3D積層造形用ステンレス鋼材の高耐食化の新機構を発見

- モリブデン濃化組織を有する高耐食鋼を開発 -

2022/08/30

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 教授 武藤 泉
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • ステンレス鋼中にモリブデン(Mo)が濃縮した第二相を分散させることで、従来材よりも高い耐食性が得られることを発見。
  • 3D積層造形材に応用できる新しい高耐食化機構として期待。

概要

ステンレス鋼注1は高い耐食性を有していますが、海水などの塩化物水溶液中では腐食が発生する場合があり、それが課題でした。

東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の齋藤遥氏 (博士後期課程)と武藤泉教授らは、高耐食化元素として知られるMoを固溶※2させるのではなく、独立した第二相として濃化・分散させた新規の焼結ステンレス鋼を開発しました。従来材よりも約4倍の高い耐食性を有することを実証し、その高耐食化の機構を解明しました。今回開発した高耐食ステンレス鋼とその機構は、3D積層造形技術により製造する鋼の高耐食化に広く応用できるものと期待されます。

本成果は、2022年8月22日(現地時刻)に国際学術雑誌Materials Today Communications (Elsevier)のオンライン版で公開されました。


開発した高耐食ステンレス鋼

詳細な説明

1. 背景
ステンレス(SUS)鋼は、高耐食材料として、さまざまな分野で使用されている鉄(Fe)にクロム(Cr)やニッケル(Ni)を混合した合金です。しかし、海水などの塩化物濃度が高い水溶液中では、孔食※3と呼ばれる局部的な腐食が発生する場合があります。ステンレス鋼の耐孔食性を高める手法に、新たな合金元素の添加があります。特に、Moの合金化は効果が高く、SUS304鋼(Fe-18%Cr-8%Ni)に、Moを合金化したSUS316鋼(Fe-17%Cr-12%Ni-2.5%Mo)は、高い耐久性や安全性が求められる化学・エネルギー関連設備、食品機器、半導体製造装置などの産業機器に使用されています。

しかし近年注目を集めている3D積層造形技術で作製したSUS316鋼材は、粉末を焼結する際に生じる気孔の存在により、鋳造・圧延材よりも耐孔食性が低いことが問題になっています。粉末に加えるMo濃度をSUS316鋼よりも高める方法も考えられましたが、大幅なコスト増加となり、経済性が著しく低下するという問題点がありました。このような背景から、3D積層造形技術での製造に適した安価で高い耐孔食性を示すステンレス鋼が求められていました。

2. 研究成果
東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の齋藤遥氏 (博士後期課程)、武藤泉教授、西本昌史助教、菅原優准教授は、Moを固溶体成分ではなく、「Mo濃化組織」として低炭素型のSUS304L鋼に分散させたステンレス鋼を開発しました。このような特異な金属組織を有するステンレス鋼は、溶解-鋳造-圧延という通常の製造プロセスでは得ることができません。そこで、本研究では、ステンレス鋼粉末とMo粉末を混合し、放電プラズマ焼結法※4という手法を用い、低温かつ短時間で焼結し、Moが分散したステンレス鋼を作製しました(図1)。


図1 Moが分散したステンレス鋼の作製方法

そして、このMoが分散したステンレス鋼に熱処理を施すと、Moとステンレス鋼中のCrとNiが反応し、BCC相(体心立方晶)とFCC相(面心立方晶)からなる「Mo濃化組織」が生成することを発見しました(図2a)。このMo濃化組織は、腐食環境において元のステンレス鋼に比べ溶解しにくく、発生した孔食が成長する際のバリアとして働き耐孔食性を向上させることも見出しました。Mo濃化組織の体積分率は熱処理温度の上昇に伴って増加し、それに応じて耐孔食性が約4倍まで向上することを確認しました(図2b)。


図2 (a)Mo濃化組織の形成機構、(b)NaCl水溶液中での耐孔食性に及ぼすMo濃化組織の体積分率

本研究で開発したMo濃化組織を有するステンレス鋼は、同じMo濃度で比較した場合、Moを固溶体として合金化した従来材よりも優れた耐孔食性を示します(図3)。Moを第二相として濃化分散させることで、固溶体化よりも高い耐孔食性をステンレス鋼に付与することができることを見出した点は画期的です。


図3 同一Mo量での耐孔食性の比較、溶液: 0.1mol/L NaCl (25℃)

3. 今後の展望
本研究により見出したMo濃化組織を有するステンレス鋼の高耐食化は、従来のMoを固溶体として合金化することとは異なる新しい高耐食化機構です。Moのみならず他の希少元素に応用できれば、省資源型高耐食ステンレス鋼の開発にもつながるものと期待されます。

付記

本研究は、科学研究費補助金『防食機能を備えたスマートアロイの創製:耐食元素の固溶から第二相化への発想の転換(JP21K18804)』と『希少耐食元素を濃化領域として活用した新規高耐食ステンレス鋼の創製(JP22J11168)』の助成を受けて行われました。

用語説明

(注1)ステンレス鋼

鉄(Fe)に約11%以上のクロム(Cr)を添加した鋼。耐食性などを向上させるため、ニッケル(Ni)やモリブデン(Mo)を添加することがある。代表的な鋼種はSUS304 (Fe-18%Cr-8Ni)とSUS316 (Fe-17%Cr-12Ni-2.5%Mo)であり、熱処理に伴う耐食性の低下を抑制するために炭素(C)量を低減した鋼種もあり、SUS304LおよびSUS316Lと表記する。

(注2)固溶

二種類以上の元素が、均一に溶け合っている状態。このような物質を固溶体と呼ぶ。

(注3)孔食

塩化物イオン(Cl-)などの侵食性化学種の作用により、金属表面に孔状の小さな侵食が生じる腐食現象。

(注4)放電プラズマ焼結法

機械的な加圧とパルス通電加熱により、粉末の焼結を行う方法。

論文情報

タイトル: Corrosion-resistant sintered stainless steels with non-equilibrium Mo-rich phases
著者: Haruka Saito, Izumi Muto, Masashi Nishimoto, and Yu Sugawara
掲載誌: Materials Today Communications, Volume 33, December 2022, 104211
DOI: 10.1016/j.mtcomm.2022.104211
URL: https://doi.org/10.1016/j.mtcomm.2022.104211

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 知能デバイス材料学専攻 教授 武藤 泉
TEL:022-795-7298
E-mail:mutoi@material.tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-7965
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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