6G通信に向けたテラヘルツ光スイッチを開発
―単層シリコン基板で導波路とMEMSの一体化を世界初実証―
2026/05/07
発表のポイント
概要
スマートフォンやIoT機器の普及により通信量は年々増加しており、次世代の6G通信では、より高速・大容量のデータ通信を実現する新技術が求められています。その有力な候補として「テラヘルツ波」と呼ばれる高周波の電波が注目されており、これを効率よく扱う小型・省電力デバイスの開発が重要となっています。中でも、テラヘルツ波の通り道を切り替えやオン・オフの制御を行う光スイッチなどの動的変調デバイスの実現は不可欠です。
東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の金森義明教授らの研究グループは、このテラヘルツ波帯で動作する光スイッチを開発しました。本研究では、微小な機械構造を駆動するMEMS(注4)技術を活用し、従来よりもシンプルな単層のシリコン基板上にデバイスを形成することに成功しました。動的制御が可能なデバイスを簡素な構造で実現した点も大きな特長です。
開発したデバイスは、300GHzという高い周波数で優れたスイッチ性能(消光比13.69dB)を示し、消費電力も3.6mWと低く抑えられています。これにより、将来の6G通信機器や高性能センサーなどに向けた、より小型で省エネルギーなシステムの実現に貢献することが期待されます。
本研究成果は2026年4月16日に、科学誌IEEE Transactions on Terahertz Science and TechnologyにEarly Access(オンライン早期公開)として掲載されました。
研究の背景
スマートフォンやIoT機器の普及により通信量は増加し続けており、6G通信では、テラヘルツ波帯を活用した超高速・大容量通信技術の実現が期待されています。
こうしたテラヘルツ波を実用的に扱うためには、信号の生成・伝送・制御をチップ上で一体化する「テラヘルツ用フォトニック集積回路(PIC)」の実現が重要です。しかしこの分野は世界的にもまだ研究開発の初期段階にあり、デバイス構造や集積技術の確立が急務となっています。
従来の光通信向けPICはシリコン導波路(光の通り道)を用いて発展してきましたが、テラヘルツ波領域では誘電体損失の影響が顕著となるため、導波路には低損失な高抵抗シリコンを用いる必要があります。一方で、MEMSによる可動構造の駆動には電圧印加が可能な導電性も必要であり、過度に高抵抗な材料では駆動が困難になります。このように、低損失伝搬と電気的駆動性という相反する要求を同時に満たすことが課題でした。
特に、信号のオン・オフや経路を切り替える光スイッチのような動的変調デバイスは、テラヘルツPICにおいて重要な要素です。しかし、低損失伝搬と高効率な可動制御を両立しながら、複雑な多層構造に依存しないシンプルなデバイス構造を実現することは容易ではありませんでした。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の金森義明教授、千葉滉平大学院生(研究当時)らの研究グループは、こうした課題を解決するために、テラヘルツ波の伝搬損失を低減しつつ、シリコンへ電圧印加が可能な抵抗率を持たせるという、両者のバランスを取った設計を採用しました。
さらに、高抵抗単結晶シリコンの単層基板上に、導波路とMEMS構造を一体的に形成する新しいデバイス構造を実現しました。本デバイスは、単層シリコン基板上にテラヘルツ導波路と可動機構を一体化した構造を特徴としており、このような光スイッチの実証は世界で初めてです。
図1に作製したデバイスの外観写真を示します。本デバイスはデバイス長5.65mmのコンパクトな設計で、単層のシリコン基板上に導波路と可動機構を集積しています。微小な機械構造を電気的に駆動するMEMS技術を活用し、櫛歯静電型アクチュエータによってシリコン導波路を可動させることで、テラヘルツ波の伝搬状態を切り替える仕組みを実現しています。従来のシリコン基板を用いたデバイスでは多層構造が必要でしたが、本手法では単層基板での一体形成を可能としたことで、構造の簡素化と製造コストの低減を同時に実現しました。
図2に印加電圧に応じた光スイッチ部の動作の様子を示します。電圧の増加に伴い中央の可動導波路が移動し、固定導波路とのギャップ(距離)が変化することで、テラヘルツ波のオン・オフが切り替わる様子が確認できます。
図3に光スイッチの出力特性を示します。印加電圧に応じて透過強度が大きく変化し、テラヘルツ波のオン・オフ制御が可能であることが分かります。本デバイスは最大約185µmの変位を93Vで達成するとともに、300GHzにおいて13.69dBの消光比を実現しました。加えて、動作時の消費電力は3.6mWと低く抑えられており、高周波動作と低消費電力の両立を達成しています。
今後の展開
本研究で開発した光スイッチは、テラヘルツ波をチップ上で自在に制御するための基本技術として、さまざまな応用が期待されます。今後は、今回の技術を発展させることで、複数の機能を一つのチップに集積した小型で高性能なデバイスの実現を目指します。
また、さらなる低消費電力化や動作電圧の低減を進めることで、次世代の6G通信機器への応用に加え、非接触センシングや安全検査装置など、幅広い分野での活用が期待されます。
本成果は、テラヘルツ波を利用した通信や計測技術の実用化に向けた基盤となるものであり、今後の研究開発の進展により、情報通信基盤の高度化が進むことで、私たちの生活を支える技術の発展につながることが期待されます。
謝辞
本研究の一部は、JST CREST(JPMJCR2102)、JSPS科研費(JP25KJ0563)、JST SPRING(JPMJSP2114)の支援を受け、東北大学大学院工学研究科附属スマートシステム超集積化研究開発センターの設備を用いて行われたものです。また、本研究に関する論文は『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けました。
用語説明
(注1)テラヘルツ帯
テラヘルツ波が含まれる周波数領域のこと。一般に約0.1~10テラヘルツ(波長約3mm~30μm)の範囲を指す。テラヘルツ波は、光波(赤外線)と電波(ミリ波)の中間に位置する帯域の電磁波で、検査・分析への応用に加え、次世代通信(6G)への利用が期待されている。
(注2)消光比
スイッチのオン・オフ状態の信号強度差を示す指標。値が大きいほど、信号を明確に切り替えられることを示し、スイッチ性能が高いことを意味する。
(注3)第6世代移動通信システム(6G)
現行の携帯電話で使われている4G、5Gに続く無線通信システム。2030年代の商用化が見込まれている。通信速度は5Gの10倍以上の毎秒100ギガビット級(ギガは10億)が想定されている。高精細な3D映像に加え、触覚情報などリアルタイムで送受信できるようになり、遠隔医療や臨場感のあるリモート教育などへの応用が期待されている。
(注4)MEMS
Micro Electro Mechanical Systems(微小電気機械システム)の略。微細加工技術により、機械構造と電気回路を一体的に集積したデバイス。
論文情報
著者:Kohei Chiba and Yoshiaki Kanamori*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 金森義明
掲載誌:IEEE Transactions on Terahertz Science and Technology
DOI: 10.1109/TTHZ.2026.3683533


