津波リスクへのパラメトリック型保険の適用手法を開発

- 保険金支払額と実際の損害額の不一致を最小化 -

2025/08/04

発表のポイント

  • 自然災害による損害の保障において、「パラメトリック型保険」が近年注目されています。事前に定められた災害指標(震度や風速など)を適用することで、保険金を迅速に支払うことができます。しかし、津波のような複雑な自然現象には適用が難しいことが課題とされています。
  • 本研究では、確率論的津波リスク評価(PTRA)(注1)を用いて、津波パラメトリック型保険におけるベーシスリスク(保険金支払い額と実際の損害の不一致)を定量化し、リスクを最小化するモデルを開発しました。
  • このモデルを仙台港に適用した結果、浸水深または現在ある複数の観測点を保険金支払いの指標とすることで、ベーシスリスクが大幅に低減することが示されました。

概要

保険は災害によるリスク低減のための重要な手法の一つです。パラメトリック型保険は、事前に定められた災害指標に基づいて保険金が支払われる仕組みで、災害後に現場で被害の査定が行われる従来型の保険とは異なり、たとえ広域であっても保険金を迅速に支払うことが可能となります。しかし津波のように複雑な自然災害に対しては適切な指標の作成が難しく、普及は限定的でした。

東北大学大学院工学研究科の三木優志大学院生と災害科学国際研究所のサッパシー アナワット准教授らのチームは確率論的津波リスク評価(PTRA)を用いて、津波パラメトリック型保険におけるベーシスリスク(保険金支払い額と実際の損害の不一致)を定量化し、そのリスクを最小化するための最適化モデルを開発しました。このモデルを仙台港に適用した結果、浸水深を保険金支払いの指標とすることでベーシスリスクが大幅に低減しました。さらに複数の指標の組み合わせで支払い精度が向上し、より実損害に即した保険設計が可能であることも確認されました。本研究成果は科学誌npj Natural Hazardsに2025年7月21日に掲載されました。

研究の背景

近年、気候変動の影響により自然災害による経済損失は増加し続けています。しかし、災害リスクに対する保険の整備は十分とは言えず、補償ギャップ(経済損失と保険金支払いの差)が世界的な課題となっています。

この課題に対し、パラメトリック型保険は有力な解決策のひとつです。パラメトリック型保険は、事前に定められた災害指標(震度や風速)に基づいて保険金が支払われる仕組みであり、従来型保険では補償対象外となる損失にも対応できるほか、基準が明確なため透明性が高く、災害後の現場での被害査定や調査が不要なので迅速な支払いが可能です。

一方で、パラメトリック型保険ではベーシスリスク(実際の損害と保険金支払いの不一致)が大きな課題となっています。支払い金額の不足は災害復旧の妨げとなり、一方で過剰な支払いは保険料の上昇に繋がる可能性があります。また、津波のように複雑で広域な自然災害に対しては適用が難しく、普及は限定的でした。

今回の取り組み

本研究ではこの課題に対し、最適化モデルによってベーシスリスクを最小化する手法を提案しました。津波リスク評価には確率論的津波リスク評価(PTRA)を採用し、将来発生し得る複数の津波シナリオに基づき、損害額と保険金支払いの関係を定量的に分析する手法です。津波の高さや浸水深といった支払いのための指標を用いて、最適な支払い条件を導き出しました。

仙台港を対象とした試算では、宮城県沖で発生する地震・津波の225通りのシナリオを用いて、仙台港の643の構造物(倉庫やクレーンなど)に対して最適化モデルを当てはめました。検潮所での津波の高さを指標とした結果、構造物への支払い不足を低減しつつ、過剰な支払額を平均60.9%削減することに成功しました。これは、従来型の保険と同程度の支払いが実現すると同時に、最適化によって保険料を60.9%削減できる可能性を示しています。

さらに、陸上での津波浸水深(防潮堤を超えた津波の浸水深)を災害指標として用いた場合、過剰な支払いは95.6%低減し、ベーシスリスクを低減するための最も有効な指標であることが示唆されました。しかし、陸上の津波浸水深の観測には観測点の整備や情報の信頼性などの課題が残ります。そのため、複数の異なる津波指標を組み合わせる支払い設計を検討しました。仙台港と宮城県沖の観測点での津波の高さの情報を同時に利用することで、過剰な支払い額は81.4%低減し、現実的かつ効果的にベーシスリスクを低減することを確認しました。

今後の展開

本研究は、津波パラメトリック型保険における支払設計を最適化するものです。保険料の適正化により、保険への信頼性が高まることで、津波パラメトリック型保険の普及に繋がる可能性があります。それにより、津波による被害リスク全体の低減に寄与することが期待されます。

また、仙台港以外の地域への応用や、津波以外の自然災害への適用も期待できます。


図1. 津波パラメトリック型保険の仕組み。津波指数(例:津波の高さ)が事前に定められた基準を満たした場合、保険金が支払われます。

図2. パラメトリック型保険の導入前後のリスクの変化。仙台港の構造物が非常に大きな被害を受ける際の平均期待損失率(構造物の修理費用を全体の再建費用で割った値)を示しています(年間発生確率が0.1%以下という極めて稀なイベントが発生した場合の例)。導入前(左)は修理費用が再建費用の上限に近い構造物が多く、導入後(右)は修理費用が再建費用より低く余裕がある状態になっています。これは、パラメトリック型保険による支払いにより、修理費用の一部が補償されるためです。

図3. 異なる指標を使用した場合のベーシスリスクの低減率。陸上の観測点を使用した場合に最もベーシスリスクを低減できる可能性を示しています。

謝辞

本研究はスイス・リー・インターナショナル・エスイー日本支店との共同研究を通じて実施しました。

用語説明

(注1)確率論的津波リスク評価(PTRA)

将来の津波被害が「どのくらいの規模で、どのくらいの確率で起こるか」を評価する確率論的手法。過去の地震記録やプレートの動きなどの情報をもとに、将来起こりうる複数の津波シナリオを設定し、それぞれの被害規模と発生確率を計算します。

論文情報

タイトル: A proposed approach towards minimizing basis risk in tsunami parametric insurance scheme
著者: Yushi Miki*, Constance Ting Chua, Anawat Suppasri, An-Chi Cheng, Tomoya Iwasaki, Yugo Shinozuka, Takafumi Ogawa and Fumihiko Imamura
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 大学院生 三木 優志
掲載誌: npj Natural Hazards
DOI: 10.1038/s44304-025-00127-x

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学災害科学国際研究所 准教授 サッパシー アナワット
TEL:022-752-2090
E-mail:suppasri.anawat.d5@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学災害科学国際研究所 広報室
TEL:022-752-2049
E-mail:irides-pr@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
ニュース

ニュース

ページの先頭へ