"鉄さび"で排ガス浄化用助触媒の酸素貯蔵量が40%以上増加
- 自動車排ガス浄化触媒の低コスト化に貢献 -
2025/04/02
発表のポイント
- セリウム(Ce)・ジルコニウム(Zr)系酸化物に5体積%の酸化鉄を添加するだけで酸素貯蔵能力を向上させることに成功しました。
- 製造時の精密な酸素濃度制御が酸素貯蔵能力向上の鍵であることを見出しました。
- 排ガス浄化触媒の低コスト化やパラジウム(Pd)等の貴金属使用量の削減が期待されます。
概要
自動車産業において電気自動車(EV)シフトに停滞感も出る中、エンジン車の排ガス規制強化の対応が喫緊の課題です。排ガスを浄化する触媒の高性能化とパラジウムなどの高価な貴金属の使用量削減の鍵を握るのが、酸素を蓄える機能を持つ酸素貯蔵セラミックス(注1)です。
東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の高村仁教授らは、わずか5体積%の鉄さび(酸化鉄)をCe−Zr系酸化物に混ぜて熱処理することで、400 ℃において従来よりも43%高い酸素貯蔵能力が得られることを発見しました。さらに、この優れた性能の発現には、製造時の精密な酸素濃度制御による結晶構造の制御が鍵とわかりました。この"鉄さび"で簡便に酸素貯蔵セラミックスを高性能化する手法は排ガス浄化触媒の低コスト化や貴金属使用量の削減に大きく貢献すると期待されます。
本成果は2025年3月23日(現地時間)にナノサイエンスに関する学術誌Smallに掲載されました。
研究の背景
自動車産業では2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、エンジン搭載車から電気自動車(EV)への移行が進められています。しかし近年、EVの販売台数に陰りが見られ、当面はエンジン搭載車が多数を占める状況が続くと予想されます。そのため、エンジン搭載車の排ガス浄化は環境問題において引き続き最重要課題です。実際、欧州における新たな排ガス規制(Euro7)(注2)では、有害ガス排出基準のさらなる厳格化に加えて、新たな規制対象物質が追加されています。これらに対処するためには、エンジンの高性能化に加えて、排ガス浄化触媒のさらなる高性能化・高機能化が求められています。
図2に示すように、排ガス浄化触媒は、ハニカム構造体、パラジウム等の貴金属触媒、助触媒と呼ばれる酸素貯蔵セラミックスから構成されます。酸素貯蔵セラミックスはCe−Zr系酸化物であり、排ガス中の炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)の除去や、過剰な酸素を吸収する役割を担っています。近年、ハイブリッド車(HEV)などでは排ガス温度が低下傾向にあり、酸素貯蔵セラミックスには低い作動温度でも十分な貯蔵量が求められます。酸素貯蔵セラミックスが、構成成分であるCeとZrが規則的に配列した結晶構造となる場合に優れた酸素貯蔵能力を示すことは古くから知られていました。その規則構造を得るための一つのアプローチとして、本研究グループでは5体積%のわずかな鉄さび(酸化鉄)を混ぜるだけで従来製造時に1200 ℃という高温が必要であった熱処理を800 ℃まで低下させる手法を開発し、エネルギー消費の少ない簡便な方法を提案してきました。しかし、酸化鉄の微量添加が低温下でCe−Zr系酸化物の規則構造を誘起するかについては明らかになっていませんでした。
今回の取り組み
今回、岡崎由芽大学院生と高村仁教授らの研究グループは、酸化鉄を添加したCe−Zr系酸化物の結晶構造変化を高温X線回折実験によりその場測定しました。その結果、10%水素ガス(加湿なし)の強還元雰囲気では規則構造は形成されなかった一方で、4.5%水素ガス(加湿あり)の弱還元雰囲気では800 ℃において規則構造に変化することを見出しました。従来、Ce−Zr系酸化物で規則構造を得るためには、1200 ℃近傍での高温強還元熱処理が必須と考えられていましたが、今回の研究では800 ℃と比較的低温の弱還元雰囲気で規則構造が得られ、この発見はこれまでの常識を覆すものです。さらに、鉄イオンの固溶エネルギーの第一原理計算と酸化鉄の熱力学計算などを組みあわせることで、図1に示すように、鉄イオンが金属鉄にまで還元されず、かつ、Ce−Zr系酸化物の還元も同時に進行する条件が、規則構造の形成において重要であることがわかりました。
また、今回の研究ではCeとZrの比率が従来の1:1以外の組成で規則構造が得られることを確認しました。Ce−Zr系酸化物の酸素貯蔵能力はCeイオンの4価と3価の変化に起因するため、Ceの含有量が性能に大きく影響します。産業用途では、高温耐久性や安定性の観点からZrの比率が高い(Zr/Ce > 1)Zrリッチ組成が一般的に使用されていますが、このような組成でも規則構造が得られるかは未確認でした。今回、図3の透過電子顕微鏡写真に示すように、800 ℃、4.5%水素ガス(加湿あり)の弱還元雰囲気で熱処理された試料(a)で規則構造に対応する電子回折線111が得られ、酸化鉄添加はZrリッチ組成の規則構造化に有効と確認しました。また、この規則構造をもつZrリッチ組成酸化物の400 ℃における酸素貯蔵量は、800 ℃熱処理試料で519 μmol-O2/g(18%向上)、900 ℃熱処理試料で631 μmol-O2/gとなり、既存材料に対して顕著な性能向上が確認されました。Ce−Zr系酸化物の規則構造が従来より温和な条件で得られることやその酸素貯蔵能力の向上は、排ガス浄化触媒の低コスト化やパラジウム等の貴金属使用量の削減に大きく貢献すると期待されます。
今後の展開
本研究により、酸化鉄を添加したCe−Zr系酸化物が規則構造となる条件や、酸化鉄が果たす役割が解明されました。今後は、実際の排ガス浄化触媒への応用や、長期使用における耐久性の評価などが課題です。また、Ce−Zr系酸化物はグリーン水素の製造や高効率発電に用いられる固体酸化物セル(SOC)への応用も期待されます。
謝辞
本研究の一部は、JSPS科研費JP22H04914、内閣府総合科学技術・イノベーション会議/戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」JPJ012207(研究推進法人:JST)の支援を受けて実施されました。また、本研究成果に関する論文は、東北大学「令和6年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
用語説明
(注1)酸素貯蔵セラミックス
周囲のガス雰囲気(酸化・還元雰囲気)に応じて、構造を保ったまま酸素の貯蔵・放出が可能なセラミックスの総称。自動車の排ガス触媒において、Ce−Zr系酸化物(Ce1-xZrxO2)が広く用いられている。
(注2)Euro7
欧州連合(EU)が策定した自動車排ガス規制。規制対象物質の追加や検査条件の厳格化がなされた。
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/1257/oj
論文情報
著者: Yume Okazaki, Akihiro Ishii, Itaru Oikawa, Hitoshi Takamura*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 教授 高村 仁
掲載誌: Small
DOI: 10.1002/smll.202412830