世界初、代謝の謎「メタボロン」の部分構造と機能を解明
―酵素を正しく導く新原理「GATEメカニズム」―
2026/06/16
発表のポイント
概要
細胞内の代謝では、複数の酵素が緩やかに集まり「メタボロン」と呼ばれる集合体を形成することが知られています。しかし、このメタボロンは非常に不安定で、その構造や代謝制御の仕組みはこれまで明らかになっていませんでした。
東北大学大学院工学研究科の今泉璃城特任助教、和氣駿之准教授らは、メタボロンの部分構造とその機能を、世界で初めて原子レベルで解明しました。研究グループは、植物のフラボノイド(注3)合成に関わるカルコン合成酵素(CHS)と、それを補助するタンパク質CHILとの複合体構造を解析しました。その結果、CHILがCHSの活性部位(注4)の構造を変化させ、不安定な反応を正確に制御していることを明らかにしました。このときCHILは、主役の酵素に寄り添いながら働く「動的な導き手」として機能していることが分かりました。さらに、このような一過的なタンパク質間相互作用により酵素の活性部位が調整され、代謝の正しい入口(ゲート)へ導かれる仕組みを、「GATE(Guided Active-site Tuning via transient Enzyme association)メカニズム」と名付けました。
本成果は、科学誌Nature Catalysisに、2026年6月15日付で掲載されました。
研究の背景
フラボノイドは、花色の発現や病害虫抵抗性の獲得などに関わる、植物にとって重要な代謝産物です。さらに、植物性食品に含まれる健康機能成分として、ヒトの健康にも寄与します。東北大学大学院工学研究科の研究グループはこれまでに、フラボノイドの生合成に関わる酵素タンパク質が、弱い相互作用に基づく複合体(フラボノイドメタボロン)を形成し、花色の発現に関与する酵素複合体として機能することを明らかにしてきました(参考文献1)。
さらには、フラボノイド生合成の鍵酵素であるカルコン合成酵素(CHS)の生成物特異性が、別のタンパク質成分であるカルコン異性化酵素類似タンパク質(CHIL)によって制御されることも明らかにしてきました(参考文献2)。この仕組みは陸上植物に広く見られ、植物の生存戦略の進化との関連が示されています。
今回の取り組み
同研究グループは、このほど、同大学大学院生命科学研究科、金沢大学、徳島大学、理化学研究所、兵庫県立大学、高輝度光科学研究センターとの共同研究により、CHSとCHILの複合体の立体構造を明らかにしました。そして、CHILがCHSの特異性をどのように制御するのかを立体構造の観点から解明しました。メタボロンは不安定で単離が困難とされ、その構造解析は長年の課題でした。本研究は、その部分構造を原子レベルで明らかにした初めての例です。
従来、メタボロン形成の役割は、代謝物や酵素を局所的に集めることで反応効率を高めることにあると考えられてきました。本研究ではこれに加え、補助タンパク質が主役の酵素に一過的に結合し、「動的な導き手」として酵素の構造を調整することで生合成反応を正しい方向へ導くという、新たな機能を示しました。これは代謝制御に関する新しい視点を提示する成果です。
今後の展開
この研究で明らかになったGATEメカニズムは、メタボロン形成がもたらす代謝制御の新しい概念であり、植物にとどまらず、さまざまな生命の代謝系に広く適用できる可能性があります。この知見を応用することで、医薬品や高機能食品の原料を、微生物や植物を用いて効率的に高純度で生産する「スマートなバイオものづくり」への展開が期待されます。
また、合成生物学や代謝工学における代謝設計戦略に新たな視点を与え、バイオテクノロジー分野への幅広い応用につながることが期待されます。
謝辞
本研究は、JSPS科学研究費助成事業(JP18H03938、JP23H05470、 JP21J22186、JP22KJ1466、JP24K23286、JP20K15448、JP25H01418、JP21H02115)の助成を受けて行われました。また、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP20am0101070;1841)および金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)Bio-SPM技術共同研究事業の支援を受けました。掲載論文は「東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。
参考文献
- 東北大学 プレスリリース(2018年3月29日)
「花色を生み出す酵素複合体」 - 東北大学 プレスリリース(2020年2月28日)
「フラボノイド生合成酵素の「影武者」カルコン異性化酵素類似タンパク質 陸上植物の生存戦略におけるその役割」
用語説明
(注1)代謝
生命活動は、生体内で起こる多数の化学反応によって支えられている。これらの反応はある反応の生成物が次の反応の材料となるように連続した経路を形成しており、このような一連の反応の流れを代謝または代謝経路と呼ぶ。各反応は、それぞれ特定の酵素と呼ばれるタンパク質によって進められる。
(注2)メタボロン
代謝経路を構成する複数の酵素が、細胞内でゆるく結合して形成すると考えられている酵素複合体。約40年前からその存在が提唱されてきた。メタボロンを形成することで、不安定な中間体を効率よく次の酵素に受け渡したり、有害な中間体の拡散を防いだりする利点があると考えられている。一方で、その結合は弱く可逆的であるため、検出が難しく、実体の解明は困難とされてきた。
(注3)フラボノイド
陸上植物がつくる化合物群で、C6–C3–C6の基本構造を持つ。花の赤・青・紫色の多くはアントシアニンと呼ばれるフラボノイドに起因し、黄色の花色にもオーロンというフラボノイドの一種が関与する。フラボノイドは花色の発現を通じて植物の生殖に関わる他、病害虫や環境変化への応答、微生物との共生など、植物の生存に重要な役割を果たす。また、ヒトにおいても、健康機能を持つ成分として知られている。
(注4)活性部位
酵素分子の表面や内部に存在し、特定の反応物質(基質)が結合して化学反応が起こる部位。
論文情報
著者:
東北大学 大学院工学研究科 准教授 和氣 駿之*(共同筆頭著者)
徳島大学 先端酵素学研究所 学術研究員 服部 良一
理化学研究所 放射光科学研究センター利用技術・システム開発研究部門 生物系ビームライン基盤グループ 研究員 竹下 浩平
金沢大学 自然科学研究科物質化学専攻 大学院生 隅田 深瑠
金沢大学 理工研究域数物科学系 准教授 川口 一朋
北海道大学 大学院先端生命科学研究院 学術専門職 久米田 博之
金沢大学 ナノ生命科学研究所 特任准教授 梅田 健一
東北大学 大学院生命科学研究科 学振特別研究員 佐藤 恭平
金沢大学 理工研究域物質化学系 特任助教(当時) 矢内 太朗
兵庫県立大学 大学院理学研究科 助教 松浦 滉明
東北大学 大学院生命科学研究科(現・北海道大学大学院水産科学研究院 准教授) 横山 武司
金沢大学 ナノ生命科学研究所 研究員 太村 理沙
金沢大学 ナノ生命科学研究所 中谷 佳代
高輝度光科学研究センター 主幹研究員 坂井 直樹
東北大学 大学院工学研究科 研究員 川極 幸村
東北大学 大学院工学研究科 大学院生(当時) 土井 大和
金沢大学 理工学域物質化学類 学部生(当時) 安田 あおい
東北大学 大学院工学研究科 大学院生(当時) 中野 拓也
東北大学 大学院工学研究科 大学院生(当時) 宇野 海地
金沢大学 自然科学研究科物質化学専攻 大学院生(当時) 吉田 城啓
東北大学 大学院工学研究科 学部生(当時) 綱島 京
徳島大学 先端酵素学研究所 教授 齋尾 智英
東北大学 大学院生命科学研究科 教授 田中 良和
東北大学 大学院工学研究科 教授 高橋 征司
金沢大学 ナノ生命科学研究所 教授 古寺 哲幸
金沢大学 理工研究域物質化学系 教授 片岡 邦重
理化学研究所 放射光科学研究センター利用技術・システム開発研究部門 部門長 山本 雅貴
金沢大学 理工研究域物質化学系 准教授 山下 哲(共同責任著者)
東北大学 名誉教授 中山 亨(共同責任著者)
DOI:10.1038/s41929-026-01551-6

