ステンレス鋼表面に発生する微小な腐食の出発点を見つける技術を開発
- 高耐食性の金属材料開発への貢献に期待 -
2025/04/25
発表のポイント
概要
ステンレス鋼は高い耐食性を有していますが、海水などの塩化物水溶液にさらされるなどの環境下では、表面の一部に腐食が発生することがあります。耐食性を向上させるためには、腐食の発生起点を正確に特定することが不可欠ですが、従来の手法では、腐食が進行すると起点部分が完全に溶解してしまい、どこで腐食が始まったのかを突き止めることが困難であるという課題がありました。
東北大学大学院工学研究科の西本昌史助教、氏原幸太大学院生、武藤泉教授は、ステンレス鋼表面に存在するサブミクロンの腐食の起点を特定できる手法を開発しました。ステンレス鋼に微弱な電流を流し、腐食発生の確認後に速やかに電流を遮断することで、直径500 nm程度の非常に小さな孔状の侵食を腐食起点の部分に発生させることに成功しました。金属が溶解するサイズを非常に小さく留めることが可能となり、腐食起点を特定することができます。今回開発した手法は、ステンレス鋼だけでなく、さまざまな金属材料にも適用することができ、高い耐食性を有する新合金の開発につながることが期待されます。
本成果は、2025年4月11日(現地時間)に腐食科学に関する学術誌Corrosion Scienceのオンライン版で公開されました。
研究の背景
ステンレス鋼は、高耐食材料として、さまざまな分野で使用されている鉄(Fe)にクロム(Cr)やニッケル(Ni)を添加した合金です。しかし、海水などの塩化物濃度が高い水溶液中では、孔食と呼ばれる局部的な腐食が発生する場合があります。孔食は、材料の一部に腐食が集中して生じ、短時間で貫通や破断などの損傷をもたらす危険な現象です。ステンレス鋼の孔食の発生起点を解明し、それを無害化することは、安全・安心な社会を支えるための重要な研究対象となっています。
ステンレス鋼をはじめとする金属材料の孔食は、多くの場合、非金属介在物や析出物などの化合物相や偏析部、結晶粒界など、材料中に存在する組成的・質的に不均一な部分を起点として発生します。このため、孔食が発生した材料の表面を光学顕微鏡や電子顕微鏡などにより観察し、孔食の発生起点を推察することが従来から行われてきました。しかし、孔食により金属材料表面の侵食が進行すると、発生起点そのものも溶解し消失してしまうため、起点の特定が非常に困難であるという課題がありました。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科の西本昌史助教、氏原幸太大学院生、武藤泉教授の研究チームは、ステンレス鋼表面に微弱な電流を流し、孔食の発生と共に電流を遮断することにより、直径500 nm程度の非常に小さな孔食を耐孔食性が最も低い部分に発生させる手法を開発しました。侵食のサイズを非常に小さくすることが可能で、孔食の発生起点が溶解し消失してしまうことを防ぐことができます。このため、ステンレス鋼表面に存在するサブミクロンの孔食起点を正確に特定することに成功しました。
金属材料の耐孔食性の評価試験では、試験片の電位を少しずつ高くしていき、孔食の発生により金属の溶解電流が大きく増加した後に電位の増加を停止するという手法が一般的です(図1a)。この手法は、材料間の耐孔食性の優劣を、電流が大きく上昇する臨界電位により比較できます。しかし、孔食の発生とともに大きな溶解電流が流れ金属の溶解が速く進行するため、孔食による侵食部の直径は短時間で50 µm程度まで広がります。孔食が大きく成長しているため、発生起点を解析することは困難です。
これに対し、開発した手法では、微弱な電流を流すことで侵食部の成長を抑制することが可能で、孔食が発生しても、その直径を500 nm程度に抑制することができます(図1b)。孔食の発生は電流値ではなく、電位の変化にて検出することで、ごく初期の段階での検知が可能となり、孔食の成長も抑制でき、結果としてサブミクロンの起点を残存させることができました。

図1. (a)一般的な耐孔食性の評価試験と、それによりステンレス鋼の表面に発生した孔食の光学顕微鏡写真。(b)本研究で開発した手法と、それにより形成した孔食の走査型電子顕微鏡写真。(a)と(b)の孔食の写真は、撮影倍率が約2桁異なる。
本研究では、航空機や自動車、化学プラントなどの部品として広く利用されている高強度で高耐食性の析出硬化系ステンレス鋼(Fe-15%Cr-4%Ni-3%Cu-0.2%Nb)の塩化ナトリウム水溶液中における孔食の発生起点を特定することに成功しました。このステンレス鋼は、熱処理により銅(Cu)を析出させることで強度を向上させています。これまで、このステンレス鋼の孔食の発生起点は、熱処理により析出したCu相だと考えられていました。しかし、実際にはCu相ではなく、直径200 nm程度の硫化マンガン(MnS)介在物であることを突き止めました(図2)。これは、ステンレス鋼の製造工程で微量添加されるマンガン(Mn)と、完全に除去しきれない硫黄(S)が化合して残存したものです。従来の耐孔食性評価では、腐食の進行に伴い孔食の発生起点が消失してしまうため見落とされていました。この発見により、MnS介在物を除去するための表面処理や、微量添加元素によるMnS介在物の組成制御などを通じて、耐食性を向上させることができると考えられます。
今後の展開
孔食の発生起点を解明することにより、耐孔食性を向上させるための適切な手段を実施することができます。本研究で開発した手法は、ステンレス鋼だけではなく、アルミニウム合金やマグネシウム合金などさまざまな金属材料の腐食の発生起点の解明にも応用することができ、高い耐食性を有する新合金の開発を促進することが期待されます。
謝辞
本研究は、日本学術振興会JSPS科研費JP21K18804、JP22H00254、JP23K13569の助成を受けて行われました。また、掲載論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
用語説明
(注1)ステンレス鋼
鉄(Fe)に約11%以上のクロム(Cr)を添加して耐食性を高めた鋼。成分と製造方法によって特性が異なるオーステナイト系、析出硬化系、フェライト系、マルテンサイト系などがあり、それぞれ異なる用途で使われている。
(注2)孔食
塩化物イオン(Cl−)などの侵食性化学種の作用により、金属表面に局部的な電池ができ、電気化学反応で孔状の小さな腐食が生じる現象。
(注3)電位
金属などの物質の帯電状態をあらわすパラメータであり、プラスに帯電しているほど高い値となる。
(注4)サブミクロン
マイクロメートル(µm)の10分の1程度。
論文情報
著者: Kota Ujihara*1, Masashi Nishimoto*2, Izumi Muto
責任著者: *1東北大学大学院工学研究科 大学院生 氏原 幸太
*2東北大学大学院工学研究科 助教 西本 昌史
掲載誌: Corrosion Science
DOI: 10.1016/j.corsci.2025.112939
お問合せ先
東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 助教 西本 昌史
TEL:022-795-7299
E-mail:masashi.nishimoto.b8@tohoku.ac.jp