磁気ハイパーサーミアとリンパ系送達法の融合による低侵襲ながん転移治療法を確立

- リンパ系送達法による低侵襲な転移抑制効果 -

2025/12/04

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科電気エネルギーシステム専攻 准教授 桑波田 晃弘
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発表のポイント

  • がん細胞を熱で死滅させる磁気ハイパーサーミア装置(注1)について、治療部位の温度を精密に制御できる仕組みを新たに開発しました。
  • 新たに開発した装置とリンパ系送達法を組み合わせることで、ヒトと同等の大きさのリンパ節を有するリンパ節転移モデルマウスにおいて、明らかな副作用を伴うことなく転移の進行を抑制することに成功しました。
  • 加熱を行っていない遠隔転移部位(肺)でも腫瘍抑制効果が現れました。
  • リンパ節手術に代わる非侵襲的ながん治療法として、早期がん患者への応用が期待されます。

概要

がんのリンパ節転移は、がんの進行や再発、患者の予後を大きく左右する重要な過程です。転移リンパ節の外科的切除は有効である一方、侵襲性が高く、副作用のリスクが避けられません。磁性ナノ粒子(注2)を用いた磁気ハイパーサーミアは、放射線や抗がん剤を使わずにがん細胞を熱で死滅させる低侵襲・高安全性の治療技術として注目されています。

東北大学大学院工学研究科の桑波田晃弘准教授、大学院歯学研究科のアリウンブヤン・スフバートル助教、ならびに大学院医工学研究科の小玉哲也教授、薮上信教授らによる共同研究グループは、ヒトと同等の大きさのリンパ節を有するリンパ節転移モデルマウスを用いて、転移リンパ節に磁性ナノ粒子を注入し、外部磁場により局所的に加熱することでがん増殖を効果的に抑制することに成功しました。さらに、加熱を行っていない遠隔転移部位(肺)でも腫瘍抑制効果が現れ、免疫応答を介した全身的ながんの抑制効果が確認されました。これらの成果は、リンパ節転移を標的とした非侵襲・免疫活性化型治療という新たなパラダイムを提示するものであり、将来的な臨床応用に向けた道を切り拓くものです。

本研究成果は、2025年11月25日付で Scientific Reports(電子版)に掲載されました。

研究の背景

がんのリンパ節転移は、がん治療の最重要課題の一つです。外科的切除は一定の効果を示すものの、侵襲性が高く、術後合併症や免疫低下などの問題を伴います。これに対し、磁性ナノ粒子を用いた磁気ハイパーサーミアは、放射線・抗癌剤を用いずに外部磁場による局所加熱でがん細胞を死滅させる安全な治療法として注目されています。しかし、腫瘍細胞を選択的に標的化し、免疫応答の要であるリンパ節の機能を損なわずに治療するには、治療部位の精密な温度制御技術ならびに転移リンパ節への局所的な治療が不可欠です。リンパ系送達法は、リンパ節への選択的な薬物集積を可能とし高い治療効果が期待できます。

今回の取り組み

研究グループは、ヒトと同等の大きさのリンパ節を有するリンパ節転移モデルマウスを用い、磁気ハイパーサーミアとリンパ系送達法を組み合わせた治療を実施しました。精密な温度制御が可能な磁気ハイパーサーミア装置を開発し、リンパ節に直接投与した磁性ナノ粒子を外部磁場によって加熱することで、標的部位の温度上昇を正確に制御できることを実証しました。

病理学的解析の結果、がん細胞を殺傷する役割を有するM1型マクロファージへの極性化および細胞障害性T細胞の活性化が観察され、これらが免疫応答を介した腫瘍抑制の引き金となることが示唆されました。さらに遠隔転移部位(肺)においても腫瘍増殖の抑制が認められ、局所治療が全身免疫を誘導する可能性が明らかになりました。

今後の展開

本研究により、転移リンパ節のみならず遠隔転移部位に対しても腫瘍を抑制する効果が示されました。この成果は、リンパ節を標的とした非侵襲・免疫活性化型治療として、臨床応用に向けた重要な一歩となります。特に、リンパ節転移前(N0)段階の早期がん患者への適用が期待されており、研究グループは今後、温度条件や投与条件を最適化しながら、治療効果と安全性の両立を検証する医療機器開発を進めていきます。この取り組みは、がん治療の新たな選択肢を社会に提示する挑戦として発展していく予定です。


図1. 磁気ハイパーサーミアとリンパ系送達法の融合による低侵襲ながん転移治療法(注3)
本研究グループが提唱する新しい治療法では、原発巣から転移したリンパ節に磁性ナノ粒子を注入し、磁気ハイパーサーミアにより局所的にがん細胞を熱で死滅させる。本研究では治療を行った転移リンパ節だけでなく、遠隔転移先の肺においても腫瘍抑制効果が認められ、局所治療と全身免疫活性化を同時に達成する新たながん治療の概念を提示した。

図2. 治療部位の温度を精密に制御できる磁気ハイパーサーミア装置
本研究グループが開発した磁気ハイパーサーミア装置は、リンパ節転移モデルマウスに投与された磁性ナノ粒子の温度を精密に制御可能である。安全な治療温度を維持することで、がん細胞を熱で死滅させる低侵襲・高安全性の治療技術として期待される。

謝辞

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(桑波田晃弘:JP23H03721、JP23K28410;Ariunbuyan Sukhbaatar:JP20K20161、JP22K18203;小玉哲也:20K20161, 22K18203、JP23H00543、JP25K21824)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(23he0422030j0001、24he0422030j0002:桑波田晃弘)、池谷科学技術振興財団(桑波田晃弘)、上原記念生命科学財団(桑波田晃弘)、中谷医工計測技術振興財団(桑波田晃弘)、UCL-Tohoku University Strategic Partner Funds(桑波田晃弘)、 鈴木謙三記念医科学応用研究財団(Ariunbuyan Sukhbaatar)、2025年競輪とオートレースの補助事業(小玉哲也)の支援を受けて実施されました。

用語説明

(注1)磁気ハイパーサーミア装置

がんの部位に投与した磁性体を外部から交流磁場を印加することで発熱させ、その熱によりがん細胞を死滅させることができる治療装置。

(注2)磁性ナノ粒子

ナノメートルサイズの磁性体(主に酸化鉄)で、交流磁場を印加すると発熱する特性を持つ。生体適合性が高く、がん細胞を選択的に加熱して死滅させる治療への応用が進められている。

(注3)リンパ節転移治療法

がん細胞が転移の起点とするリンパ節を早期に治療することで、遠隔転移の発生を未然に防ぎ、再発を抑えることを目指す治療戦略。

論文情報

タイトル:Magnetic hyperthermia using iron oxide nanoparticles via LDDS suppressed lymph node and lung metastasis in a mouse model
著者:Akihiro Kuwahata, Ariunbuyan Sukhbaatar, Akihiro Shikano, Loi Tonthat, Takayuki Kagami, Riku Shinohara, Shiro Mori, Shin Yabukami*, and Tetsuya Kodama*
*責任著者: 東北大学大学院医工学研究科 教授 小玉哲也、教授 薮上信
掲載誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-025-25808-5

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院医工学研究科 腫瘍医工学分野 教授 小玉 哲也(こだま てつや)
TEL:022-717-7583
Email:kodama@tohoku.ac.jp
東北大学 大学院医工学研究科 生体電磁エネルギー医工学分野 教授 薮上 信(やぶかみ しん)
TEL:022-795-7059
Email:shin.yabukami.e7@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学大学院医工学研究科 総務係
Email:bme-pr@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
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