半導体原子シートの新たな核形成過程を直接観測

- 次世代フレキシブル透明デバイスの実用化に貢献 -

2021/11/16

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科電子工学専攻・准教授・加藤 俊顕
研究室ウェブサイト

発表のポイント

  • 透明でフレキシブルな半導体原子シートである遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)注1)の、結晶成長初期の核形成過程を詳細に直接観測する手法を開発。
  • TMD原子シートの新たな核形成機構(非古典的な二段階核形成)を世界で初めて発見。

概要

原子オーダーの厚みをもつ遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は、炭素原子シートとして有名なグラフェンと類似の原子シート構造だけでなく、グラフェンにはない半導体特性、さらには原子層特有の柔軟性と透明性を示すことから、次世代フレキシブル透明半導体材料として大きな注目を集めています。しかし、TMDを高品質で合成する技術は未だ開発段階にあり、特に品質を決める成長初期段階の情報が必要とされていました。東北大学大学院工学研究科電子工学専攻の加藤俊顕准教授、金子俊郎教授らのグループは、東京大学大学院工学系研究科の澁田靖准教授らのグループと共同で、成長初期における核形成過程を解析する新手法を開発し、TMDの一種であるWS2の結晶成長が中間クラスターを経由する新たな核形成モデルによることを世界で初めて明らかにしました。この新たな核形成モデルを活用することで、今後精密な構造制御が可能となり、高品質で巨大な原子シートの合成、及び次世代超高性能フレキシブル透明デバイスへの活用が期待されます。

本研究成果は、2021年11月15日19時(日本時間)にネイチャーパブリッシンググループの英国科学雑誌Scientific Reports(電子版)に掲載されました。


本研究で開発したその場観測CVDと自動画像解析によるTMD結晶成長評価概略図。その場観測CVDで観測した(a)オリジナル画像と(b)自動画像解析により結晶輪郭をハイライトした画像の成長時間発展の様子。

詳細な説明

1.背景

原子オーダーの厚みから構成される2次元原子シート材料が近年世界中で注目を集めています。2010年にノーベル物理学賞の対象となった炭素からできた原子シートであるグラフェンは、最も有名な原子シートとして知られています。このグラフェンと類似の構造を持ち、炭素以外の原子で構成された原子シートが、近年続々と発見されています。特に、モリブデン(Mo)やタングステン(W)等の遷移金属と硫黄(S)等のカルコゲン原子から構成される遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)と呼ばれる原子シートに関しては、グラフェンにはない半導体特性を示すことから、半導体エレクトロニクス分野で非常に大きな注目と期待を集めています。この半導体原子シートであるTMDを実用デバイスに活用するためには、高品質なTMD合成技術の確立が必須です。しかしながら、TMDに関する合成技術には、未だに多くの問題が残されているのが現状です。この課題解決に向け、まずはTMD原子シートの成長機構を詳細に解明することが最優先課題の一つです。特に結晶成長の最初に形成される“結晶核”を制御することは、結晶構造全体を制御するためには極めて重要な課題ですが、TMDの結晶核形成過程を定量的に計測する手法は確立されていないため、核形成機構に関しては全く解明されていませんでした。

2.研究成果概要及び本成果の意義

本研究チームは、ごく近年世界で初めて開発したその場観測CVD法注2)を用いて、TMDの一種であるWS2(図1)成長過程初期の基板上の様子を光学的に撮影し、さらにこれにより得られた結晶成長画像を自動解析する機構を新たに開発することで、肉眼では判別が困難な初期の結晶核形成過程を詳細かつ定量的に計測することに成功しました。

その結果、まず気相から供給された成長前駆体注3)が微小液体(液滴)状態に変化し基板上を動き回り、次に複数の液滴が融合したクラスター(前駆体の中間状態)を形成した後、クラスター内部で液体―固体相転移が発生することで単層WS2が成長する様子を直接観測することに成功しました(図2)。一般的な古典的核形成モデルにおいては、前駆体からの核形成が中間状態を経ず一段階で進行するのに対し、このような中間クラスターを経由する現象は、非古典的核形成モデルの二段階核形成として知られています。このような非古典的な核形成に関しては、近年、高分子や微粒子等の成長過程においてその存在が報告され、新たな核形成モデルとして大きな注目を集めています。TMDの核形成がこの非古典的核形成モデルによることを実証したのは本研究が世界で初めてとなります。

さらに、成長基板のみの温度を独立に制御可能な機構を取り入れることで、TMD核形成までにかかる時間(インキュベーション時間)が基板温度(≈液体前駆体温度)に依存して非線形な振る舞いをすることを明らかにし、この現象を液体前駆体の熱活性に伴う拡散能力と、液相と固相の温度差に由来する結晶成長駆動力のバランスで決定することを熱力学的に解明しました(図3)。さらに、通常、結晶成長は定量的な議論が難しいとされていますが、実験的に得られた光学画像をシミュレーションに取り入れるデータ同化注4)手法を活用し、計算機シミュレーションを行うことで、合成パラメータを定量的に議論が可能な定量的フェーズフィールドシミュレーション注5)で再現することに成功しました(図4)。定量的フェーズフィールドシミュレーションの中には、実験では計測困難な結晶成長に関連する様々な物理パラメータが多数含まれていることから、実験結果を再現できた今回の計算結果をフィードバックすることで、詳細な結晶成長物理パラメータの制御が可能となることが期待できます。

3.今後の展望

本研究では原子オーダーの厚みを持つ次世代半導体材料であるTMD原子シートの新たな核形成機構の解明に成功しました。今回明らかにした非古典的核形成機構を活用することで、今後、巨大単結晶TMDの合成や、二層TMDにおける積層方位制御など、TMD結晶の高品質化の観点で極めて重要な貢献が期待できます。原子オーダー厚みの半導体であるTMDはその薄さと柔軟さに加え高い透明性を持つことからフレキシブルかつ透明な電子デバイス(トランジスタ、発光素子、センサー、太陽電池など)への応用が期待されています。本研究成果により、TMD結晶の高品質化が可能となることで、これら次世代超高性能フレキシブル透明デバイスの実現に大きな貢献が期待できます。

参考図


図1:本手法で合成した単層単結晶WS2の(a,b)光学画像、(c)蛍光強度マッピング画像、(d)透過型電子顕微鏡(TEM)画像、(e,f)走査型透過型電子顕微鏡(STEM)画像、及び(g)電子線回折像。

図2:その場観測CVDで観測した(a)オリジナル画像と(b)自動画像解析により結晶輪郭をハイライトした画像の成長時間発展の様子。(c)自動画像解析により抽出した単層WS2結晶面積の時間発展プロファイル。(d)画像解析結果に基づく、単層WS2の初期核発生機構概略図((i)液体前駆体が基板上を拡散、(ii)液体前駆体がクラスターを形成、(iii)前駆体クラスター内部から単層WS2の核が発生、(iv)前駆体クラスター内部でWS2成長が継続、(v)前駆体クラスターが全て消費され単層WS2が成長)。

図3: (a,b)TMD結晶成長界面における(a)液体前駆体との関係と(b)熱力学パラメータ(F: 結晶成長駆動力、μL(S): 液相(固相)の化学ポテンシャル)、Δμ: 液相と固相の化学ポテンシャル差、ΔT: 固体結晶の融点と液相前駆体との温度差)との相関図。(c)異なる基板温度条件で成長した単層WS2面積の時間変化。(d)結晶成長初期における単層WS2面積の時間変化, 及び(e)基板温度(Tsub)と結晶核発生時間(t1)との関係。

図4: (a)実験データ、データ同化、及び定量的フェーズフィールド(Q-PFS)の関係図。(b)その場観測CVDにより得られた単層WS2の結晶成長の様子(上段)とその場観測とQ-PFSとのデータ同化により再現した結晶成長の様子(下段)

論文情報

タイトル: Non-classical nucleation in vapor-liquid-solid growth of monolayer WS2 revealed by in-situ monitoring chemical vapor deposition (その場観測CVDにより明らかになったVLS成長単層WS2の非古典的核形成)
著者: Xiaoming Qiang, Yuta Iwamoto, Aoi Watanabe, Tomoya Kameyama, Xing He, Toshiro Kaneko, Yasushi Shibuta, and Toshiaki Kato
掲載誌: Scientific Reports, 2021.
DOI: 10.1038/s41598 -021-01666-9
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-021-01666-9

付記

本研究の一部は、科学研究費補助金 基盤研究(A)『先進プラズマ活用1次元ナノカーボン材料の完全原子配列制御合成と革新的応用開拓』(代表者:加藤俊顕)、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究『原子層量子デバイスの開発』(代表者:加藤俊顕)の支援を得て行われました。

用語解説

注1) 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)

グラフェンと類似の原子層物質。遷移金属がカルコゲン原子に挟まれた構造をもつ。グラフェンは金属的伝導特性を示すが、TMDはバンドギャップを持つ半導体特性を示ことから半導体デバイス分野への応用が期待されている。

注2) その場観測CVD法

合成時の様子をリアルタイムでモニターできる結晶成長手法。
C. Li, T. Kameyama, T. Takahashi, T. Kaneko & T. Kato, Nucleation dynamics of single crystal WS2 from droplet precursors uncovered by in-situ monitoring, Sci. Rep. 9, 12958 (2019)

注3) 成長前駆体

結晶成長の原料。結晶に取り込まれて、最終的にその一部あるいは全体が結晶を構成する要素となる。

注4) データ同化

シミュレーションに実測データを取り入れることでシミュレーションの精度向上やパラメータ推定を実現するデータ駆動型の研究手法。気象予報・予測分野などで実用化されているが、近年、材料科学分野への幅広い応用が期待されている。

注5) 定量的フェーズフィールドシミュレーション

フェーズフィールド変数と呼ばれる秩序変数の時間変化を計算することで自由界面の移動を計算するメソスケール・シミュレーション手法。

お問合せ先

< 研究に関して >
東北大学大学院工学研究科 准教授 加藤 俊顕(カトウ トシアキ)
TEL:022-795-7046
E-mail:kato12@tohoku.ac.jp
< 報道に関して >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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