強磁性窒化鉄において磁気ひずみの巨大変調を実証
- フレキシブルなスピントロニクス素子のための新材料として期待 -
2025/04/03
発表のポイント
- 磁石の性質を示す窒化鉄(Fe4N)の薄膜が、磁化することで結晶がひずむ大きな磁気ひずみ(注1)を示すことを実証しました。
- 鉄の一部をコバルト(Co)で置き換えた(Fe,Co)4N薄膜ではCo置換量に依存して磁気ひずみの符号が反転するほど磁気ひずみを大きく変調できることを発見し、実験および理論の両面から磁気ひずみのメカニズムを明らかにしました。
- 窒化鉄は電子の電気と磁気の両方を活用できるスピントロニクス機能を示すことが知られており、今回発見した磁気ひずみの特性と合わせて活用することで、ひずみセンシングなどを行うこれまでに無いフレキシブルスピントロニクス素子の新材料として期待できます。
概要
身につけられる柔軟なエレクロニクス素子に磁石の特性を融合させるフレキシブルスピントロニクスは、ひずみセンサシートなどを実現できる分野として期待を集めています。しかし、センサの高感度化に向けては、大きな磁気抵抗効果(磁石の向きによって電気抵抗が変化する効果)などのスピントロニクス機能と同時に、ひずみに対して磁石の向きが敏感に変化する「磁気ひずみが大きな材料」を探し出すことが切望されていました。
今回、東北大学金属材料研究所の伊藤啓太助教と関剛斎教授は、同研究所の嶋田雄介助教(研究当時、現:九州大学准教授)、大学院工学研究科の遠藤恭教授、物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究センターのIvan Kurniawan博士研究員、三浦良雄グループリーダー(研究当時、現:京都工芸繊維大学教授)と共同で、Fe4N薄膜が大きな磁気ひずみを示すこと、Feの一部をCoで置き換えることで磁気ひずみの符号が反転するほど磁気ひずみを大きく変調できること、さらに実験結果と理論計算を比較することで大きな磁気ひずみが得られるメカニズムを解明しました。今回の成果は大きな磁気ひずみ特性を有するスピントロニクス材料の開発を加速し、将来のフレキシブルスピントロニクス素子の高感度化に大きく寄与すると期待されます。
本研究成果は、2025年3月26日付で材料科学分野の専門誌Communications Materialsにオンライン掲載されました。
研究の背景
電子が持つ電気(電荷)と磁気(スピン)の双方の特徴を組み合わせることで、高機能かつ低消費エネルギー動作可能なエレクトロニクス素子の創製を目指す研究分野はスピントロニクスと呼ばれ、大きな注目を集めています。ハードディスクドライブ(HDD)の読み取りヘッドや、電源が切れてもデータを保持できる不揮発性メモリの磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)は、スピントロニクス機能を使った代表的な応用例です。近年では、ウェアラブルデバイスやシート状のセンサなどフレキシブルな素子の実現に向けた新展開を見せており、フレキシブルスピントロニクスと呼ばれる新分野の発展が期待されています。しかしながら、例えばひずみセンサシートなどのフレキシブルスピントロニクス素子を実現するためには、わずかな変形を大きな電気抵抗の変化として検出する必要があることから、「大きな磁気抵抗効果」と同時に、ひずみに対して磁石の特性が敏感に変化するように「磁気ひずみをチューニング(変調)すること」が求められています。これまでの研究から大きな磁気抵抗効果を示すスピントロニクス材料は多く知られていますが、スピントロニクス材料の磁気ひずみをチューニングするという試みは皆無でした。
今回の取り組み
今回、研究グループは資源が豊富な元素から構成され、大きな磁気抵抗効果を示すことが知られている窒化鉄(Fe4N)、鉄の一部をコバルト(Co)で置き換えた(Fe,Co)4N、マンガン(Mn)で置き換えた(Fe,Mn)4N(図1)の磁気ひずみを系統的に調べました。単結晶チタン酸ストロンチウム(001)基板上にFe4N、Fe4-xMnxNおよびFe4-yCoyNの高品質な単結晶窒化物薄膜を作製し、結晶の[100]方向の磁気ひずみを測定したところ、Fe4N薄膜において大きな負の磁気ひずみ(-121 ppm)が観測されました。この値は、代表的な磁気ひずみ材料として広く知られているFe-Ga合金に迫る特性です。さらに、Fe4-yCoyN薄膜においてはコバルト置換量yを変えることで、符号変化を伴う磁気ひずみの巨大変調が実現され(図2(a))、Fe2.3Co1.7N薄膜においては大きな正の磁気ひずみ(+46 ppm)が観測されました。これらの結果は、Fe4NおよびFe4-yCoyNがフレキシブルスピントロニクス素子への応用に適した強磁性体材料であることを示しています。
研究グループは、この磁気ひずみの巨大変調のメカニズムを解明するために、他の磁気的特性(飽和磁化、磁気異方性、磁気ダンピング)のコバルト置換量依存性も調べ、磁気ひずみの依存性と比較を行いました。その結果、磁気ダンピング定数(注2)が磁気ひずみの絶対値と強い相関関係を持つことが明らかになりました。さらに、第一原理計算(注3)によりFe4-yCoyNが本質的に持つ磁気ダンピング定数と磁気ひずみの大きさを調べたところ、実験結果を良く再現することに成功し(図2(b))、フェルミ準位(注4)にある特定のd電子(注5)の状態密度(注6)が両者の値を決定する共通項であることを突き止めました。このことは、窒化鉄系においてこの電子の状態密度をより適切に制御できれば、より広範な磁気ひずみの変調や、さらに大きな磁気ひずみの実現を期待できることを意味しています。
今後の展開
今回得られた研究成果により、Fe4NおよびFe4-yCoyNがフレキシブルスピントロニクス素子に有用な強磁性材料であることが示されました。今後は、フレキシブルな基板材料の上に強磁性窒化物をベースとした磁気抵抗素子を作製し、磁気抵抗効果を使った高感度な外部応力応答の実証を目指します。窒化鉄系の強磁性材料は、環境負荷が少なく資源枯渇の心配が少ない元素で構成されていることも一つの大きな利点です。窒化鉄をベースとするフレキシブルな磁気抵抗素子を実現することで、将来的には大面積・安価で設置場所の自由度が高い、新原理フレキシブルひずみセンサシートの実現が見込めます。
謝辞
本研究は、JSPS科研費・挑戦的研究(萌芽)(JP22K18894)、基盤研究(S)(JP22H04966)、および文部科学省次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(JPJ011438)の支援を受けて実施されました。また、本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。
用語説明
(注1)磁気ひずみ
強磁性体材料を磁化することで結晶格子がひずむ特性。磁歪とも呼ばれる。磁化した方向に結晶が伸びる場合(磁気ひずみの符号が正)と縮む場合(磁気ひずみの符号が負)があり、材料によってその大きさと符号が異なる。逆効果として、強磁性体材料に外部応力をかけて結晶格子をひずませることで、磁化の方向を制御することも可能である。
(注2)磁気ダンピング定数
強磁性体の磁化の歳差運動に対する摩擦作用の大きさを示す定数。
(注3)第一原理計算
物質の様々な物理パラメータを量子力学のシュレディンガー方程式に基づいて、非経験的に自己無撞着に求めることができる計算手法。
(注4)フェルミ準位
物質内の電子は、その温度に応じて種々のエネルギーを持つ。電子が、絶対零度よりも高いある温度で、あるエネルギー準位を占める確率が0.5になる準位をフェルミ準位と言う。
(注5)d電子
電子軌道の一つにd軌道があり、そこにある電子をd電子と言う。d電子は、鉄などの遷移元素において磁石の性質を担っている。
(注6)状態密度
ある微小なエネルギー領域(準位)に存在している電子が占有しうる状態数。
論文情報
著者: Keita Ito*, Ivan Kurniawan, Yusuke Shimada, Yoshio Miura, Yasushi Endo, and Takeshi Seki
*責任著者: 東北大学金属材料研究所 助教 伊藤啓太
掲載誌: Communications Materials
DOI: 10.1038/s43246-025-00784-5