生体深部温度を低侵襲かつ迅速に計測できる技術を開発

- パルス近赤外レーザー照射と残光性ジルコニアを用いたセンシングプローブ -

2022/06/21

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 藤原 巧
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 生体深部温度注1を低侵襲かつ短時間に計測可能な手法として、パルス近赤外光照射による発光現象に基づく新規温度センシング法を確立。
  • 生体温度プローブにジルコニアを用いることで、より高感度な温度計測が実現可能であることを発見。
  • 本研究を発展させることで、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上や生命活動の理解促進に期待。

概要

生体の温度計測は臨床医学にとって必須であり、深部体温の迅速かつ正確な計測手法の開発は医学・医療分野において切望されてきました。一方で、生体深部の温度モニターはカテーテル挿入により行われることから身体的負担が大きく、また計測箇所が限定されるのが実状でした。

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の藤原研究室は、独立行政法人国立病院機構仙台医療センター(以下、仙台医療センター)との共同研究により、低侵襲かつ高精度な生体深部温度センシングの要素技術の提案およびその実証に成功しました。これまでに本研究グループでは、生体深部温度を簡便かつ低侵襲で計測できる手法として、プローブに残光を発するジルコニア(ZrO2)を用いた生体温度センシングの新手法を提案しています(図1)。今回の研究では、プローブにパルス近赤外レーザーを照射することにより、温度計測時間の大幅な短縮と繰り返し計測が可能となりました。また、先行研究では未解明であったZrO2の温度センシングにおける性能評価を行い、既往の温度計測用の発光物質と比較して優れたプローブ性能を有することを明らかにしました。本研究をより発展させることで、生体深部の時間的・空間的温度計測が可能となり、高度先進医療のみならず、生命活動の理解にも資するものと期待されます。

本研究成果は、2022年5月26日に英国オンライン学術雑誌「Scientific Reports」ならびにセラミックス分野の学術雑誌「Ceramics International」に掲載されました。


図1:残光性ナノ粒子および発光現象(残光・輝尽発光)を用いた生体深部温度計測の概念図。

研究の背景

生体の温度は生理機能(生体リズム、免疫機能)を司ることや、臓器や細胞における活動の指標であることが知られています。また、高度先進医療においては精密な体温管理が要求されることから、生体温度の迅速かつ正確な計測法は、生命活動の理解や臨床医学にとって必須な技術です。

例えば体温調整法注2においては、肺動脈や食道へ計測用カテーテルを挿入することで生体深部の温度を計測しますが、計測部位が限られることや温度変化の時間的遅れ、さらには患者への身体的負担などが問題となります。一方、体温計やサーモグラフィーでは体表温度しか計測できません。生体深部の低侵襲および位置選択的な温度センシング技術の確立は生命科学や医学において切望されてきました。

本学大学院工学研究科応用物理学専攻の大橋昌立氏、佐藤碧丹氏(ともに当時、大学院博士前期課程)、藤原巧教授、仙台医療センターの尾上紀子医師(循環器内科医長)と篠崎毅医師(副院長)、本学工学部・工学研究科技術部の宮﨑孝道博士からなる研究グループは、非侵襲かつ高分解能、位置選択性を有する生体深部温度センシング法の開発を目指し、残光に基づく温度計測法の提案とその原理実証を進めてきました注3(図1)。

残光は、暗所でも発光が持続する残光体と呼ばれる物質で観察される現象です。残光体は、光照射により励起した電子がトラップサイトに捕獲されることで光エネルギーを一時的に貯蔵することができます。そしてトラップされた電子が熱的に徐々に解放されて、正孔と再結合することで持続した発光が得られます。これを残光と呼びます。研究グループは、残光体の温度が上昇すると、その残光強度の減少(減衰)が急になることに着目し、ナノサイズの残光体をプローブとして体内に導入し、外部から残光を検出することで生体内部の温度を計測する新しい温度センシング法を提案し、その計測原理の実証に成功しています。

しかしながら、報告された残光減衰の測定は一回きりであり、その測定時間は数百秒を要します。それゆえ、迅速かつ正確な温度計測を行う上で、時間短縮と繰り返し計測は達成すべき重要な課題でした。加えて、残光性を有するプローブとして高い生体親和性を有するジルコニア(ZrO2)を用いましたが、その温度センシングの性能については未知のままでした。

研究内容の詳細

残光体からは残光以外に輝尽発光という現象で光を取り出すことができます。トラップ電子は熱的に徐々に開放されてゆっくりと残光を発しますが、近赤外光(NIR)を照射すると光エネルギーを短時間で強制的に開放します。この現象を輝尽発光と呼びます。研究グループは、これまでの課題を克服するため、パルスNIRレーザー照射による残光性ZrO2プローブを用いた繰り返し計測を試みました。前回の報告では残光減衰は一回しか計測できませんでしたが、本研究ではパルスでNIR光を短時間照射することで輝尽発光を引き起こし、それによって残光強度を増強することで100回以上繰り返し計測可能であることを実証しました(図2)。


図2:残光性ジルコニア試料へのパルス近赤外光レーザーの繰り返し照射による発光挙動:(a)残光減衰の後にパルス照射による発光強度の増強が確認された。(b)パルス照射による発光強度の繰り返し特性。100回以上残光減衰が観察された。

また、以前報告した残光減衰による温度計測では、例えば環境温度40ºCにおいて発光強度の初期強度から1/10になる時間が約600秒でしたが、今回の研究により行ったパルスNIR照射では数秒程度であり、パルスNIR照射における計測時間の大幅な短縮、そして繰り返しによる精度向上の可能性を見出しました。得られた残光寿命の逆数が環境温度に関してアレニウス型挙動を示すことを確認し、パルスNIR照射による生体温度計測が可能であることも実証しました(図3)。波長およそ650~1000 nm(赤~近赤外領域)は「生体の窓」と呼ばれる生体組織において光透過性が良好な領域であり、本研究では生体の窓に適合する発光波長を持つNIRレーザーを用いていることから、人体の外部からパルス照射することで位置選択的かつ任意のタイミングでの温度計測が可能となります。さらに、残光はプローブの生体への導入段階からトラップ電子の解放が生じてしまいますが、輝尽発光における解放では生体温度の熱的エネルギーよりも大きい必要があるため生体温度付近では解放されず、結果としてNIR照射によって任意のタイミングで計測できる大きなメリットがあります。


図3:(a)各種環境温度においてジルコニア試料へのパルス近赤外光照射後に観察された減衰曲線(残光強度の時間依存性)。(b)見積もられた残光寿命の温度依存性。インセットの図より,残光寿命の逆数(1/)と環境温度の逆数(1/T)には良好な直線関係が得られ,これにより生体温度評価が可能である。

以前に行ったZrO2の光学評価の研究において、生体温度付近における優れた残光特性が報告されていますが、温度計測用プローブに用いた場合の性能については未解明のままでした。温度計測の感度が、残光および輝尽発光に関与するトラップの活性化エネルギーに比例することに着目し、本研究では熱ルミネッセンス法に基づいた活性化エネルギーを調査することでZrO2の温度計測感度を評価しました。その結果、既往の温度計測用の発光物質と比較して一桁程度大きく、このことからZrO2は優れたプローブ性能を有することが実証されました(表1)。

表1:残光性ジルコニア(ZrO2)の温度評価における感度と他の発光物質との比較。

研究の意義・今後の展望

コヒーレントなパルスNIRレーザーを光源として用いることで、低侵襲かつ高精度な生体温度の時空間的温度計測が期待されます。また、これまで人工関節や人工骨として重要なセラミックスZrO2の新しい医療用デバイス応用の可能性が本研究により示されました。今後はパルスNIRレーザーにより残光体に誘起される発光現象をより深く理解することで、本研究のさらなる発展、そしてQOL向上への寄与や生命活動の理解をより促進するものと期待されます。

論文情報

タイトル: Repetitive afterglow in zirconia by pulsed near-infrared irradiation toward biological temperature sensing  (生体温度センシングを指向したパルス近赤外光照射によるジルコニアの反復的残光)
著者: Masaharu Ohashi, Yoshihiro Takahashi, Nobuaki Terakado, Noriko Onoue, Tsuyoshi Shinozaki, Takumi Fujiwara
掲載誌: Scientific Reports 12, Article number: 8587 (2022)
DOI: 10.1038/s41598-022-12585-8
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-022-12585-8
タイトル: Potential of afterglow zirconia as a sensitive biological temperature probe  (高感度生体温度プローブとしての残光性ジルコニアのポテンシャル)
著者: Aoni Sato, Yoshihiro Takahashi, Nobuaki Terakado, Takamichi Miyazaki, Noriko Onoue, Tsuyoshi Shinozaki, Takumi Fujiwara
掲載誌: Ceramics International (in press)
DOI: 10.1016/j.ceramint.2022.05.238
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S027288422201817X

用語説明

(注1)生体深部温度

脳や臓器などの温度であり、外の環境の影響を受けにくい。深部体温は炎症反応などにより上昇し、低体温症などの発症では下降するため、医療分野における重要なバイタルサインの一つである。

(注2)体温調整法

心停止後、全身を32~34ºCまで冷却することで脳代謝を減少させ、脳の細胞死を抑制する方法。

(注3)関連プレスリリース

残光による生体深部温度の新規計測技術を確立 ~高度先進医療および脳機能の解明に貢献~(2020年2月13日 東北大学プレスリリース)
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/02/press20200213-03-zankou.html

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授 藤原 巧
TEL:022-795-7964
E-mail:takumi.fujiwara.b1@tohoku.ac.jp
准教授 高橋 儀宏
TEL:022-795-7965
E-mail:yoshihiro.takahashi.a6@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
ニュース

ニュース

ページの先頭へ