貴金属不要な低コスト・高効率水素発生用の触媒候補材を開発

- 脆く溶けにくく加工性の悪い金属間化合物の3次元ナノ構造化を実現 -

2022/09/14

発表のポイント

  • 金属間化合物(Mo6Co7相)が有する規則格子構造の高耐熱性を利用して約30 nmの超微細共連続ナノポーラス形態を実現しました。
  • 金属間化合物に特有の幾何学効果と電子効果、さらには、共連続ナノポーラス化に伴う活性サイトの増加と物質輸送性の拡大によって、白金(Pt)系に比肩する水素発生反応触媒能を発揮します。
  • Pt系を凌駕する低コスト・高効率の貴金属フリー水素発生反応触媒の開発が期待されます。

概要

化石資源の燃焼によって排出される二酸化炭素(CO2)を減らすクリーンなエネルギー源として水素が注目されています。しかし水素の多くは原油から取り出していることが現状です。そのため水の電気分解による水素製造は、断続的な再生可能エネルギーを貯蔵して有効利用する上で有望な要素技術として注目されています。

この技術には、アルカリ性媒体中において高効率に水素発生反応(Hydrogen Evolution Reaction: HER)を実現する触媒が必要不可欠です。現在、代表的な貴金属の白金(Pt)とその合金が最も活性の高いHER触媒として知られています。しかしPtは希少で価格が高いため、大規模な実用展開は困難な状況です。そこで、貴金属を用いずに、地球上に豊富に存在する鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、銅(Cu)等の遷移金属を主体とした、低コストで効率的なHER触媒の開発が渇望されています。

東北大学大学院工学研究科博士後期課程3年生の宋瑞瑞(日本学術振興会特別研究員)、学際科学フロンティア研究所の韓久慧助教(研究当時)および金属材料研究所の加藤秀実教授(非平衡物質工学研究部門、先端エネルギー材料理工共創研究センター兼任)らの研究グループは、金属液体中で生じる脱成分反応を利用した独自の「金属溶湯脱成分法(Liquid Metal Dealloying Method)」を用いて、従来法では困難であったMo-Co系金属間化合物の共連続ナノポーラス化に成功し、これが白金系触媒に比肩する優れた水素発生反応触媒能を呈することを明らかにしました。金属間化合物の更なる元素・組成の最適化、および、ポーラス形態の最適化を通して、白金系を凌駕する低コスト・高効率のHER触媒の開発が期待されます。

本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」 に英国時間2022年9月2日に掲載されました。

研究背景

水の電気分解による水素製造は、断続的な再生可能エネルギーを貯蔵して有効利用する上で有望な要素技術として注目されています。この技術には、アルカリ性媒体中において高効率に水素発生反応(Hydrogen Evolution Reaction: HER)を実現する触媒が必要不可欠です。現在、白金系が最も効率の高いHER触媒として知られていますが、白金は希少で価格が高いため、大規模な実用展開は困難な状況です。

そこで、貴金属を用いずに、地球上に豊富に存在するFe, Co, Ni, Ti, W, Mo, Cu 等の遷移金属を主体とした、低コストで高効率のHER触媒の開発が渇望されています。これらの金属は単体において中程度の触媒活性を示しますが、合金化に伴う幾何学効果(アンサンブル効果)注1電子効果(リガンド効果)注2を用いることにより、過電圧を低減して触媒効率を大幅に改善することが可能です。原子構造が規則正しく、化学量論が明確に定義された金属間化合物は、不規則固溶体と比較してユニークな結晶構造を有するため、活性サイトを均一に分布して強化する「幾何学的効果」を高めることが可能です。また、電子の局在化と方向性のある共有結合性の組み合わせによって「電子効果」を高めることも可能です。さらにその上、金属成分間の強いイオン/共有結合相互作用により、触媒作用時の電気化学的安定性を高めることも期待できます。

金属間化合物の高い触媒活性を有効に活用するためには、HER活性が高い金属間化合物を見出すこととは別に、反応物質の吸着、生成物質の脱離を容易にする大きな表面積が不可欠です。共連続オープンセル型ナノポーラス形態は、莫大な表面積、反応生成物の輸送を容易にする開いた細孔チャンネル、更に、高い電気伝導率を具備しています。したがって、HER活性が高い金属間化合物を選定した上で、その共連続オープンセル型ナノポーラス化を実現する研究が必要になりました。

これまで共連続オープンセル型ナノポーラス金属は、主に、酸・アルカリ水溶液中における合金からの脱成分反応と、これに伴う非可溶残存成分によるポーラス構造の自己組織形成を利用して作製されてきました。この方法(以降、従来法と呼ぶ)では、残存成分となっても腐食されない高い標準電極電位を有する貴金属類等においてのみ共連続オープンセル型ポーラス金属が作製されています。しかし、標準電極電位の低い卑な一連の遷移金属にこの従来法を適用した場合、残存成分が酸化されてしまう結果、所望のナノポーラス金属を得ることができません。

2010年に酸・アルカリ水溶液の代わりに、金属液体を用いる新しい脱成分技術「金属溶湯脱成分法(Liquid Metal Dealloying (LMD)」が東北大学金属材料研究所の加藤秀実教授(当時准教授)と和田武准教授(当時助教)らによって開発され、従来法では困難であった数々の卑金属の共連続オープンセル型ナノポーラス化に成功し、世界を驚かせました。この方法は、数百~1000℃近傍の高温金属液体内で生じる高速脱成分反応を利用するため、前駆合金塊から大量のナノ構造体が得られるトップダウン的製造法であり、量産性が高いことにも大きな特徴があります。

成果の内容

金属溶湯脱成分処理中において、高温の金属液体中で形成したナノポーラス金属のリガメントとそれらに挟まれた空間(後に金属液体を除去すれば気孔になる部分)は時々刻々と粗大化することが知られています。これらの粗大化を抑制し、莫大な比表面積を具備する超微細ナノポーラス(np)構造を得るためには、原子拡散の遅い高融点金属を用いることが有効です。本研究では、融点が2623℃に達するMo(モリブデン)を多く含み、かつ、高いHER触媒活性が報告されているMo-Co系金属間化合物に注目しました。

厚さ200μmのNi70(Co0.55Mo0.45)30板状単相固溶体(図1aにX線回折図形、図1dにSEM像)を前駆合金とし、これを700℃のMg液体に2分間浸漬し、前駆合金中のNi成分のみをMg液体中に選択溶出させるLMDを施して冷却後(図1bにX線回折図形、図1eにSEM像)、Mg 成分を硝酸水溶液に浸漬して除去した結果、平均リガメントサイズ30.8 nm の共連続オープンセル型ナノポーラス金属間化合物μ-Co7Mo6が得られました(図1cにX線回折図形、図1fにSEM像)。このポーラス体は、厚さが約170μm程度まで減少したものの前駆体合金の板状の外形を受け継いでいました。


図1 Ni70(Co0.55Mo0.45)30前駆合金を700℃のMg液体中に2分間浸漬する金属溶湯脱成分法によって共連続オープンセル型ナノポーラス金属間化合物Co7Mo6(np-Co7Mo6と表記)を作製する各工程における試料のX線回折図形とSEM像(前駆合金(a, d)、Mg成分除去前のCo7Mo6/Mgナノコンポジット(b, e)、および、np-Co7Mo6(c, f))。

共連続オープンセル型ナノポーラス金属間化合物Co7Mo6(試料形状:1 cm×0.5 cm×170μmで、np-Co7Mo6と表記)の水素発生反応触媒能を室温の水酸化カリウム水溶液(1M)中で評価しました。得られた電流密度-電位曲線を図2aに示します。これよりnp-Co7Mo6は、10 mA・cm-2の電流密度において約14 mVの低い過電圧、かつ、46 mV・dec-1の低いターフェル勾配を呈しました。これはPt/C系触媒(カーボンペーパー表面積1cm2当たり、24.4 mgのPtナノ粒子を担持したもの)にはやや劣るものの、150 mA・cm-2の大きな電流密度で一度に大量の水素発生を狙う条件下では、np-Co7Mo6において115 mVの過電圧である一方で、Pt/C系触媒では180 mVとなって大小が逆転することがわかりました(図2b)。これは、np-Co7Mo6の共連続オープンセル型ナノポーラス形態が活性サイト数を増大するとともに、反応物や生成物の物質輸送性を高めている結果と考えられます。

また、サイクリックボルタンメトリーによる5000回の加速劣化試験後においてもHER分極曲線のシフトは極わずかに留まって明瞭な変化は確認されず、ナノポーラスCo7Mo6形態にも変化は認めらなかったことから、本材料が優れたサイクル特性を示すことが分かりました(図2c)。さらに、150 mVの過電圧で約170 mA・cm-2の高電流密度を48時間流し続けるクロノアンペロメトリー試験でも電流減衰は認められず、長期耐久性も具備することが確認されました(図2d)。本研究で開発した共連続オープンセル型ナノポーラス金属間化合物Co7Mo6は、特に大電流条件下での水素発生触媒として、高効率で優れた耐久性を有し、Pt系HER触媒の低コスト代替材料として大変有望であることが分かりました。


図2 室温の水酸化カリウム水溶液(1M)中におけるシート状np-Co7Mo6 (外形状:1cm×0.5cm×170μm)の水素発生反応触媒評価結果(図2a: Pt/C系触媒(カーボンペーパー1cm2当たり、24.4 mgのPtナノ粒子を担持したもの)と比較して示した)、np-Co7Mo6シートとPt/C系触媒の過電圧の比較(図2b、小電流密度時10 mA・cm-2、大電流密度時150 mA・cm-2)、サイクリックボルタンメトリーによる5000回の劣化加速試験結果(図2c)、および、150 mA・cm-2の大きな電流密度を48時間流し続けるクロノアンペロメトリー試験による耐久性評価結果(図2d)。

意義・課題・展望

今後、更なる元素・組成およびポーラス形態の最適化を通して、Pt/C系触媒をコストおよび性能で凌駕する、共連続オープンセル型ナノポーラス金属間化合物触媒の開発が期待されます。

論文情報

タイトル: Ultrafine nanoporous intermetallic catalysts by high-temperature liquid metal dealloying for electrochemical hydrogen production
著者: Ruirui Song, Jiuhui Han, Masayuki Okugawa, Rodion Belosludov, Takeshi Wada, Jing Jiang, Daixiu Wei, Akira Kudo, Yuan Tian, Mingwei Chen & Hidemi Kato
掲載誌: Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-022-32768-1
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-022-32768-1

用語説明

(注1)幾何学効果(アンサンブル効果)

反応を触媒するための活性金属原子が複数で構成される集団をアンサンブルと呼び、合金化することによってアンサンブルの集合状態や配列が変化して吸着特性や反応特性が変化すること。

(注2)電子効果(リガンド効果)

2種類以上の金属から成る合金触媒で、一方の金属の周りに異種の金属が隣接することによって単独金属とは異なる電子状態が成立し、吸着特性や反応特性が変化すること。

共同研究機関および助成

本成果は、東北大学金属材料研究所先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)、および、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(21J12719, 20K05126, 19K15389)の支援を受けて実施されました。

お問合せ先

< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
ニュース

ニュース

ページの先頭へ