ひずみ状態が逆でも同じ磁気特性

- 成長誘導磁気異方性が支配する新しい磁性材料作製法を確立 -

2025/12/04

発表のポイント

  • 多くの磁気光学デバイスへの応用が期待されているセリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)(注1)膜において、基板の結晶構造の特性(格子定数)に依存しない垂直磁気異方性(注2)の実現に成功しました。
  • 磁化されやすさの方向の特性である磁気異方性の起源が成長誘導磁気異方性(注3)であることを定量的に解明し、その寄与が従来重視されていた弾性磁気異方性を大きく上回ることを実証しました。
  • 本成果により、基板選択の制約を超えた磁気光学材料設計が可能となり、光通信デバイスや次世代磁気デバイスの開発加速が期待されます。

概要

磁性ガーネット薄膜、特にセリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)は、優れた磁気光学効果を示すため、情報通信・処理デバイスへの応用が期待されています。これらのデバイスでは、膜面に垂直な磁化配向(垂直磁気異方性)が重要です。従来、Ce:YIG薄膜の垂直磁気異方性は、基板と薄膜の格子定数差によって生じる格子ひずみ(弾性磁気異方性)で制御されると考えられ、基板選択が材料設計の自由度を制約していました。

東北大学、豊橋技術科学大学、信越化学工業株式会社、マサチューセッツ工科大学による国際共同研究グループは、イオンビームスパッタ法を用いて、格子定数の異なる2種類のガーネット基板上にCe:YIG膜を成膜しました。両薄膜は逆符号の格子ひずみ状態にあるにもかかわらず、いずれも明瞭な垂直磁気異方性を示しました。詳細な解析の結果、成長誘導磁気異方性の寄与が弾性磁気異方性の寄与を1桁上回ることが明らかになりました。X線回折測定により、セリウムとイットリウムの原子配列に規則性があることを確認し、これが成長誘導磁気異方性の起源であることを実証しました。

本成果は11月25日(現地時間)、米国化学学会が発行する国際専門誌ACS Applied Optical Materialsに掲載されました。

研究の背景

セリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)は、近赤外領域で大きなファラデー効果と低い光吸収を示すため、光通信用アイソレータやレーザー用Qスイッチなど、多くの磁気光学デバイスへの応用が期待されています。

近年、これらのデバイスに加えて、磁気光学回折を利用したハイパワーレーザー、3次元ディスプレイ、ニューラルネットワーク素子、乱数生成器など、微細な磁区(注4)構造と垂直磁気異方性を必要とする新しい応用が登場しています。

従来、Ce:YIG薄膜の垂直磁気異方性は、基板と薄膜の格子定数を精密に調整することで、格子ひずみに起因する弾性磁気異方性を制御することで実現されてきました。例えば、約100 nm厚のCe:YIG(Ce1Y2Fe5O12)膜をパルスレーザー堆積(PLD)法でGGG基板上に成長させた研究では、面内圧縮ひずみ状態にあり、面内磁化を示し、弾性磁気異方性だけでは垂直磁気異方性を実現できませんでした。

一方、別のPLD条件下で作製された65 nm厚のCe:YIG薄膜では垂直磁気異方性が報告され、成長誘導磁気異方性の寄与が示唆されましたが、定量的な評価は行われていませんでした。このような、垂直磁気異方性を得るには、弾性磁気異方性が必要不可欠であるという従来の考え方は、基板選択を制約し、応用範囲を限定していました。

今回の取り組み

本研究では、ひずみ状態に依存しない垂直磁気異方性の実現を目指し、高周波イオンビームスパッタ(RF-IBS)法を用いて、異なるガーネット基板上にCe:YIG薄膜を成長させました。

10 mm × 10 mmのGGG基板(格子定数1.2369 nm)とSGGG基板(格子定数1.2499 nm)を用いて、基板温度810±30℃で同時に成膜を行いました。膜厚は129±4.5 nmでした。

X線回折(XRD)測定により、Ce:YIG/GGGは面直方向に引張ひずみ(格子ミスマッチ+0.38%)、Ce:YIG/SGGGは面内方向に引張ひずみ(格子ミスマッチ–0.12%)を持つことが確認されました。透過型電子顕微鏡(TEM)観察では、両薄膜ともに基板との界面でコヒーレント成長を示し、高品質なエピタキシャル膜であることが確認されました。

磁気特性測定の結果、両薄膜ともに飽和磁化135~138 kA/m、保磁力2~3 mT、飽和磁場約70 mTの明瞭な垂直磁気異方性を示しました。磁気異方性エネルギーは、Ce:YIG/GGGで14.9±0.5 kJ/m3、Ce:YIG/SGGGで18.9±0.7 kJ/m3でした。

磁区観察では、両薄膜ともに幅約219 nmのラビリンス状磁区構造が観察されました。これは従来報告されていた10~100 mmの磁区サイズよりも大幅に小さく、デバイス応用に適した微細構造です。

研究グループは、磁気異方性エネルギーを、結晶磁気異方性、弾性磁気異方性、静磁異方性、成長誘導磁気異方性の4つの項に分解して解析しました。

第一のシナリオとして、両薄膜が異なる成長誘導磁気異方性を持ち、磁気ひずみ定数l111が文献値+1.29×10–5であると仮定すると、Ce:YIG/GGGの成長誘導磁気異方性は3.66 kJ/m3、Ce:YIG/SGGGでは37.2 kJ/m3となりました。これは、他の混合ガーネット薄膜で報告されている1~10 kJ/m3の範囲を超える値であり、基板格子定数への強い依存性を示唆しています。

第二のシナリオとして、両薄膜が同じ成長誘導磁気異方性を持つと仮定すると、l111= –1.73×10–6、成長誘導磁気異方性29.4 kJ/m3となります。

いずれのシナリオでも、成長誘導磁気異方性の寄与が弾性磁気異方性を大きく上回り、基板ひずみに依存しない垂直磁気異方性の実現に主要な役割を果たしていることが明らかになりました。

XRD-GADDS測定により、完全なガーネット格子では禁制となる(110)反射ピークが観測され、12面体サイトにおけるセリウムとイットリウムの原子配列に規則性があることが確認されました。これが成長誘導磁気異方性の起源となっています。

磁気光学特性では、1064 nm波長で–1.05°/mmのファラデー回転、74.7°/dBの性能指数を達成し、従来のCe:YIG/YAG薄膜の1.6倍の性能を示しました。飽和に必要な磁場は70 mTで、他の報告値(140~240 mT)よりも大幅に小さく、実用的なデバイス応用に適しています。

3次元マイクロ磁気シミュレーション(注5)により、磁壁構造をスーパーコンピュータ「富岳」(注6)を用いて解析したところ、薄膜表面近傍ではネール型(面直回転)、膜厚中央部ではブロッホ型(面内回転)の混合型磁壁構造を持つことが明らかになりました。このような複雑な3次元磁壁構造は、従来の2次元解析モデルでは予測できない新知見です。


図1. 基板ひずみの符号が逆でも同じ垂直磁気異方性を実現
(a) Ce:YIG/GGG、(b) Ce:YIG/SGGGの磁化曲線。赤線は面直方向、黒線は面内方向の磁化を示す。Ce:YIG/GGGは面直引張ひずみ(格子ミスマッチ+0.38%)、Ce:YIG/SGGGは面内引張ひずみ(格子ミスマッチ−0.12%)と、逆符号のひずみ状態にあるにもかかわらず、両薄膜ともに明瞭な垂直磁気異方性を示している。これは、磁気異方性が基板ひずみによる弾性磁気異方性ではなく、成長誘導磁気異方性(マグネトタキシャル異方性)によって主に決定されていることを示す決定的な証拠である。飽和磁場は約70 mTで、従来報告値(140~240 mT)よりも大幅に小さく、実用デバイスへの応用に適している。

図2. デバイス応用に適した微細磁区構造の観察
(a) 偏光顕微鏡の測定系概略図。波長470 nmのレーザー光を用いて、Ce:YIG薄膜の磁区構造を観察した。(b) 観察された典型的なラビリンス状磁区パターン。(c) 磁区の線プロファイルとボルツマン・シグモイド関数によるフィッティング結果。磁区幅は約219 nm、磁壁幅は約169 nmと決定された。(d) 面直磁化曲線と初期磁化曲線(緑線)。(e)~(m) 外部磁場印加による磁区構造の変化。磁区幅は従来報告されていた10~100 mmよりも大幅に小さく、磁気光学回折デバイスやスピントロニクスデバイスなど、微細磁区構造を必要とする次世代デバイスへの応用に適した構造である。

図3. スーパーコンピュータで明らかになった複雑な磁壁構造
(a) 3次元マイクロ磁気シミュレーションで計算した磁区パターンの鳥瞰図。色は膜面に垂直な方向の磁化成分によって変化しており、赤が上向き、青が下向きの磁化を示す。計算結果は実験で観察された磁区半周期(352 nm)とよく一致している。(b) 磁区と磁壁の断面構造。矢印は磁化の方向、色は面直磁化成分の大きさを示す。薄膜表面近傍では磁化が面直方向に回転するネール型磁壁、膜厚中央部では面に面内方向に回転するブロッホ型磁壁の特徴を持つ、混合型の複雑な3次元磁壁構造を形成していることが明らかになった。このような構造は従来の2次元解析モデルでは予測できず、大規模3次元シミュレーションによって初めて明らかになった新知見である。磁壁幅は約50 nmと計算された。

今後の展開

本研究により、高周波イオンビームスパッタ法で作製したCe:YIG薄膜の垂直磁気異方性が、基板ひずみによる弾性磁気異方性ではなく、成長誘導磁気異方性によって主に決定されることが明らかになりました。これにより、基板選択の制約を超えた磁気光学材料設計が可能となります。

今後は、成長条件(温度、圧力、成膜速度など)と成長誘導磁気異方性の関係を系統的に調査し、異方性制御方法を発展します。また、他の希土類元素置換ガーネットへの展開により、波長域や磁気特性の向上を図ります。

さらに、微細磁区構造を利用した磁気光学回折デバイス、スピントロニクス(注7)デバイス、マグノニクス(注8)デバイスへの応用展開を進めます。本技術は、次世代磁気光学デバイスの実用化を加速する重要な基盤技術となることが期待されます。

謝辞

今回の研究は、東北大学電気通信研究所、同大学大学院工学研究科、豊橋技術科学大学、信越化学工業株式会社、米国マサチューセッツ工科大学が共同で実施しました。独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:20H02593、23H01439、23K17758、24KJ0391)、JSPS二国間交流事業(JPJSBP120249401)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP20004)、公益財団法人天田財団、公益財団法人稲盛財団、文部科学省世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2114)、豊橋技術科学大学、スーパーコンピュータ「富岳」HPCIシステム利用研究課題(課題番号:hp240340)、米国国立科学財団(NSF OMA-2326754、ECCS-2328839)の支援を受けて行われました。また、東北大学電気通信研究所研究基盤技術センター、東北大学電気通信研究所附属ナノ・スピン実験施設、東北大学ナノテク融合技術支援センター、東北大学金属材料研究所国際共同利用・共同研究拠点、東北大学サイバーサイエンスセンターの支援を受けて実施されました。

用語説明

(注1)セリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)

本論文では、Ce0.9Y2.1Fe5O12の化学組成を持つ磁性ガーネット。ガーネット構造(化学式R3Fe5O12)において、希土類Rのサイトの一部をセリウムで置換した材料。セリウムイオンの4f-5d電子遷移により、近赤外領域で大きなファラデー回転角(本研究では1064 nm波長で–1.05°/mm)を示す。光通信用アイソレータ、Qスイッチレーザー、スピントロニクス素子などへの実用化が検討されている。垂直磁気異方性と優れた磁気光学効果を併せ持つことが特徴。

(注2)垂直磁気異方性(PMA)

磁性材料において、磁化が薄膜面に垂直な方向を向きやすい性質。磁気異方性エネルギーが正の値を持つとき、垂直磁化が安定となる。微細な磁区構造の形成に必要不可欠な特性であり、磁気光学デバイスや磁気記録デバイスの高性能化に重要。

(注3)成長誘導磁気異方性(マグネトタキシャル異方性)

薄膜成長過程において、特定の結晶サイト(本研究では12面体サイト)を占める原子(セリウムとイットリウム)の配列に規則性が生じることで発現する磁気異方性。結晶成長の方向性に依存し、格子ひずみとは独立した異方性寄与を与える。本研究では、この異方性が最大約30 kJ/m3に達し、弾性磁気異方性を大きく上回ることを発見した。

(注4)磁区・磁壁

磁性材料において磁化の向きが同じ方向に揃った領域を磁区と呼び、異なる磁区同士の境界部分が磁壁となる。磁壁は磁化の回転様式により、面直方向に回転するネール壁と面内方向に回転するブロッホ壁に分類される。本研究では、3次元マイクロ磁気シミュレーションにより、薄膜表面近傍ではネール型、膜厚中央部ではブロッホ型の両者が混在する混合型磁壁構造を確認した。磁壁幅は約50 nm、磁区半周期は約344 nmであった。

(注5)マイクロ磁気シミュレーション

磁性体内の磁化分布とその時間発展を数値計算で予測する手法。交換相互作用、磁気異方性、静磁相互作用などを考慮して磁気構造を計算する。本研究では、富士通の磁界シミュレータ「EXAMAG」を用い、5 mm × 5 mm × 130 nmのモデルを10 nm立方のメッシュで離散化し、東北大学スーパーコンピュータ「AOBA-B」および理化学研究所スーパーコンピュータ「富岳」による並列計算を実施した。

(注6)スーパーコンピュータ「富岳」

スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所が設置し、2021年3月から共用を開始した計算機。2025年6月のGraph500ランキングで11期連続1位を獲得。また、TOP500では7位、HPCG(High Performance Conjugate Gradient)では2位、HPL-AI Mixed Precision(HPL-MxP、旧名HPL-AI)では6位を獲得するなど、世界トップレベルの性能を持つ。

(注7)スピントロニクス

電子が持つ電荷の性質だけでなく、電子のスピン(磁気的性質)も活用してデバイスの機能を実現する新しい電子技術分野。従来の半導体技術を超えた低消費電力・高機能デバイスの創出を目指している。磁性ガーネット薄膜は、低ギルバート減衰定数と高速磁壁移動特性により、スピントロニクスデバイスへの応用が期待されている。

(注8)マグノニクス

磁性材料中のスピン波(マグノン)を情報伝達に利用する新技術分野。磁気波の持つ波動特性や干渉現象を活用し、従来の電子デバイスでは実現困難な超低消費電力での情報処理技術の確立を目指す研究領域。鉄ガーネット材料は、強磁性共鳴やスピン波の観測に広く用いられている。

論文情報

タイトル:Magnetotaxial Perpendicular Magnetic Anisotropy and Enhanced Faraday Rotation in Ion Beam Sputtered Cerium-Substituted Yttrium Iron Garnet
著者:Taichi Goto*, Takumi Koguchi, Yuki Yoshihara, Hibiki Miyashita, Kanta Mori, Toshiaki Watanabe, Allison C. Kaczmarek, Pang Boey Lim, Mitsuteru Inoue, Caroline A. Ross, Kazushi Ishiyama
*責任著者: 東北大学電気通信研究所 准教授 後藤太一
掲載誌: ACS Applied Optical Materials
DOI: 10.1021/acsaom.5c00496
※ 著者のうち、Yuki Yoshihara (吉原優紀)氏およびKanta Mori(森冠太)氏は研究当時、また、Takumi Koguchi(高口 拓己)氏、Hibiki Miyashita(宮下 響)氏は大学院工学研究科に在籍

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 電気通信研究所 准教授 後藤 太一
TEL:022-217-5489
E-mail:taichi.goto.a6@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学電気通信研究所 総務係
TEL:022-217-5420
E-mail:riec-somu@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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