リチウムやナトリウム金属の針状析出発生抑制に成功

- アルカリ金属負極蓄電池の実現へ向けた大きな一歩 -

2022/05/23

発表のポイント

  • アルカリ土類金属(注1)塩などの多価イオンを電解液に添加することにより、リチウム金属やナトリウム金属は、比較的平坦な析出形態になることを発見しました。
  • 多価イオンの導入により、一価のリチウムイオンやナトリウムイオンはアニオン(陰イオン)とより強く結合する傾向があることを示しました。
  • リチウムやナトリウムを用いたアルカリ金属(注2)負極電池の性能と安全性を向上させる新しい電解液設計の重要な指針を与えるものです。

概要

蓄電池の負極電極材料候補の中で、「金属負極」はもっとも高い電荷容量密度を有しており、エネルギー密度向上の観点からその実用化が期待されてきました。しかし、金属単体の析出・溶解反応の制御は難しく、安定な充放電特性を維持することが困難です。特に、リチウムやナトリウムなどのアルカリ金属元素は、電極付近の濃度・電場分布の変動により、トゲの様な樹枝状結晶(デンドライト)が形成され、電極から剥がれやすく、電池内部で短絡を引き起こし、サイクル寿命を低下させてしまいます。この問題は、リチウムイオン電池の誕生以来、根本的に解決するべき喫緊の課題として残り続けています。

東北大学金属材料研究所の李弘毅 特任助教、村山将来 大学院生(当時、大学院工学研究科)および市坪哲 教授は、カルシウムなどのアルカリ土類金属塩をリチウムイオンやナトリウムイオンを含有する電解液に添加することにより、一価カチオン(陽イオン)の溶媒和構造が改変され、リチウムやナトリウム金属析出の活性化過程が制御されて、平坦な析出形態を維持できることを発見しました。これは、金属負極電池に向けた新たな電解液設計指針を与えるものです。多くの超えるべき課題を解決する端緒となり、実用化への大きな一歩になることが期待されます。

本成果は2022年5月20日11時(米国東部標準時)に、Cell Pressが刊行するCell Reports Physical Science誌に公開されました。

研究背景

カーボンニュートラルの実現に向け、再生可能エネルギーの主力電源化と自動車の電動化が推進されています。そのため、電気エネルギーを貯蔵する蓄電池は必要不可欠であり、エネルギー密度・サイクル寿命の向上と、製造コストの削減が求められています。

炭素系負極(グラファイト)と遷移金属酸化物正極を使用したリチウムイオン電池はすでに蓄電容量が理論上の限界を迎えており、さらに電池性能を向上させるには新たな設計指針が必要です。特に負極に関して、グラファイトのようなリチウムイオンを収納するフレーム構造になる材料を使用せず、リチウム原子のみで構成する金属負極を実用できれば、負極の理論容量を10倍(3862 mAh g-1)に向上することは可能です。

しかし、リチウム金属は析出する際に、電極表面付近の濃度・電場分布の変動を受けやすく、樹枝状結晶(デンドライト)を形成しやすいという問題があります。樹枝状結晶は強度が弱く、成長中の衝突などにより電極表面から剥がれてしまいます。剥離した微細な結晶は電極間を貫通して、電池の内部短絡を引き起こすリスクがあるほか、電池容量を著しく低下させてしまいます。

この問題点は、リチウムだけでなく、同じアルカリ金属元素で、製造コストや元素戦略の観点から近年注目されているナトリウム金属電池にも共有しているものです。デンドライト成長の抑制に向けて、従来の解決策は主に充放電条件、電解液の濃度の調整に着眼されており、析出過程(電極表面への拡散、脱溶媒、結晶化)の反応速度(キネティックス)を積極的に制御する技術はほとんどありませんでした。

成果の内容

本研究グループは、異なる特性をもつ元素の混合がもたらす相乗効果の活用に着目し、1価カチオンと多価カチオンを併用したデュアルカチオン電池系(注3)を提案してきました。今回の研究では、リチウム塩やナトリウム塩を含む電解液に、アルカリ土類金属(マグネシウムやカルシウム、バリウム)塩を添加して電析実験を行い、リチウムやナトリウム金属の析出形態が顕著に平坦になることを発見しました。特に、カルシウムやバリウムは電解液から還元されにくく、析出物は主にリチウムやナトリウム金属で構成されており、金属負極電池に応用できることがわりました。さらに、金属負極の析出・溶解の反応機構を電気化学測定で調査した結果、アルカリ土類金属塩を添加した電解液では、リチウムやナトリウムの析出過程の反応速度が低下し、律速過程の活性化エネルギーが増加していることが示唆されました。

反応速度が変化した原因を解明するため、電解液の構造を実験的測定と計算機シミュレーションを併用して調査しました。その結果、2価のアルカリ土類金属カチオンの間の強いクーロン相互作用(斥力)(注4)を弱めるように、1価カチオンのリチウムイオンやナトリウムイオンがアニオンと強く結合し、電気的中性に近い状態で2価カチオンの間を介在し、溶液全体のエネルギーを安定させることを解明しました。

溶媒和結合(注5)が強化された結果、リチウムイオンやナトリウムイオンは脱溶媒和の活性化エネルギーが増加し、電極表面において反応律速状態が維持されることによって、安定な濃度・電場分布下で平坦な析出形態を実現することが可能となりました(図1)。


図1:多価カチオン添加による電解液構造の改変とアルカリ金属の析出形態へ与える影響

意義・課題・展望

本研究は、多価カチオン塩を添加剤としてリチウムやナトリウム金属負極の反応速度と析出形態を制御できることを初めて実証し、金属負極電池の実用化に向けて重要な一歩を踏み出しました。今後は添加元素やアニオンと溶媒の配合を最適化し、金属負極電池のサイクル寿命と出力特性の向上に取り組んでいきます。

論文情報

タイトル: Dendrite-free alkali-metal electrodeposition from contact-ion-pair state induced by mixing alkaline earth cation
著者: Hongyi Li, Masaki Murayama, Tetsu Ichitsubo
掲載誌: Cell Reports Physical Science
DOI: DOI:10.1016/j.xcrp.2022.100907
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666386422001850?via%3Dihub

用語説明

(注1)アルカリ土類金属

周期表第2族のうちカルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムの4元素の総称。これにベリリウム、マグネシウムを加えた6元素を指すこともある。電子2個を失って二価カチオンになり、化合物を作りやすい。

(注2)アルカリ金属

周期表第1族元素のうち水素を除くリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムの6元素の総称。電子1個を失って一価カチオンになり、化合物を作りやすい。

(注3)デュアルカチオン電池系

電解液に2種類の金属カチオンが含まれている電解液を使用した蓄電池のこと。2種類のカチオンが同時に電極上の酸化還元反応に参加するものと、1種類のみが電極反応に参加するものに区別できます。本研究では、1価のリチウムイオンやナトリウムイオンのみが電極反応に参加し、多価カチオンは添加剤として電解液中に存在します。

(注4)クーロン相互作用

電荷をもっている粒子は互いに力を与える相互作用のこと。同じ符号(プラスやマイナス)の電荷の粒子間に反発力が働き、プラスとマイナスの電荷の粒子間は引力が働きます。

(注5)溶媒和結合

塩を溶媒に溶かすと、カチオンとアニオンが分離し、溶媒分子に囲まれて結合を作ること。一般に、カチオンとアニオンが完全に分離したものより、ある程度イオンがつながっている状態では溶媒和結合が強くなります。

共同研究機関および助成

本研究で実施した計算機シミュレーションは、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータMASAMUNE-IMRを利用しました。また本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)18H05249、研究活動スタート支援20K22461、および東北大学金属材料研究所先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)の若手研究助成からの支援を受けて実施されました。

お問合せ先

< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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