溶融後にβ相が安定に存在する温度まで冷却する」→「(4)水で急冷する」という手順で作製しました。作製した試料の走査型電子顕微鏡(SEM)像を図2に示します。灰色の領域はβ相のZn4Sb3であり、結晶構造解析の結果、組成式はZn3.7Sb3と表されることがわかりました。(以降では、Zn4Sb3をZnxSb3と書くことにします。) 黒い線がクラックで、大きいものでは幅が数10μmで長さが数mmにも達します。また、第2相としてZnとZn3Sb2が存在しており、クラックはZnxSb3とZnの界面で見られることがわかりました。したがって、ZnxSb3とZnの熱膨張率の違いでクラックが生じたと結論しました。ZnとZn3Sb2が第2相として晶出したのは、秤量時のZn量がZnxSb3のそれより多かったためです。
上で示したZnxSb3のZn量xは3.7でしたが、文献によっては3.8に近い値も報告されています。そこで、ZnxSb3のZn量を増やすことができれば、第2相のZnがなくなり、クラックもなくなるのではないかと考えました。ZnxSb3のZnは温度が高いほど動きやすいと報告されていたことから、作製方法の(3)を「(3’)溶融後にβ相が安定に存在する温度まで冷却して、一定時間その温度で加熱する」ようにしました。図3に加熱時間の異なる試料のSEM像を示します。加熱時間の増加とともに第2相のZnとZn3Sb2が減少し、100時間経過時にクラックのない試料を得ることができました。加熱時間を100時間より長くすると、第2相として再びZnが現れてボイド※6やクラックが生じたことから、加熱時間は100時間が最適であることがわかりました。
図4にZnxSb3のZn量xの加熱時間依存性を示します。加熱時間の増加とともにxは増加して、100時間でx~3.9となりました。さらに加熱時間を長くするとxは減少しました。このxの変化は、Zniサイトの占有率が増減したことによります(図4)。これらの結果から、加熱時間が100時間までは、第2相のZnとZn3Sb2からZnxSb3のZniサイトにインターカレーションする一方で、100時間以降はZniサイトからZnがデインターカレーション※3して、第2相のZnが再び現れたと考えられます。これは、インターカレーションとデインターカレーションの速度が異なることを意味しています。このため、加熱時間を最適化することでクラックのないZnxSb3を作製できたと結論しました。
作製した試料の熱電変換性能を、出力因子PF※7を用いて評価しました。PFは加熱時間が100時間の試料で最大となり、PF = 1.1×10-3 W/K2m (500 K)となりました。これは、クラックがなくなって電気伝導率が高くなったことに加え、Zniサイトの占有率が最適化されてゼーベック係数も高くなったためです(Zniサイトの占有率とPFの関係は[1]を参照)。 図5に、500KにおけるZnxSb3のPFの比較を示します。これまでに報告されているZnxSb3多結晶と比べて高いレベルにあることから、溶融合成したZnxSb3は熱電変換材料として有望であるといえます。
今後の展望
これまで、ZnxSb3の熱電変換材料としての研究は、溶融合成した試料を粉砕して高密度化した多結晶を使って行われることがほとんどでした。本研究で作製したZnxSb3の溶融合成試料は、数百μm以上の大きな結晶粒が集まってできていることがわかっています。今後は、クラックのないZnxSb3溶融合成試料の作製方法の知見をもとにしてZnxSb3の単結晶を作製し、さらに電気伝導率を向上することを考えています。ZnxSb3はもともと熱伝導率が低いことから、ZnxSb3単結晶でZnxSb3多結晶と同等の低い熱伝導率を得ることができれば、ZnxSb3単結晶を用いたエネルギーハーベスティングが現実のものになると期待されます。
本研究の一部は、東北大学-住友金属鉱山株式会社ビジョン共創型パートナーシップ(配分機関:住友金属鉱山株式会社)の支援のもとで行われました。
用語説明
※1 クラック
物質の表面や内部に見られるひび割れ。
※2 エネルギーハーベスティング
身の周りのエネルギーから電力を得る発電技術の総称。
※3 インターカレーションとデインターカレーション
結晶構造の空隙に他の原子が出入(はい)りする反応で、入っていくことをインターカレーションといい、出ていくことをデインターカレーションという。
※4 複合結晶構造
複数の部分構造から成る結晶構造。
※5 ゼーベック係数
温度差1˚ C あたりの起電力を指す。
※6 ボイド
物質の表面や内部に見られる空洞。
※7 出力因子PF
PF = (ゼーベック係数)2×電気伝導率 で求められる。PFが高いほど、熱電変換材料から得られる電力が高くなる。
論文情報
タイトル和訳:β-Zn4Sb3の結晶構造、微細構造、および電気輸送特性 -Znインターカレーションとデインターカレーションの効果-
著者: S. Yoshioka, K. Hayashi, A. Yokoyama, W. Saito, Y. Miyazaki
掲載誌: aterials Today Energy, (first online).
URL: 10.1016/j.mtener.2021.100723