わずか30秒でタンパク質バイオマーカーを捉える新原理バイオセンサを開発
―標識不要・簡素な構造で、在宅健康モニタリングや迅速診断の実現に期待―
2026/10/06
発表のポイント
概要
血液や尿に含まれるタンパク質の測定は病気の診断に不可欠ですが、従来の手法(ELISA(注7)等)は専用装置と時間を要するため、家庭や診察現場での即時検査には不向きでした。
東北大学大学院工学研究科の小野崇人教授、大学院医学系研究科および大学院医工学研究科の阿部高明教授らの研究グループは、金ナノ粒子の導電ネットワークを利用し、抗原抗体反応を電気抵抗の変化として捉える、新原理の抵抗変化型バイオセンサを開発しました。本技術により、標識試薬を用いることなく、標的タンパク質(GDF-15)の濃度をわずか約30秒で測定することに成功しました。本センサは極めて簡素な構造で小型化・低コスト化に適しています。これに加え、抗体を取り替えることでさまざまなタンパク質に対応できるため、多種多様な疾患を対象とした在宅健康モニタリングやポイントオブケア診断を実現する強力な基盤技術となることが期待されます。
本研究成果は2026年10月5日付で科学誌Microsystems & Nanoengineeringに掲載されました。
研究の背景
タンパク質は生体内でさまざまな役割を担っており、その濃度の異常は多くの疾患と関連することが知られています。そのため、特定のタンパク質をバイオマーカーとして測定することは、病気の早期発見や治療効果の判定に広く用いられています。
現在の標準的な測定法であるELISAは、抗体で標的タンパク質を捕捉し、これに結合させた酵素や蛍光色素の標識を光学的に読み取る方式です。高い感度と特異性が得られる一方で、反応と洗浄を繰り返す多段階の手順と専用の測定装置を必要とし、結果が出るまでに時間がかかります。質量分析による定量も精度に優れますが、装置が高価で操作も複雑です。これらは、医療機関の検査室では成立しても、診察の現場や家庭で使う技術としては大きな制約となります。
そこで注目されているのが、生体分子の結合を電気抵抗の変化として読み取る「ケミレジスタ(注8)」と呼ばれる方式です。光学系や標識が不要で、構造を簡素にできるという利点があります。ただし、タンパク質の結合が引き起こす電気的な変化はごくわずかであるため、高感度化には電子の通り道をナノメートルサイズの隙間(ナノギャップ)に絞り込む必要がありました。ナノギャップ電極の作製には高度な微細加工技術が要求され、製造コストと歩留まりの面で実用化の壁となっていました。
今回の取り組み
本研究では、ナノギャップ電極を精密に作り込む代わりに、金ナノ粒子を樹脂の中に分散させることでナノスケールの隙間を自発的に大量につくり出すという発想で、この課題に取り組みました。
開発したセンサは、ガラス基板上に形成したくし形の2本の電極(検出部は3.5 mm角)を、直径5 nmの金ナノ粒子、ポリビニルアルコール系ポリマー、および標的タンパク質に特異的に結合する抗体を混ぜ合わせた膜で橋渡ししただけの簡素な構造です(図1、図2)。本研究では、この機能性の膜を「バイオレジスタ」と呼びます。
ここで高感度化の鍵となるのが、金ナノ粒子の混合量です。ナノ粒子の量を増やしていくと、ある割合を境に粒子同士がつながり、急に電気が流れ始めます。この境目の状態をパーコレーション転移と呼びます。転移領域では限られた数の経路が電気伝導を支配しているため、粒子の間隔や周囲の電荷がわずかに変わるだけで、全体の抵抗が大きく変化します。研究グループは、金ナノ粒子の体積分率を変えた測定からあらかじめ転移領域を特定し、その中(体積分率0.07 %)にセンサの動作点を設定しました。実際、体積分率をわずか0.03 %増やして0.10 %にするだけでも、濃度依存の応答がほとんど失われてしまうことが確認されており、この転移領域に動作点をピンポイントで合わせることが高感度化の鍵であることが裏付けられました。
標的タンパク質としてGDF-15を選び、性能を評価しました。センサの抵抗変化は、シュミットトリガ発振器(注9)によって発振周波数の変化として読み出します。pH 7の緩衝液中では、GDF-15の濃度が高いほど抵抗が低下し(発振周波数が上昇し)、23.4〜1,500 pg/mLの範囲で明瞭な濃度依存性が得られました。同一のセンサで濃度を段階的に変えていく測定でも、滴下からおよそ30秒で応答が飽和し、濃度の変化に追随することが確認されました(図3)。素子間のばらつきを示す変動係数は1.0〜4.2 %でした。一方、抗体を加えずに作製した対照センサでは濃度依存性が見られず、標的以外のタンパク質(ヒト血清アルブミン等)では同様の濃度依存応答が観測されないことから、標的への選択性が示されました。
今後の展開
本センサは標識を必要とせず、構造が単純で電気的に読み出せるため、機器の小型化・低コスト化に適しています。さらに、抗体を別のものに取り替えるだけで原理的にはさまざまなタンパク質に展開できる汎用性を備えており、在宅健康モニタリングやポイントオブケア診断を実現する強力なバイオセンシング基盤となる可能性を秘めています。
一方で、実際の検体への適用には課題も残されています。今回の測定では、標的タンパク質の等電点に近いpH 8では濃度依存性がほとんど失われることが分かりました。タンパク質の電荷が中和されると同時に、溶液のイオン強度が上がって背景の応答が増すためと考えられます。人工尿を用いた評価でも、緩衝液と比べて基線の上昇とばらつきの増大が見られました。こうした試料成分の影響への対策としては、標的を捕捉しない参照領域を同一チップ上に設け、両者の差をとる差動構成が有効と考えられます。
研究グループは先に、白金ナノ粒子と酵素を用いた同じ原理の抵抗変化型センサにより、尿検査で濃度補正の基準となるクレアチニンの測定技術を報告しています(関連情報)。今回の抗体を用いたタンパク質検出技術と組み合わせることで、クレアチニン補正を前提とした尿中タンパク質バイオマーカーの在宅計測という構想が現実味を帯びてきます。
今後は、実際の尿検体を用いた検証、差動構成による安定化、そして他のバイオマーカーへの展開を進め、疾病リスクの早期検出や個別化医療・予防医療への貢献を目指します。なお、本センサの検出機構については、電荷を介した電子輸送の変調によるという解釈が一連の実験結果と矛盾しないことを確認していますが、イオン伝導や誘電分極などの寄与を完全には切り分けられておらず、微視的な機構の直接的な検証は今後の課題です。

図1. 開発した抗体検出型抵抗変化バイオセンサの概要と動作原理。a. センサ構造の模式図。くし形電極の上に、標的特異抗体と金ナノ粒子を含むバイオレジスタが形成されている。b. 検出の仕組み。金ナノ粒子の体積分率をパーコレーション転移領域に設定することで、局所的な電荷環境のわずかな変化に敏感な導電ネットワークを形成する。c. 抗体による検出。抗原抗体結合に伴う局所的な電荷の変化が金ナノ粒子間のポテンシャル障壁を下げ、電子の輸送を促進する。

図2. 作製したバイオセンサと測定系。a. センサの寸法。ガラス基板上のくし形電極からなる3.5 mm角の検出部をバイオレジスタが覆う。b. バイオレジスタを塗布する前の検出部。c. 塗布した後の検出部。d. 測定系。インピーダンス特性はインピーダンスアナライザで、電気応答はシュミットトリガ発振器で評価する。標的タンパク質を含む溶液はピペットで検出部に滴下する。

図3. 同一のセンサを用いてGDF-15の濃度を段階的に変えながら測定した実時間応答(pH 7)。23.4 pg/mLから1,500 pg/mLまでの溶液を順に滴下し、それぞれ100秒間測定した(測定ごとに検出部を洗浄している)。濃度が高いほど発振周波数が高く(電気抵抗が低く)なり、滴下からおよそ30秒で応答が飽和(安定)している。
謝辞
本研究は、阿部高明教授が代表を務める、日本医療研究開発機構(AMED)が推進するムーンショット型研究開発事業のプロジェクト「ミトコンドリア先制医療」(JP21zf0127001)の支援を受けて行われました。
関連情報
東北大学 プレスリリース(2026年2月16日発表)
家庭での尿検査を可能にする新技術
―クレアチニン補正を実現する簡易・高感度バイオセンサを開発―
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2026/02/press20260216-02-bio.html
用語説明
(注1)抗原抗体反応
抗体が、特定の相手(抗原)だけを鍵と鍵穴のように選択的に認識して結合する反応。この高い特異性が、免疫測定法やバイオセンサにおける標的の識別に利用されている。
(注2)バイオマーカー
体内の状態や疾患の有無・進行度を反映する指標となる物質。血液や尿に含まれるタンパク質などを測定することで、健康状態や病気の兆候を把握できる。
(注3)金ナノ粒子
直径が数ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)の金の微粒子。本研究では直径5 nmのものを用いた。樹脂中に分散させると、粒子と粒子の隙間が電子の通り道となる。
(注4)パーコレーション転移
導電性の粒子を樹脂などの絶縁体中に少しずつ増やしていったとき、ある割合を境に粒子同士がつながり、全体が急に電気を通すようになる現象。この境目付近では、わずかな構造や電荷の変化が電気抵抗を大きく変えるため、高感度なセンサの動作点として利用できる。
(注5)GDF-15
増殖分化因子15。細胞がストレスを受けたときに分泌されるタンパク質で、TGF-βスーパーファミリーに属する。心不全や急性冠症候群の予後予測、ミトコンドリア病の診断などの指標として研究が進んでいる。健常成人の濃度はおよそ200〜1,200 pg/mL(1 pg/mLは1ミリリットルあたり1兆分の1グラム)。
(注6)ポイントオブケア診断(POCT:Point of Care Testing)
患者のいるその場(診察室、ベッドサイド、自宅、救急現場など)で行われる即時検査のこと。検体を中央検査室や外部機関に送る従来の手法と異なり、採取してすぐにその場で結果が得られるため、迅速な診断や治療方針の決定が可能となる。大型の分析装置を必要としない、小型で簡便な検査デバイスが求められている。
(注7)ELISA(エライザ)
酵素結合免疫吸着測定法。抗体で標的タンパク質を捕捉し、酵素標識による発色などを光学的に読み取って定量する免疫測定法。高感度で臨床検査に広く普及しているが、多段階の操作と専用装置を必要とする。
(注8)ケミレジスタ
化学的な作用によって生じる材料の電気抵抗の変化を検出原理とするセンサ。光学系や標識を必要とせず、構造を簡素にできる。
(注9)シュミットトリガ発振器
抵抗と容量で決まる時定数に応じて発振する電子回路。センサの抵抗変化を発振周波数の変化に変換することで、簡便な回路で読み取ることができる。
論文情報
著者:Yi-Hsiu Kao, Reo Takahashi, Nguyen Van Toan, Takaaki Abe, Ioana Voiculescu, Takahito Ono*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 機械機能創成専攻 教授 小野崇人
掲載誌:Microsystems & Nanoengineering
DOI:10.1038/s41378-026-01465-0