有力な熱電材料マグネシウムスズ化合物のp型性能で記録更新

- 格子欠陥の制御により高性能のn型とp型の単結晶がそろい実用的な発電デバイス実現に期待 -

2023/01/13

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科 応用物理学専攻・准教授・林 慶
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発表のポイント

  • 様々な大きさの格子欠陥注1によりマグネシウムスズ化合物単結晶注2をp型化
  • p型マグネシウムスズ化合物単結晶の熱伝導率は多結晶より低く、熱電性能が向上
  • n型とp型のマグネシウムスズ化合物単結晶を使う発電デバイスの性能向上に貢献

概要

熱電材料は排熱から発電できることから、低炭素社会を実現するための有望な材料として注目されています。なかでもマグネシウムスズ化合物は、自動車や工場から排出される500 K~700 Kの中高温排熱から発電できる熱電材料として実用化が期待されています。これまでの研究で、多結晶より熱電性能が高い、電気を電子が運ぶn型のマグネシウムスズ化合物の単結晶作製に成功していました[1]。しかし、電子が抜けた穴(ホール)が電気を運ぶp型のマグネシウムスズ化合物の熱電性能が低いことが課題として残されていました。

東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の黄志成氏(博士後期課程)と林慶准教授は、清華大学(中国)の李敬锋教授の研究グループと共同研究を行い、様々な大きさの格子欠陥を導入することでp型でも多結晶より熱電性能が高いマグネシウムスズ化合物の単結晶作製に成功しました。これにより、マグネシウムスズ化合物単結晶を用いたエネルギーハーベスティング注3の実現が期待されます。

本研究成果は、英国王立化学会発行の科学誌Journal of Materials Chemistry Aに2023年1月12日に掲載されました。

[1]東北大学プレスリリース,2020年12月24日


当研究で作製したマグネシウムスズ化合物単結晶の透過型電子顕微鏡像

背景

熱電材料は、排熱を利用したエネルギーハーベスティング材料として期待されています。熱電材料の両端に温度差をつけると、ゼーベック効果注4によって起電力が生じ、外部回路に電流が流れて発電します。発電の際、ガスの排出や振動・騒音の発生がないため、クリーンで生活環境への影響がありません。熱電材料を使ったエネルギーハーベスティングを実現するには、熱電材料のゼーベック係数注4と電気伝導率を高く、熱伝導率を低くして、熱電性能を向上させる必要があります。

東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の黄志成氏(博士後期課程)、林慶准教授、齋藤亘博士(博士後期課程:研究当時)および宮﨑讓教授は、清華大学(中国)の裴俊博士、李敬锋教授とのこれまでの共同研究で、マグネシウムスズ化合物のスズをアンチモン(Sb)で部分置換して電子を導入したn型単結晶に、点欠陥注1の1種であるマグネシウムの空孔欠陥注1を導入することで、多結晶より低い熱伝導率と高い電気伝導率を得ることに成功しました[1]。図1(a)に、熱電材料の性能評価に用いられる無次元性能指数zT注5を示します。作製したn型のマグネシウムスズ化合物単結晶のzTは、無置換単結晶の50倍であり、しかも多結晶よりも高いことから、マグネシウムスズ化合物単結晶は熱電材料として有望であると言えます。


図1 (a)650 Kにおける、n型マグネシウムスズ化合物の多結晶と単結晶の無次元性能指数zTの比較、および(b)熱電材料を使った発電デバイスの模式図

図1(b)に示すように、熱電材料を使った発電デバイスでは、電極を介してn型とp型の熱電材料を直列に接続することで発電量を大きくすることができます。マグネシウムスズ化合物単結晶を使ったエネルギーハーベスティングを実現するには、ホールを導入してp型化したマグネシウムスズ化合物単結晶でも、熱電性能を高くしなくてはなりません。そこで、ホールを導入できる元素で部分置換したマグネシウムスズ化合物単結晶にも空孔欠陥を導入できれば、多結晶よりも熱電性能を高くできると考え、継続して共同研究を行ってきました。

研究内容

本研究では、マグネシウムスズ化合物単結晶にホールを導入するために、マグネシウムをリチウム(Li)で部分置換したマグネシウムスズ化合物単結晶を作製しました。図2に示すように、リチウムで部分置換した単結晶にもマグネシウムの空孔欠陥が存在し、部分置換によって格子定数が減少するとともに空孔欠陥量が増えることがわかりました。この格子定数と空孔欠陥量の関係は、本研究グループが作製したホウ素で部分置換したマグネシウムスズ化合物単結晶のときにも観測された現象で、リチウム置換によって化学的圧力注6が増加して、空孔欠陥の形成エネルギーが低くなったためと考えられます。


図2 リチウム(Li)置換単結晶の空孔欠陥量と格子定数の関係

図3(a)に、作製したリチウム置換単結晶の低倍率の透過型電子顕微鏡(TEM)像を示します。R1で示したような明るい灰色の領域が大部分を占め、暗い灰色の領域(R2)と黒い領域(R3)が点在していることがわかります。R1、R2、R3の高倍率TEM像をそれぞれ図3(b)、3(c)、3(d)に示します。R1には、マグネシウムとスズの規則的な配列が観測されたことから、格子欠陥のない単結晶領域であることがわかりました。R2には、アンチモン置換単結晶でも見られた、空孔欠陥が存在する領域に対応する縞状の模様(モワレパターン)が観測されました。また、この空孔欠陥領域と単結晶領域の界面に線欠陥の転移注1が存在することもわかりました。さらに、R3には、単結晶領域や空孔欠陥領域よりもスズの量が多く、マグネシウムスズ化合物と同じ結晶構造をもつスズリッチ相が存在することがわかりました。この析出物は、アンチモン置換単結晶には存在しておらず、リチウム置換単結晶で初めて現れたものです。p型化することで、マグネシウムとスズのアンチサイト欠陥注1の形成エネルギーが低くなったためと考えられますがスズリッチ相の析出過程についてはさらに研究が必要です。以上のことから、リチウム置換単結晶には、空孔欠陥、転位、析出物が存在することがわかりました。それらの大きさは、それぞれ約10 nm、数nm、数10 nmであり、大きさの異なる格子欠陥を導入したp型のマグネシウムスズ化合物単結晶を得ることができました。


図3 (a)リチウム置換単結晶の低倍率の透過型電子顕微鏡(TEM)像、および(b)単結晶領域、(c)空孔欠陥領域、(d)スズ(Sn)リッチ相の高倍率TEM像

次に、リチウムで部分置換したマグネシウムスズ化合物単結晶のゼーベック係数、電気伝導率、熱伝導率を調べました。リチウム置換で、ゼーベック係数は負から正となり、p型化できることを確認しました。リチウム置換単結晶の電気伝導率とゼーベック係数は、それぞれリチウム置換多結晶より増加、減少することがわかりました。これは、多結晶のような、ホールの伝導を妨げる結晶同士の界面が単結晶にはないためです。さらに、リチウム置換単結晶の熱伝導率は、無置換単結晶やリチウム置換多結晶より低いことがわかりました(図4(a))。この理由を明らかにするために、格子熱伝導率注7を計算して、実験値と比較しました(図4(b))。点欠陥、転位、析出物のすべてを考慮した計算値(実線)が実験値(赤丸)とよく一致したことから、リチウム置換単結晶の低い熱伝導率は、様々な大きさの格子欠陥が存在するためであると結論できます。格子熱伝導率の低減に寄与した割合は、点欠陥が約85%、転位が約6%、析出物が約9%でした。


図4 (a)無置換単結晶、リチウム(Li)置換多結晶、Li置換単結晶の熱伝導率、および(b)Li置換単結晶の格子熱伝導率の計算値(実線)と実験値(赤丸)

図5に、無置換のマグネシウムスズ化合物単結晶、およびリチウムで部分置換したマグネシウムスズ化合物の多結晶と単結晶のzTの比較を示します。リチウム置換単結晶のzTは、無置換単結晶より26倍高くなり、700 KでzT = 0.38となりました。これはリチウム置換多結晶よりも高い値で、様々な大きさの格子欠陥を導入することで、電気伝導を妨げることなく熱伝導を効果的に阻害できたことによります(図6)。以上の結果から、マグネシウムスズ化合物単結晶は熱電材料として有望であると結論することができます。


図5 700 Kにおける、p型マグネシウムスズ化合物の多結晶と単結晶の無次元性能指数zTの比較

図6 当研究で作製したp型マグネシウムスズ化合物単結晶の模式図。格子欠陥は熱の流れ(橙矢印)を阻害するが、電気の流れ(緑矢印)は妨げない。

今後の展望

空孔欠陥が存在するマグネシウムスズ化合物単結晶にホールを導入することで、p型でも高い熱電性能を得ることができました。これにより、n型とp型のマグネシウムスズ化合物単結晶を用いた発電デバイスの実現が期待されます。しかし、p型の熱電性能は、n型と比べるとまだ1/2に過ぎません。p型だけでなく、n型の熱電性能をさらに高くするために、様々な元素で部分置換や共置換を行って、格子欠陥量を最大化するとともに、電子やホールの量を最適化する方法を確立することが今後の課題です。

なお、本研究の一部は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING program)(課題番号:JPMJSP2114)、科研費基盤研究(B)(課題番号:17H03398, 22H02161)、および東北大学-住友金属鉱山株式会社ビジョン共創型パートナーシップ(配分機関:住友金属鉱山株式会社)の支援のもとで行われました。

論文情報

タイトル: Enhanced Thermoelectric Performance of p-type Mg2Sn Single Crystals via Multi-scale Defect Engineering (和訳: マルチスケール欠陥エンジニアリングによるp型Mg2Sn単結晶の熱電変換性能の向上)
著者: Zhicheng Huang, Kei Hayashi, Wataru Saito, Jun Pei, Jing-Feng Li, and Yuzuru Miyazaki
掲載誌: Journal of Materials Chemistry A (Advance Article)
DOI: 10.1039/D2TA08557G
URL: https://doi.org/10.1039/D2TA08557G

用語解説

注1 格子欠陥、点欠陥、空孔欠陥、転移、アンチサイト欠陥

作製試料に含まれる点欠陥や線欠陥といった欠陥のこと。点欠陥として、原子の周期的な配列の隙間に原子が侵入する格子間欠陥、原子が欠損する空孔欠陥、構成原子同士が相互置換するアンチサイト欠陥がある。置換元素も点欠陥の一種である。線欠陥として、特定の原子面の上方と下方で原子面の数が異なって余剰原子面が生じる転位(刃状転位)がある。

注2 マグネシウムスズ化合物単結晶

マグネシウムとスズがモル比2:1で化合した物質のことを指す。

注3 エネルギーハーベスティング

身の周りの未利用エネルギーから電力を得る発電技術の総称。

注4 ゼーベック効果、ゼーベック係数

物質の両端に温度差をつけると、その両端に起電力が生じる現象のことをゼーベック効果という。ゼーベック係数は、温度差1˚C あたりの起電力を指し、n型の場合は負の値を、p型の場合は正の値をとる。

注5 無次元性能指数zT

zTが高いほど熱電変換効率が高くなる。zT = (ゼーベック係数)2×電気伝導率×絶対温度÷熱伝導率 で求められることから、熱電材料の開発においては、ゼーベック係数と電気伝導率を高く、熱伝導率を低くすることが求められる。

注6 化学的圧力

物質を構成する原子を大きさの異なる別の原子で部分置換すると、物質の格子定数が変化する。この変化は、物質に加わる圧力が増減したと見なせることから、部分置換によって物質に加わる圧力のことを化学的圧力と呼ぶ。

注7 格子熱伝導率

熱伝導率の内、結晶格子の振動によって伝わる熱の寄与を格子熱伝導率と呼ぶ。

お問合せ先

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東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 准教授 林 慶
TEL:022-795-4637
E-mail:kei.hayashi.b5@tohoku.ac.jp
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授 宮﨑 讓
TEL:022-795-7970
E-mail:yuzuru.miyazaki.b7@tohoku.ac.jp
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東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
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