レーザー加熱で微小な透明磁石材料を作る新技術を開発
- 次世代の高密度光集積デバイス作製への利用に期待-
2023/11/16
発表のポイント
- レーザーで局所加熱する方法を使って、透明な磁石材料と光回路を合体する際に回路にダメージを与える問題を解決しました。
- 真空の中でレーザーを用いて熱を加える新しい装置を作りました。
- この技術でごく狭い領域だけに特別な透明な磁石材料を作ることができるようになりました。
- 本成果は磁石で動かす強力な小型レーザーや、速くてきれいなディスプレイ、小さな光デバイスを作るのに役立つと期待されます。
概要
私たちの使用しているインターネットや通信には、光信号が使われています。この通信の光を安定させるためには「磁気光学アイソレータ(注1)」という部品が重要です。しかし、これを小型化したり、他の光の部品と一体化したりするのは、これまでの技術では難しい状況にありました。特に、磁気光学特性に優れた透明磁石材料を作る時に、高い温度が必要なことが障害でした。
東北大学電気通信研究所の後藤太一准教授らの研究グループは、レーザーを使用して、部分的に熱を加える新しい方法を考案しました。この方法を使うことで、髪の毛よりも細い約60マイクロメートルの磁石と光の特性に優れる「セリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)」という材料を作ることができました。この新しい技術は、様々な光を扱うデバイスや強力なレーザーデバイス、大画面かつ高精細なディスプレイなどとして使えると期待されています。
本成果は11月14日(現地時間)、光学材料分野の専門誌 Optical Materials に掲載されました。
研究の背景
現代のデジタル社会は、安定した光通信技術に支えられています。この技術の中で、光を一方向にしか通さないデバイスである「磁気光学アイソレータ」は、通信に使われる光の状態を安定化する上で重要な役割を果たしています。しかし、磁気光学アイソレータを使用する箇所は多く、デバイスサイズが大きいため、これを小型化したいという要求が多くあります。
このため磁石と光の特性に優れた磁気光学材料を、小さな光デバイスと一体化し、小型の磁気光学アイソレータを作ることは、長い間望まれています。しかし多くの技術的課題があり、まだ実用化には至っていません。主に良質な磁気光学材料である「磁性ガーネット」を作るには、デバイスを約700度以上の高温にする必要があり、この高温プロセスにより、一体化された光デバイスまで熱でダメージを受け、動作しなくなるという課題があります。
今回の取り組み
この技術的な課題を解決するため、本研究グループはレーザーを使って局所的に熱を加える新しい方法を考案しました。この方法では、レーザーが当たった僅かな部分だけが瞬時に高温になる特性を利用しています。
研究グループは本方法を用いて、磁気と光の特性が良いとされる透明な「セリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)」を作製しました。このCe:YIGを作るには真空の中で材料全体に熱を加える必要があったため、難しいとされてきました。そこで研究グループは、真空中でレーザーを用いて熱を加えられる新しい装置を開発しました。この装置を使って、約60マイクロメートルの小さな点のような部分だけにCe:YIGを作ることに成功し、結晶構造、磁気、光の特性について詳しく調べ、その結果を今回発表された論文にまとめました。
今後の展開
本研究で作ったレーザーで熱を加える方法や、髪の毛の太さよりも小さな透明磁石材料は、光の通信を安定させる部品である磁気光学アイソレータの開発に役立ちます。さらに、この手法や材料は、磁石で制御できるハイパワーレーザー、大画面で高精細なディスプレイ、磁石のセンサーや、磁石で作る回路であるスピン波回路(注2)を作るのにも役立ちます。これを使って、機械加工やエンターテインメント分野など、さまざまな領域での応用展開を目指しています。今後は、国内外の企業や研究機関との共同研究を通じて、本研究が、より便利で豊かな社会の実現に資することを期待しています。
図2 レーザーで特定の小さな場所だけを熱して作った透明磁石材料の顕微鏡写真です。レーザーを使うことで、材料の一部だけを熱し、他の部分は熱くならないようにできました。黄緑色の丸いところが、今回作った特別な材料「Ce:YIG」で、ピンクのところがCe:YIGができていない部分です。
図3 レーザーで小さな部分だけを熱して作ったCe:YIGの磁気と光の性質の評価結果です。Ce:YIGに磁場を加えると光が特定の方向に回る「ファラデー効果(注3)」という現象が見られました。これにより、Ce:YIGがレーザーを使ってきちんと作れたことが確認できました。
謝辞
本研究は、東北大学大学院工学研究科、豊橋技術科学大学と共同で行われました。
本研究の一部は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:JP20H02593、JP20K20535、JP23H01439、JP23H01439)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 若手研究者発掘支援事業、稲盛財団、文部科学省世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」、JST次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2114、豊橋技術科学大学 大学・高専連携型グローバルAIイノベーションフェローシップ、東北大学 金属材料研究所国際共同利用・共同研究拠点、電気通信研究所ナノ・スピン実験施設、研究基盤技術センターの支援を受けて行われました。
用語説明
(注1)磁気光学アイソレータ
光を一方向にのみ伝搬する光素子を光アイソレータと言います。レーザーは光伝送路からの反射戻り光を受けると動作が不安定化するため、光アイソレータでレーザーからの光は通し、反射戻り光を遮断します。磁界が光に影響を及ぼす磁気光学効果を示す磁気光学材料を用いた光アイソレータが磁気光学アイソレータです。
(注2)スピン波回路
スピンの波の性質を利用した次世代回路を指します。電子デバイスのように電流の流れを使うのではなく、スピンの位相を使うため、低発熱になると期待されています。
(注3)ファラデー効果
光の偏光面が磁場中を伝播する際に回転する現象を指します。この効果は、磁場の強さと光の伝播距離に比例して回転の大きさが増加します。光学的な磁場センサーや材料の磁気的性質の研究に利用されます。
論文情報
著者: Hibiki Miyashita, Yuki Yoshihara, Kanta Mori, Takumi Koguchi, Pang Boey Lim, Mitsuteru Inoue, Kazushi Ishiyama, Taichi Goto*
*責任著者: 東北大学 電気通信研究所 准教授 後藤太一
掲載誌: Optical Materials, Volume 146, December 2023, 114530
DOI: 10.1016/j.optmat.2023.114530