ミニ組織モデルへの経血管刺激を電気化学的に計測

- がんオルガノイドを用いた薬剤評価システムへ展開 -

2022/11/02

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科応用化学専攻 教授 珠玖 仁、准教授 伊野 浩介
研究室ウェブサイト

発表のポイント

  • 血管網と統合された組織モデルの代謝モニタリングシステムを開発
  • 非侵襲的な電気化学計測により、経血管的な薬剤投与に伴う酸素代謝の変化をリアルタイムに評価
  • 本システムをがんオルガノイドシステム(がんのミニ組織)へ応用し、薬剤効果の評価システムとしての有用性を検証

概要

人工多能性幹細胞(iPSC)や生体幹細胞から生体のミニ組織(オルガノイド)を作ることが可能となったことで、薬剤探索ツールとしての活用が期待されています。ミニ組織モデルの機能を維持しつつ生体内の機能に近づけるためには、ミニ組織の周囲に血管網を整備することが欠かせません。しかし、血管と統合したミニ組織モデルの機能評価の効率に課題を残していました。

東北大学、京都大学、九州大学の共同研究チームは、電気化学センサの一種である、走査型電気化学顕微鏡(SECM)を用い、血管と統合されたミニ組織モデルの酸素代謝活動を評価するシステムを開発しました。また、実際にがんのオルガノイド(がんのミニ組織)に実際に応用して酸素代謝の変化を元に薬剤効果の評価が可能であることを確認しました。今回開発したシステムは、血管を介して投与される薬剤の応答をリアルタイムで評価できます。今後、評価項目の拡充や評価結果の安定性の向上により、薬剤スクリーニングツールとしての応用が期待されます。

本研究成果は、バイオセンシング分野の国際的な学術誌である『Biosensors and Bioelectronics』に、2022年10月29日付で掲載されました。

研究の背景

種々の幹細胞の発見、培養技術が発達し、生体外でからだの中の臓器の一部を再現できるようになってきました。このように再現されたモデルはオルガノイドと呼ばれ、薬剤効果を検証するためのスクリーニングツールとしての活用が期待されています。この組織モデルの機能を維持し、さらにからだの中の機能に近づけるため、周囲に栄養供給を行う血管網を整備することが欠かせません。

研究グループはこれまでに、細胞凝集体(スフェロイド)を組織モデルと見立て、スフェロイドの周囲に血管網を再構築するマイクロ流体デバイスを開発してきました(参考文献1、2)。しかし、血管網と統合した組織モデルの機能評価は、組織切片などの数日以上の期間を要する評価手法に頼らざるを得ず、薬剤スクリーニングツールとして評価の効率に課題を残していました。

電気化学センサは、対象物質の酸化還元反応を電気化学的なシグナルに変換し、定量を行う計測システムであり、定量性や計測の容易さから、組織モデルの機能評価素子として期待されています。東北大学学際科学フロンティア研究所の梨本裕司助教(現:東京医科歯科大学生体材料工学研究所 准教授)、大学院工学研究科の珠玖仁教授、伊野浩介准教授、環境科学研究科の向本励さん(元大学院生)、今泉拓斗さん(元大学院生)、寺井崇人さん(元大学院生)らの研究グループは、京都大学大学院医学研究科の井上正宏特定教授、京都大学大学院工学研究科の横川隆司教授、九州大学大学院医学研究院の三浦岳教授らと共同で、非侵襲的に対象の酸素代謝活性を評価可能な走査型電気化学顕微鏡(SECM)をセンサとして選定し(参考文献3)、血管を統合した組織モデルの機能評価を行うシステムの開発を行いました。

本研究の内容

研究グループはまず、血管網とミニ組織モデルを統合するマイクロ流体デバイスを、電気化学センサが適用できるデザインへ改変しました。新しいデバイスでは、隔壁を挟んで、ミニ組織モデルの培養エリアと血管の培養エリアに分かれています(図1)。上側はオープンな構造となっており、SECMの探針である微小電極をミニ組織モデルの近くに設置できます。微小電極で酸素還元電流値をモニタリングしながら、ミニ組織モデル周囲を走査することで、ミニ組織モデルがどれくらい酸素を消費しているか(酸素代謝の量)を、非侵襲的、かつ定量的に評価できます。デバイスの下側は、血管網の培養エリアとなっており、隔壁の穴を介して微小血管とミニ組織モデルが接続され、血管網を介した栄養供給や薬剤刺激が可能です。

研究グループは、過去に血管網の統合に成功していた線維芽細胞のスフェロイドを用いて、新たなデバイスにおいても血管網とミニ組織モデルの統合が可能であること、また酸素代謝計測が可能であることを確認しました。次に、細胞の酸素代謝を刺激する試薬(カルボニルシアニド-p-トリフルオロメトキシフェニルヒドラゾン、FCCP)を経血管的に投与し、酸素代謝の変化をモニタリングしました(図2)。その結果、血管が無い場合に比べ、血管が統合された線維芽細胞のスフェロイドでは酸素代謝の増加が顕著であることが確認できました。これは、血管の存在により、投与された薬剤が優位に早く対象のミニ組織モデルに送達されること、またその酸素代謝の変化をリアルタイムにモニタリング可能であることを示しています。


図1 ミニ組織モデルの血管統合システム、酸素代謝計測システム。(左)マイクロ流体デバイスの写真、(右)電気化学センシング、経血管刺激の模式図。(クレジット:Yuji Nashimoto et al.)

図2 経血管的な薬剤刺激と酸素代謝のリアルタイムモニタリング。(左)血管網有り、(右)血管網無し。 (クレジット:Yuji Nashimoto et al.)

さらに研究グループは、今回開発したプラットフォームを京都大学で樹立されたがんオルガノイドに適用し、薬剤評価への応用を検討しました。まず、培養液の条件を最適化することで、がんオルガノイド周囲にも血管網の構築が可能であることを確認しました。その上で、過去に、このがんオルガノイドに効果が確認されていた治療薬(ボルテゾミブ)を経血管的にがんオルガノイドに投与し、24時間後の酸素代謝の変化を確認したところ、血管と統合されたがんオルガノイドは、血管が無い場合と比べて、酸素代謝の増加量が小さく、血管の存在が治療薬を効果的に送達し、がんの増殖を抑制していることが示唆されました。

今後の展望

本研究では、血管と統合されたミニ組織モデルの評価手法として、酸素代謝の電気化学的センシングという選択肢を拓きました。本結果は、がんオルガノイドを含むミニ組織モデルの評価において、経血管的な投与の効果の大きさを示すとともに、電気化学センサが薬剤効果を定量的に検出できることを示唆しています。

今後は、評価項目を拡充させたり、評価結果の安定性を向上させたりすることで、薬剤スクリーニングツールとしての応用が期待されます。本研究では探針型(挿入型)のセンサのデバイスへ展開しましたが、研究グループでは、培養エリア付近に組み込まれたタイプの電気化学センサの開発も行っており(参考文献4)、ミニ組織モデルの機能を、より効率的に評価できるようになることが期待されます。

本研究は、SDGsの目標のうち、「3. すべての人に健康と福祉を」、「9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」に関するものです。

研究プロジェクトについて

本研究は、主に日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号18H01999、18H01840、19K20658、21H01957、21H03803、21K18863)、旭硝子財団、東京応化科学技術振興財団、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST、JPMJCR14W4)、センター・オブ・イノベーション(COI、課題番号JPMJCE1303)、日本医療研究開発機構(AMED、課題番号JP22be1004205)、文部科学省世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」の支援を受けて行われたものです。

論文情報

タイトル: Electrochemical sensing of oxygen metabolism for a three-dimensional cultured model with biomimetic vascular flow
著者: 梨本裕司*、向本励、今泉拓斗、寺井崇人、宍戸昌太郎、伊野浩介、横川隆司、三浦岳、小沼邦重、井上正宏、珠玖仁* (*責任著者、†同程度の貢献)
掲載誌: Biosensors and Bioelectronics
DOI: 10.1016/j.bios.2022.114808

参考文献

(1) Y. Nashimoto, et al., Integr. Biol., 9, 506 (2017).
(2) Y. Nashimoto, et al., Biomaterials, 229, 119547 (2020).
(3) H. Shiku, et al., Anal. Chem., 73, 3751 (2001).
(4) K. Ino, et al., ACS Omega, 6, 35476 (2021).

お問合せ先

< 研究に関して >
東北大学工学研究科 応用化学専攻 教授 珠玖 仁(しく ひとし)
TEL:022-795-7209
E-mail:hitoshi.shiku.c3@tohoku.ac.jp
< 報道に関して >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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