最古の多細胞動物の最適化されたポンプ機能を解明
- 6億年にわたり生存し続けるカイメンの適応戦略に迫る -
2025/03/25
発表のポイント
- 現在の地球に生息する最古の多細胞動物のグループであるとされているカイメンは、大量の水を吸い込み、ろ過することで必要な栄養を摂取しています。そのためのポンプ機能を担う襟細胞室という構造は球形ですが、なぜその形状なのかはよくわかっていませんでした。
- カイメンの襟細胞室が作り出す流れの数値シミュレーションに初めて成功し、ポンプ機能が最適化される襟細胞室の特徴が実際のカイメンとよく一致することを明らかにしました。
- 太古からカイメンに採用されてきた球形ポンプが高効率であることを明らかにし、カイメンの進化を流体力学的な観点から説明するとともに、マイクロポンプの高効率化にも貢献すると期待される成果です。
概要
カイメン(海綿動物)は現存する最古の多細胞動物とされており、進化生物学や発生生物学の分野で注目されています。カイメンは固着性の水生生物で、栄養を得るために大量の水を吸い込み、濾過しています。カイメンが数億年生き抜いてこれたのは、水を吸い込み濾過するためのポンプ・フィルタ機能が非常に優れていたからかもしれません。このポンプ機能を担っているのが襟細胞室と呼ばれる球形の構造です。しかし、なぜ球形のポンプに進化してきたのかはよくわかっていませんでした。
東北大学、イギリス、フランスの共同研究チームは、襟細胞室の詳細なモデルによる襟細胞室内の流れのシミュレーションと生きたカイメンを用いた観察実験を行うことで、襟細胞室の球という形状がポンプ機能を最適化していることを明らかにしました。
本成果は、3月22日に学術誌Proceedings of the National Academy of Scienceに掲載されました。
研究の背景
現存する生物の中で多細胞動物の共通祖先に最も近いとされるカイメンは、今も地球上で多様な種類が繁栄しており、進化生物学的に重要なモデル生物です。カイメンは固着性の水生生物で、栄養を得るために大量の水を吸い込み、濾過しています。数億年生き抜いてきた秘訣は、水を吸い込み濾過するためのポンプ・フィルタ機能が非常に優れていることにあると考えられます。ほとんどのカイメンでこのポンプとフィルタ機能を担っているのが襟細胞室と呼ばれる球形の構造です。しかしこのポンプが球形をしている理由は未解明でした。
今回の取り組み
本研究では、球形のカイメン襟細胞室が高効率な(ポンプ効率は半球の時と比べ約2.5倍)ポンプであることを明らかにしました。襟細胞室の3次元計算モデルを開発し、球殻の内側で中心に向かって波打つ鞭毛が作り出す流れをシミュレーションしました。その結果、出口の大きさや鞭毛の波の数はポンプ機能を最大化する値(出口角:20~40°、鞭毛波数:3π~4π)が存在し、生きたカイメンの襟細胞室を計測した結果(出口角:32.2±6.7°、鞭毛波数:3.3±0.27π)と良い一致を示しました。また、カイメンは水を流すシステムを複雑化するような進化をしてきたと考えられていますが、水路が複雑になると水を流す際の抵抗は大きくなります。カイメンは襟細胞室を球形状にすることで高い圧力を生み出していることが分かり、水路の抵抗に打ち勝っていることが示唆されました。進化の過程で体を複雑化することに球という形状が一役買っていることを示唆する結果です。
今後の展開
現在、マイクロチップ分野での応用が期待される人工繊毛ポンプによるミクロなスケールの流れを作り出す研究が行われていますが、ほとんどが平板のようなフラットな形状での検討に留まっています。本成果はこれからの人工繊毛ポンプの設計において球という形状の新たな知見を与えることが期待されます。
謝辞
本研究は、JSPS科研費JP24KJ0400、JP21H05303、JP21H05306、JP22H01394、JP21H04999、JP21H05308、科学技術振興機構 SPRING JPMJSP2114、 PRESTO JPMJPR2142、FOREST JPMJFR2024の助成を受けました。
論文情報
著者: *Takumi Ogawa, Shuji Koyama, Toshihiro Omori, Kenji Kikuchi, Hélène de Maleprade, Raymond E. Goldstein, Takuji Ishikawa
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 大学院生 小川拓海
掲載誌: Proceedings of the National Academy of Science
DOI: 10.1073/pnas.2421296122