磁気ノズルプラズマ推進機の作動にプラズマ不安定性が寄与

- 宇宙空間における大電力・無電極の推進機開発に新展開 -

2022/12/06

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科電気エネルギーシステム専攻 准教授 高橋 和貴
研究者ウェブページ

発表のポイント

  • 磁気ノズルプラズマ推進機注1の作動に必要なプラズマ流離脱注2プラズマ不安定性注3が効果的に作用することを解明
  • 宇宙空間における大電力・無電極の磁気ノズルプラズマ推進機の作動シナリオに道筋

概要

高周波プラズマ源と磁気ノズルによるプラズマ加速を経て宇宙空間へ燃料を噴射し推力を発生する無電極プラズマ推進機は、次世代の大電力宇宙推進機として期待されています。

東北大学大学院工学研究科および同非平衡プラズマ学際研究センター プラズマフロンティア科学部門の高橋和貴准教授(JST創発研究者)は磁気ノズルプラズマ推進機の性能向上を目指し研究を行っていますが、この度、オーストラリア国立大学のChristine Charles教授、Rod W Boswell教授との共同研究により、核融合プラズマに代表されるプラズマ利用機器においてネガティブな存在と考えられてきたプラズマ不安定性が、推進機作動の鍵となるプラズマ流離脱を促進する重要な役割を果たすことを明らかにしました。この成果は、推進機開発だけでなく、プラズマ波動研究の応用開拓と新展開に寄与するものと期待されます。

本研究成果は2022年12月5日にネイチャーパブリッシンググループの英国科学雑誌Scientific Reports(電子版)に掲載されました。今後、波動構造の詳細計測、励起条件の解明、詳細な物理プロセスの理解に向けて研究を行い、大電力・無電極の磁気ノズルプラズマ推進機開発を進める予定です。


図1 イオンの離脱と電子内向き輸送現象のイメージ図

背景

磁気ノズルを用いた無電極プラズマ推進機は、宇宙空間における大電力推進機として期待される方式の一つであり、高周波プラズマ源で電離した燃料ガスが磁気ノズル中の膨張過程で自発的に加速され、宇宙空間へと噴射することで推力を得る方式です (図2、[1])。この方式はヘリコン波注4放電による高密度プラズマ生成を利用するため、ヘリコンスラスタ(推進システム)とも呼ばれており、その研究開発が国内外の研究機関で実施されています。


図2 無電極プラズマ推進機の概略図。図中左側のプラズマ生成領域から放出されるプラズマが磁気ノズル中で加速され、最終的に磁力線から離脱し宇宙空間へ放出することで推力を発生する。左上図は、東北大学所有の推進機試験用の真空容器内部での作動の様子。

従来の推進機ではプラズマ生成・加速に用いる電極の損傷が問題となりますが、当該方式ではプラズマと接触する金属電極がなく、大電力作動においても推進機の長寿命化が期待されています。これまでに、物理研究と性能改善を並行して進め、最高推進効率30%程度を達成し[2]、国際的に研究開発が進められています。

プラズマ加速と推力発生に大きく寄与する磁気ノズルは最重要コンポーネントの一つです。磁気ノズルからの磁力線は閉ループ構造を形成し、この閉ループに沿ってプラズマが流れを形成した場合には、放出したプラズマ流が推進機へ戻ってきてしまい、推力を発生することが不可能になるため、加速過程の後に磁気ノズルからプラズマ流を離脱する必要があります(図2)。荷電粒子は磁力線の周りを旋回運動することが知られており、質量の大きな正イオンはこの回転半径(ラーマー半径注5)が大きいため磁力線の影響を受けにくく、加速されたイオンは離脱することがこれまでの研究で観測されてきました。一方で、電子のラーマー半径はプラズマのスケール長よりも小さく、通常は磁力線に沿って運動を続けます。放出されるイオン(正電荷)と電子(負電荷)の量が異なる場合には推進機が帯電してしまい、最終的にはプラズマを噴射することができなくなるため、電子も同様に磁気ノズルから離脱する必要があり、この離脱過程の発現と理解が最重要物理課題として知られています。

[1] K Takahashi, ‘Helicon-type radiofrequency plasma thrusters and magnetic plasma nozzles’, Reviews of Modern Plasma Physics, 3, 3-1 – 3-61 (2019).

[2] K Takahashi, ‘Thirty percent conversion efficiency from radiofrequency power to thrust energy in a magnetic nozzle plasma thruster’, Scientific Reports, 12, 18618 (2022).
東北大学プレスリリース

研究成果概要および意義

今回研究グループは、図3左図に示すような配置で実験を行い、推進機下流域においてイオンの定常的な速度ベクトル、および誘起されるプラズマ不安定性の計測を実施しました。図3右図は、イオン速度ベクトルの空間分布計測結果と磁力線を比較したもので、イオン速度の空間発散角が磁力線の発散角よりも小さいことから、イオンが磁気ノズルから離脱していることが示されています。


図3 (左図) 実験装置概略図。(右図) イオンの速度ベクトル計測結果 (青矢印)、イオン速度計測結果 (カラースケール)、および磁力線構造。加速されたイオン速度ベクトルの空間発散角が磁力線よりも小さいことから、イオンが磁気ノズルから離脱していることが示されている。

電子の離脱に関して、自発的に誘起されるプラズマ不安定性が駆動する粒子流束注6の評価を実施しました。図4上図は、典型的な密度変動および速度変動の周波数スペクトル注7を示しており、約40 kHz近傍に大振幅の変動が存在していることが観測されました。この変動成分の空間分布を評価したところ、磁気ノズル中を膨張するプラズマ流の、周辺領域に不安定性が局在していることを明らかにしました(図4下図)。図5は、これらの密度・速度変動の非線形効果に起因する電子流束の評価結果(カラーマップ)と流束の方向 (矢印) を示しており、40 kHz帯の不安定性によって内向きの電子輸送が駆動されていることを見出しました。


図4 (上図) 典型的な密度変動 (Sn) 、速度変動 (Sv) の周波数パワースペクトル。(下図) 密度変動パワーの空間分布。

図5 プラズマ不安定性が駆動する、磁力線を横切る電子流束の評価結果。

この結果は、この内向き電子輸送によって離脱したイオンを電気的に中和注8していることを示唆する結果であり、定量的な計測の結果、離脱したイオンの数10%程度の流束に相当していることを示しました。したがって、今回観測された不安定性は、プラズマ流が磁気ノズルから離脱する過程において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

プラズマ不安定性や乱流現象は、将来のエネルギー源として期待される核融合プラズマにおいて、磁場の閉ループ構造による性能の低下を引き起こすため、その理解と抑制が大きな研究課題となっています。一方で今回の研究は、プラズマ不安定性がプラズマ推進機の宇宙空間作動にポジティブな効果をもたらしうることを示唆しており、プラズマ波動研究の応用開拓と新展開に寄与するものと期待されます。

用語解説

注1 磁気ノズルプラズマ推進機

宇宙空間でプラズマを加速し推力を発生する電気推進方式の一種であり、磁気ノズル中のプラズマ加速現象を活用したもの。現在主流となっているイオンエンジンやホールスラスタとは異なる動作原理であり、国内外でその学術研究と開発が進められている。

注2 プラズマ流離脱

閉ループ構造を形成する磁力線からプラズマ流が離脱し、自由空間へとプラズマが噴射されること。

注3 プラズマ不安定性

プラズマ中に自発的に励起される波動であり、条件によって多種多様な波動モードが存在し、各種物理量(密度、電位、電磁場等)に時間的な変動が観測される。非線形効果による粒子輸送の駆動を誘起し、乱流構造へ発展する場合もある。

注4 ヘリコン波

プラズマ中を伝搬する電磁波モードの一種であり、低気圧環境下において高密度プラズマ発生に寄与する。

注5 ラーマー半径

荷電粒子は、磁力線の周りを旋回運動する特徴を持っており、その回転軌道の半径。ラーマー半径は、荷電粒子の質量と速度に比例し、電荷と磁場強度に反比例する。

注6 流束

単位時間あたりに単位断面積を通過する粒子数。

注7 周波数スペクトル

時間的に変動している信号を、周波数成分ごとに分解したもの。

注8 電気的中和

電気推進機から放出される正味の電荷量をゼロに保つこと。イオンのみが離脱した場合にはこの電気的中和が不可能となり、宇宙機が負に帯電し、離脱したイオンを引き戻すような電場が形成されると考えられる。したがって、電子も磁気ノズルから離脱し、宇宙空間へと放出する必要がある。

論文情報

タイトル: Wave-driven electron inward transport in a magnetic nozzle
著者: Kazunori Takahashi, Christine Charles, and Rod W Boswell
掲載誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-022-24202-9

付記

本研究の一部は科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR212A)および科学研究費助成事業(JP19H00663、JP21K18611)の支援により行われました。

お問合せ先

< 研究に関して >
東北大学 大学院工学研究科 准教授/JST創発研究者 高橋 和貴
TEL:022-795-7064
E-mail:kazunori.takahashi.e8@tohoku.ac.jp
< 報道に関して >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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