材料の種類によらず電子スピン波を観測できる新手法を構築

- さまざまな半導体における超並列演算処理へ期待 -

2023/01/23

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 教授 好田 誠
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • さまざまな材料において電子スピン波注1を検出できる新たな観測手法を開発
  • 従来光学的手法のみで観測されてきた電子スピン波の電気的検出に初めて成功
  • 半導体の電子スピン波を活用した超省電力素子や新概念論理回路へ展開可能

概要

電子は磁石としての性質であるスピンを有しています。スピンは、既存の半導体集積回路が苦手とする並列演算処理を得意とするため近年注目されています。その中で、スピンの向きが回転しながら空間伝搬して生まれる電子スピン波は、波の重ね合わせを活用した並列演算処理ができる新たな情報担体として期待され、さまざまな半導体における電子スピン波の検出が長年望まれていました。

従来電子スピン波は光学的にしか検出できず、光を吸収する限られた材料でのみ利用されてきました。この度、東北大学大学院工学研究科の齋藤隆仁氏(研究当時、博士後期課程在籍)、東北大学大学院工学研究科・量子科学技術研究開発機構量子機能創製研究センター好田誠教授・グループリーダーらの研究グループは、電子スピン波を電気的に観測できる新たな原理を確立し、半導体を含むさまざまな材料の電子スピン波が観測できる基盤を構築しました。これにより、材料選択の幅が格段に広がり、電子スピン波情報処理に向けた半導体材料開発を一気に加速させることが可能です。本研究はドイツのピーター・グリュンベルグ研究所、ニュージーランドのヴィクトリア大学との共同研究です。

本研究成果は、2022年12月27日付(米国時間)で米国の科学誌「Physical Review Research」にてオンライン公開されました。


図1 半導体中の電子スピン波の模式図。スピンが向きを揃えて一斉に回転する空間構造を持ち、スピン情報の精密制御および長時間保持の鍵となる特性を示す。

研究背景

あらゆる場所で通信を可能にする第6世代移動通信注2や膨大なセンサーや機器がネットに同時接続される情報通信社会では、情報量の爆発的な増加が見込まれるため、これまでとは異なる概念を用いて効率的に情報処理が行える超省電力半導体デバイスが求められます。特に、既存のデジタル回路の演算方式である情報の逐次処理に対し、情報の並列処理が可能になると膨大な情報を同時一括処理できるため大きなブレークスルーに繋がります。よって、並列演算を可能にする新たな情報担体が検討されてきました。その中で、電子の持つ磁石としての性質であるスピンが回転しながら空間伝搬して生まれる新たな情報担体「電子スピン波」(図1)は、波の重ね合わせを利用できるため、デジタル信号処理が不得意な並列演算処理を省電力で実現できる可能性を持ちます。電子スピン波は、半導体・原子層材料・酸化物などさまざまな材料に存在することが理論的に分かっていました。しかし、電子スピン波の検出にはこれまで光学的手法しか存在せず、光を吸収できる材料が限られてしまうため、それが材料開発のボトルネックとなっていました。電子スピン波を用いた並列情報処理には、さまざまな材料の電子スピン波を観測できる汎用性の高い観測手法の確立が必要不可欠でした。

研究成果

東北大学大学院工学研究科の齋藤隆仁氏(研究当時、博士後期課程在籍)、好田誠教授(量子科学技術研究開発機構・量子機能創製研究センター グループリーダー)らの研究グループは、ピーター・グリュンベルグ研究所(ドイツ)およびヴィクトリア大学(ニュージーランド)と協力して、半導体における電子スピン波の電気的な検出に初めて成功しました。

電子スピン波の電気的観測に用いた原理は、半導体の電気伝導測定で観測される量子干渉効果注3と呼ばれる抵抗変化です。量子干渉効果はさまざまな材料において観測できる普遍的な現象で、半導体においては古くからスピン情報が失われるまでの緩和時間注4を検出するために用いられてきました。研究グループは、さまざまな材料で観測される量子干渉効果を利用して、電子スピン波を電気的に検出できる新たな理論モデルを導きました。そして、ガリウムヒ素(GaAs)半導体材料注5にこの理論モデルを適用することで、電子スピン波の緩和時間を実験的に求めることに成功しました。理論モデルによる曲線は、磁気伝導測定で観測される量子干渉効果の実験結果をよく再現できることが分かり(図2)、半導体における電子スピン波の電気的観測を可能にしました。さらに、ガリウムヒ素半導体トランジスタにおいてゲート電圧を変化させながら、電子スピン波の緩和時間とゲート電圧の関係を調べました。電子スピン波の緩和時間はゲート電圧を減少させることで増大し(図3)、電子スピン波を安定に保持できる条件を突き止めました。上記成果は、さまざまな材料において電子スピン波が観測できる基盤技術を構築したことになり、電子スピン波を活用できる半導体材料の開発を一気に加速させることが期待できます。電気的に観測できることにより、将来的には爆発的に増大する情報を同時一括処理できる半導体ベースの超並列演算素子へと展開することができ、革新的な省電力技術に貢献できると考えられます。また、量子コンピューティングでは特定問題に対し量子力学的な重ね合わせを利用することで超並列処理が可能となりますが、電子スピン波では古典的な波の重ね合わせにより汎用並列演算が可能となるため、より汎用性の高い演算を並列処理できる将来展望が拓けると期待されます。


図2 電気伝導度の面直磁場依存性(灰色)および理論モデルによるフィッティング曲線(青色)。 (ゲート電圧 Vg=0.06 V)

図3 電気的手法によって抽出されたスピン緩和時間のゲート電圧依存性

論文情報

タイトル: Lifetime of spin-orbit induced spin textures in a semiconductor heterostructure probed by quantum corrections to conductivity
著者: Takahito Saito, Toshimichi Nishimura, Ju-Young Yoon, Jonas Kölzer, Daisuke Iizasa, Michael Kammermeier, Thomas Schäpers, Junsaku Nitta, and Makoto Kohda
掲載誌: Physical Review Research 4, 043217 (2022)
DOI: 10.1103/PhysRevResearch.4.043217

用語説明

(注1)電子スピン波

電子のもつ磁石の性質であるスピンが、その向きを回転させながら空間伝搬する現象です。その名称は、スピンの向きが回転しながら波をつくる様子に由来しています。

(注2)第6世代移動通信

「Beyond 5G」とも呼ばれ、あらゆる場所での通信を可能にし、人間が手出しすることなく機器を自律的に連携させるなど、第5世代にはない新たな機能を備える移動通信網のこと。

(注3)量子干渉効果

電子は粒子の性質もありますが波の性質も有しています。この電子の波の性質は干渉効果を示し、電気伝導を変化させます。電子の波の性質にはスピンも含まれるため、この干渉効果を調べることでスピンの状態を電気的に検出することが可能となります。

(注4)緩和時間

スピンが情報を保つことのできる時間スケールを意味します。この時間スケールが長いほどスピン情報をより長時間保持することができます。

(注5)ガリウムヒ素(GaAs)半導体材料

ガリウムヒ素(GaAs)はガリウム(Ga)とヒ素(As)から成る化合物半導体結晶です。GaAs薄膜を同じく化合物半導体であるアルミニウムガリウムヒ素(AlGaAs)の層で挟んだ構造は量子井戸構造と呼ばれ、電子の運動を2次元のGaAs薄膜内に閉じ込めることができます。

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 知能デバイス材料学専攻 教授 好田 誠
TEL:022-795-7316
E-mail:makoto@material.tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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