安全・安心な社会のための超音波検査のき裂測定精度向上に新指針

- 複雑な3D超音波散乱現象を解明するレーザスキャン技術の開発に成功 -

2022/05/26

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科材料システム工学専攻 准教授 小原 良和
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • レーザスキャン3次元映像化技術を応用することで、き裂で超音波(注1)が3次元的にどのように散乱するかを捉える計測技術を開発
  • これまで熟練者の経験に頼っていた超音波検査条件の選定を科学的根拠に基づいて最適化し、き裂端部からの散乱波(注2)を効率よく計測できる新たな検査装置開発も可能に
  • 航空機、自動車、発電プラント、橋、トンネル、高速道路など多くの分野で、超音波検査のき裂測定精度を高め、安全・安心で持続可能な社会の実現に貢献

概要

構造物や工業製品を壊さずに欠陥計測を行う非破壊評価技術の確立は重要な課題となっています。 東北大学大学院工学研究科の小原良和准教授らの研究グループは以前より、米国ロスアラモス国立研究所との国際共同研究により、超音波フェーズドアレイ(注3)を用いた3次元超音波映像法PLUSの開発を進めています。この度、計測精度向上の鍵となる散乱波を3次元的に捉える観察法の開発に成功しました。本技術の活用により、これまで熟練者の経験に頼っていた検査を科学的根拠に基づいて最適化し、材料欠陥の新たな超音波検査装置の開発も可能になります。これにより、航空機、自動車、発電プラント、橋、トンネル、高速道路など多くの分野において、超音波検査のき裂測定精度を高め、安全・安心で持続可能な社会への貢献が期待できます。

本研究の内容は5月25日に、英科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

* 3次元超音波映像法PLUS(Piezoelectric and Laser Ultrasonic System):
2020年9月23日プレスリリース『材料内部の欠陥を3次元で可視化できる高分解能超音波映像法を開発』
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/09/press20200923-02-zairyo.html

図1:航空機・発電プラントで問題となっている疲労き裂で、超音波が3次元的にどのように散乱するかを直接観察することに成功。実構造物での欠陥に適用することで、き裂端部からの散乱波を効率良く計測できる最適検査条件の選定や新たな検査装置開発につながり、超音波検査の測定精度向上が可能に。

研究の背景と課題

構造物や工業製品に欠陥が発生すると、甚大な事故につながる可能性があるため、壊さずに欠陥計測を行う非破壊評価技術の確立が重要な課題となっています。外からは見ることができない内部欠陥の計測法としては、人体に無害で感度も高い超音波が幅広く用いられています。最新の超音波計測法として、医療分野で開発された超音波フェーズドアレイの工業分野への導入が始まり、内部の欠陥を映像化する技術も普及してきました。超音波検査では欠陥端部からの散乱波を計測できるかどうかが、欠陥の大きさの測定精度に直結します。そのため、欠陥の微視構造によって複雑に変化する超音波散乱現象を解明することは検査精度の向上には不可欠ですが、これまで3次元的な散乱現象を調べる方法はありませんでした。

研究のポイント

本研究では、圧電探触子送信(注4)レーザドップラー振動計(注5)の2次元スキャンを組み合わせた3次元超音波映像法PLUS(Piezoelectric and Laser Ultrasonic System)をベースとして、3次元超音波散乱現象の観察法を開発しました。PLUSでは、受信レーザのスキャン点数を任意に増やすことができるため、2次元圧電マトリクスアレイ探触子(注6)の限界(256素子程度:図2左)を1桁以上、上回る数千素子の2次元マトリクスアレイが実現可能です(図2右)。また、レーザドップラー振動計は幅広い周波数の超音波を受信できるため、圧電送信探触子を変えるだけで、減衰特性の異なる様々な材料に適用できます。一方、レーザドップラー振動計は受信感度が低いという欠点もありますが、単一素子の圧電探触子送信により強力な超音波を入射することができるため、この問題も解決できます。本研究では、PLUSにより、欠陥(疲労き裂)を微視的な散乱源に分解した後、各散乱源から受信点までの伝搬時間情報を活用した信号処理アルゴリズムを構築することで、き裂で発生する散乱波が3次元的にどのように散乱しているかを捉えることに成功しました(図3)。これにより、測定精度に直結するき裂端部からの散乱波は、遠方にのみ強く発生することが明らかとなり(図3右)、この知見に基づく検査条件の最適化や新たな検査装置の開発が可能となります。


図2:従来の2次元圧電マトリクスアレイ探触子を用いたフェーズドアレイ(左)とレーザ振動計走査による超多素子2次元マトリクスアレイ(注7)を用いた3次元超音波映像法PLUS(右)

図3:疲労き裂の中腹部(左)と先端(右)に対する3次元超音波散乱場現象の直接観察

今後の展望

今回開発した計測法の活用により、実機で発生する欠陥の散乱現象を解明できることから、これまで熟練者の経験に頼っていた検査条件の選定を科学的根拠に基づいて最適化し、散乱波を効率よく計測できる新たな超音波検査装置の開発も可能になります。これにより、航空機、自動車、発電プラント、橋、トンネル、高速道路など多くの分野において、超音波検査のき裂測定精度を高め、安全・安心で持続可能な社会の実現への貢献が期待できます。

論文情報

タイトル:Exploring 3D Elastic-Wave Scattering at Interfaces Using High-Resolution Phased-Array System
著者: Yoshuikazu Ohara, Marcel C. Remillieux, Timothy James Ulrich, Serina Ozawa, Kosuke Tsunoda, Toshihiro Tsuji, Tsuyoshi Mihara
掲載誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-022-12104-9
URL: https://doi.org/10.1038/s41598-022-12104-9

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR2023)および日本学術振興会 科学研究費補助金(19K21910、21H04592)の支援により行われました。

用語説明

(注1)超音波

人の耳では聞こえない高い周波数(20 kHz以上)の音。周波数が高い程、直進性に優れるが、減衰の影響も大きくなる。金属材料ではMHz領域(106 Hzオーダー)の周波数が利用される。

(注2)散乱波

超音波が欠陥の「面」から跳ね返ってくる反射波とは異なり、欠陥端部などの「点」を起点として、四方八方に飛び散る(=散乱する)波であり、どの方向にどのような強さで散乱するかは欠陥の微視構造によって複雑に変化する。この散乱波が計測できるかどうかで超音波検査の計測精度が決まるため、散乱現象の解明が不可欠だが、これまでは3次元的な散乱現象を直接観察する計測法がなかった。

(注3)超音波フェーズドアレイ

複数の素子を持つアレイセンサとその制御器により、電子スキャンで内部の映像化が可能。医療分野で開発され、近年では工業分野への普及も進みつつある。

(注4)圧電探触子送信

電圧をかけると、伸び縮みする圧電材料から構成される超音波センサ。圧電材料に高周波の電圧信号を加えることで、超音波を送信できる。

(注5)レーザドップラー振動計

レーザ光のドップラー効果(波の発生源が移動する、あるいは観測者が移動することで観測される周波数が変化する現象)を利用することで、レーザが照射された局所領域の振動情報を非接触で計測できる装置。

(注6)2次元圧電マトリクスアレイ探触子

正方形の圧電素子を2次元的に並べた複数素子を持つ超音波センサ。

(注7)レーザ振動計走査による超多素子2次元マトリクスアレイ

レーザ振動計を2次元的に走査(スキャン)することで構成される超音波受信センサ。スキャン点数を任意に増やすことができるため、現在普及している圧電アレイ探触子の限界よりも一桁以上多い数千素子の超多素子も実現可能。

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 材料システム工学専攻 准教授 小原 良和
TEL:022-795-7358
E-mail:ohara@material.tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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