地熱貯留層の形状と地殻応力との関係性を解明
- 事前調査で地熱貯留層の形状を予測し、抽熱システム設計に貢献 -
2023/08/24
発表のポイント
概要
次世代型の地熱開発(能動的地熱開発)では、地下に流体を圧入し、地熱貯留層を造成します。どの様な形状の地熱貯留層が造成されるか、経験則はあったものの統一的な理解が為されてきませんでした。貯留層の形状の予測・把握は、その後の熱抽出システムの設計にとって大変重要な情報です。
東北大学流体科学研究所の椋平祐輔助教、訪問研究学生のMeihua Yang(メイファ ヤン)氏、Kangnan Yan(カンナン ヤン)氏(共に中国・成都理工大学所属)、伊藤高敏教授、同大学大学院工学研究科・工学部の森谷祐一教授、産業技術総合研究所再生可能エネルギーセンターの石橋琢也主任研究員、岡本京祐主任研究員、浅沼宏副センター長、石油資源開発株式会社技術本部の熊野裕介グループ長、ドイツ・ベルリン自由大学のSerge A. Shapiro(サージ シャピロー)教授、米国地質調査所のJustin L. Rubinstein(ジャスティン ルーベンステイン)博士、成都理工大学のYinhui Zuo(シンホァ ゾォ)教授は、2006年12月にスイス・バーゼルでの能動的地熱開発プロジェクトで検出された微小地震を詳細に解析し、人工地熱貯留層と見なせる微小地震発生領域の形状が、地殻応力と関連していることを明らかにしました。地殻応力は地下の流体の流れやすさを表す透水性の支配的なパラメータであり、透水性を通して微小地震発生領域が地殻応力と相関していることを明らかにしました。
本研究成果は、2023年8月3日付でJournal of Geophysical Research: Solid Earthに掲載されました。
研究の背景
世界各地で研究・実施試験が進められている次世代型の地熱開発(能動的地熱開発)では、地下に高圧の流体を注入し、人工的に地熱貯留層を造成します。圧入した流体は、地下のき裂の透水性を向上させ、地熱資源の抽出に有利になります。その際に発生する微小地震は人工地熱貯留層の形状を把握するのに不可欠な地下計測の仕組みです。地熱貯留層の形状から、例えば、蒸気生産のための井戸の位置など地熱貯留システムの設計を行います。これまで地熱貯留層の形状は、様々な開発事例から経験的に地殻応力の方向に広がるということは分かっていましたが、そうではない事例も多く、統一的な理解には至っていませんでした。
今回の取り組み
上記問題を解決するためにスイス・バーゼルでの能動的地熱開発プロジェクトで取得された微小地震データと坑井検層から得られた地殻応力を用いて、微小地震発生領域の形状が時間的にどのように成長するかを詳細に調べました。実際には微小地震発生領域の時空間発展に対して、主成分分析を行うとともに、地殻応力の方向・絶対値の値と比較検証しました。微小地震発生領域は,最小主応力方向には成長しない一方,最大主応力・中間主応力面内で主に成長しました。微小地震領域を主成分分析し,その巨視的な形状のアスペクト比は,主応力の比とよく一致することを発見しました。さらに微小地震データから、透水性テンソルも推定してみると、その方向・絶対値の関係は,地殻応力とよく一致しました。これより,一見,微小地震発生領域の形状は,地殻応力による物理的な説明が難しいところですが,地殻応力が重要なパラメータである透水性テンソルにより,間接的に,なぜ微小地震発生領域形状と地殻応力が相関するかを説明しました。
今後の展開
本研究で得られた知見は、次世代型の地熱開発時の抽熱システムの設計に大いに役立てることができます。これまで、注水を行うまで造成する人工地熱貯留層の形状は予想できませんでしたが、地殻応力や既存き裂などの地球物理学情報を事前に坑井検層等で取得することで、予測が可能となりました。これによって、地熱資源生産のための生産井の場所決定や、既存断層への影響のリスクアセスメント等の地熱開発時のリスクを低減することが可能になります。
図1 主応力軸に沿った人工地熱貯留層の断面図内の、微小地震発生領域の形状の時間変化。主成分分析の解析結果をベクトルでさらに表示。赤:第一主成分ベクトル、黄:第二主成分ベクトル。微小地震発生領域が巨視的には円に近いことが分かる。
図2 図1の結果をさらに整理し、地殻応力情報と比較した図。a) 図1で示した微小地震発生領域のアスペクト比(赤点)。b) 地殻応力と、解析対象面内の応力比(水色線)。c) 第一、第二主成分ベクトルの見込み角。a)で示した赤点の範囲と、b)で示した応力比(水色線)が同じ範囲にある。
謝辞
本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務、JSPS科研費JP21H05201、東北大学流体科学研究所における公募共同研究により支援されたものです。
用語説明
(注1)地熱開発
地中数百~数千メートルの深さでマグマによって加熱された水を主に発電(地熱発電)に利用すること。自然に存在する水資源を利用することもあるが、人工的に坑井を掘って水を注入する,もしくは地下の透水性を向上させる能動的地熱開発の研究開発が進められている。
(注2)地熱貯留層
地下に浸透した雨水等は,地球深部由来の地熱により加熱され,熱水・蒸気となる。このような地熱流体は,流体を通しにくい不透水層の直下に貯留し,その場所を地熱貯留層と呼ぶ。能動的地熱開発では、流体を人工的に地中に圧入し,熱交換流体として用いる。その過程で、人工的に地熱貯留層が造成される。
(注3)坑井(こうせい)
地下資源および地下の地質的構造の探査や採取を目的として、ほぼ鉛直方向に掘削された井戸。
論文情報
著者: Yusuke Mukuhira*, Meihua Yang, Takuya Ishibashi, Kyosuke Okamoto, Hirokazu Moriya, Yusuke Kumano, Hiroshi. Asanuma, Serge. A. Shapiro, Justin L. Rubinstein, Takatoshi Ito, Kangnan Yan, Yinhui Zuo
*責任著者: 東北大学流体科学研究所 助教 椋平 祐輔
掲載誌: Journal of Geophysical Research: Solid Earth
DOI: 10.1029/2023JB026839