温度とpHを同時にセンシングできる多機能ファイバーデバイスを開発
- 生体内プローブやウェアラブルデバイスに展開目指す -
2025/04/02
発表のポイント
概要
温度は生理学や病理学上の生体反応において重要な役割を担っており、生体システムから細胞レベルまでの化学物質の動態と密接にかかわっています。生体内部温度のモニタリング技術は進展しているものの、局所的な温度変化と体内の化学物質の変化を同時に計測する技術は開発には至っていませんでした。
東北大学学際化学フロンティア研究所の郭媛元准教授、同大学工学部の久保稀央学部生、理学部の阿部茉友子学部生(学際科学フロンティア研究所ジュニアリサーチャー)らの研究チームは、熱延伸技術を用いることで、温度とpHの同時計測が可能である超微細ファイバーデバイスの開発に成功しました。
本研究成果は、2025年3月6日付で米国化学会の学術誌ACS Measurement Science Auに掲載されました。
研究の背景
温度と化学シグナル伝達(注6)は生理学的プロセスにおいて不可欠な要素であり、恒常性維持、身体機能の調整および環境変化への適応において重要な役割を果たしています。また、これらの動態は脳内において特に重要であり、生体の認知機能や感情、行動に影響を与えます。
したがって、生体内の恒常性を維持するための温度やシグナル伝達物質の計測技術は継続的に開発されていました。しかし、従来シリコン加工技術や、ディジタル印刷技術などで開発されたデバイスではこの二つを同時に計測することができる技術は未だ開発されておらず、生体内、特に脳内での局所温度とシグナル伝達の関連性の研究は計測技術の限界により困難でした。
今回の取り組み
本研究では、延伸技術を用いることで局所温度とシグナル伝達物質の一つであるpHを同時に計測できるファイバー型デバイスの開発に取り組みました。生体内への埋め込みや長時間の使用を想定する上で、複数の動態を計測できる機能を有しながら、微細かつ柔軟性のあるデバイスである必要があります。この課題に対して、熱延伸技術はポリマー製のプリフォーム(原型)を維持したままミクロスケールの繊維を作製することができる技術であり、この繊維内に銅とコンスタンタンの二本の金属を使用したゼーベック効果に基づく熱電対技術と、炭素複合材料による電気化学センシング技術を組み込みことによって、柔軟性を持ちながら直径が約200 µmとい超微細の温度・化学センシング機能を有するファイバー型デバイスを作製しました(図2)。
ファイバー内に搭載した熱電対の温度センシング性能を恒温槽内の水温を変化させることで評価しました。その結果、計測安定性や0.5℃の計測分解能、高精度な温度計測に必要な時間分解能を備えていることが確認されました。
続いて、炭素複合材料表面に修飾したポリアニリンを使用するpHセンシング性能評価を電気化学計測法の二電極法でpH濃度を変化させながら計測を行ないました。繰り返し測定と溶液温度を変えて行った測定から高精度のpHセンシング感度と生理的温度範囲でも高い安定性を示すことが分かりました。
また、これまではファイバーの先端を加工することでセンシング部の作製を行っていましたが、レーザーを用いた微細加工をファイバーの側面に行うことで、温度・pHセンシング箇所をファイバーの任意の場所に作ることを可能にしました。これは今回のファイバーが生体内に挿入する微細化プローブのみならず、繊維として、衣服に組み込むことで生体の生理的状況を長時間モニタリングできるウェアラブルデバイスとしての応用可能性を示しています(図4)。
今後の展開
本研究によって開発された温度とpHをセンシングできる多機能ファイバーデバイスは高感度(温度:38.3 μV/K、pH: 66.05 ± 5.84 mV/pH)および高安定性(Na⁺、K⁺に対する特異性、二週間にわたる長期安定性)を備えており、レーザー微細加工を組み合わせることで脳機能と身体の相関解析といった生体内研究に加え、ウェアラブルデバイスによる健康モニタリングに適した有望なプラットフォームとして応用が期待されます。
また、今回使用した熱延伸技術は、その特性から温度とpHのセンシングに更なる計測機能を追加することが可能であるため、今後は複数のイオン動態の計測機能や電気生理学的計測機能、光信号や電気信号を計測する機能を追加することを目指しています。加えて、本研究によって開発された同時計測技術を活用することで、生理学的プロセスの解明および理解を進めていく方針の実験も計画しており、今回の技術が更なる研究により生体医療研究や治療技術開発に新たな道を開く可能性があると考えています。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR205D)、および公益財団法人三菱財団の自然科学研究助成の支援を受けました。
筆頭著者の久保稀央学部生、第二著者の阿部茉友子学部生は東北大学学際科学フロンティア研究所ジュニアリサーチャーとして研究チームに加わり、研究を実施しました。
東北大学学際科学フロンティア研究所では、教員の研究を推進するとともに、学部学生に最先端研究への参画機会を提供することを目的として、アドミニストレーティブ・アシスタント(AA)制度を活用した「FRIS Undergraduate Research Opportunity(FRIS URO)」プログラムを始動しました。この取り組みでは、教員が学部学生をAAとして雇用し、実際の研究活動に参加させることで、学生に研究経験と経済的支援の両面を提供します。学生は早期から研究現場に触れることで、学際的な視野と研究能力を育むことができます。 このような活動を通じて優れた研究意欲と資質を示した学部学生は、東北大学学際科学フロンティア研究所の「ジュニアリサーチャー」に認定されます。
用語説明
(注1)熱延伸技術
加熱しながら熱可塑性を持つ材料を引き伸ばす技術で、ナノスケールやマイクロスケールの細いファイバーを作製するために用いられます。本研究では、温度やpHをセンシングできる多機能ファイバーの作製に活用されています。
(注2)熱電対技術
セーベック効果の原理に基づき、2種類の異なる金属を接合し、温度差によって生じる電圧を利用して温度を測定する技術です。
(注3)ポリアニリン(Polyaniline, PANI)
導電性ポリマーの一種で、pHの変化に応じて電気特性が変化するため、センサー材料として用いられます。
(注4)レーザー微細加工
高精度のレーザーを用いて、材料をナノ・マイクロスケールで加工する技術です。本研究では、ファイバーの長さ方向の構造と機能を精密に調整するために使用されています。
(注5)表面機能化技術
材料表面の化学的・電気化学的な性質を調整し、特定の機能を持たせる技術です。本研究では、pHセンシングを実現するために、電気化学的手法を用いてポリアニリンをファイバー電極上に重合させ、安定的なpHモニタリングを可能にするために適用されています。
(注6)化学シグナル伝達
化学シグナル伝達とは、生体内において細胞間の情報伝達を担う重要な機構であり、神経伝達物質やホルモン、イオン、代謝産物などの化学物質が媒介となって、生理機能の調節、恒常性の維持、環境変化への適応を実現するものです。特に神経系では、神経終末から放出される神経伝達物質がシナプス後細胞の受容体に結合することで情報が伝達され、感覚、運動、認知、感情などの多様な機能を制御しています。また、ホルモンによる内分泌シグナルや、細胞内外のpH・イオン濃度・代謝物の変化も細胞応答を調節する化学的シグナルとして機能しており、脳を含む多くの組織でそのバランスが重要視されています。
論文情報
著者: Mahiro Kubo, Mayuko Abe, Etienne Le Bourdonnec, Sheau-Chyi Wu, To-En Hsu, Takao Inoue, *Yuanyuan Guo
*責任著者: 東北大学学際科学フロンティア研究所 新領域創成研究部
東北大学大学院医工学研究科 バイオファイバ医工学分野
准教授 郭媛元
掲載誌: ACS Measurement Science Au
DOI: 10.1021/acsmeasuresciau.4c00092
お問合せ先
東北大学学際科学フロンティア研究所 新領域創成研究部
東北大学大学院医工学研究科 バイオファイバ医工学分野 准教授 郭媛元
TEL:022-795-5768
E-mail:yyuanguo@fris.tohoku.ac.jp