カーボンナノチューブの新たな原子構造制御法開発

- ナノチューブ電子デバイスの実用化に大きな期待 -

2017/09/12

【発表のポイント】
  • カーボンナノチューブの原子構造を制御する新たな合成手法を開発。
  • 従来手法では合成できなかった種類のナノチューブ((6,4)ナノチューブ)の選択合成に世界で初めて成功。
  • ナノチューブを利用した超高性能次世代電子デバイスの実用化に向けて最大の問題とされている、素子ごとの特性ばらつきを大幅に解消できる可能性。
【概要】

東北大学 大学院工学研究科 電子工学専攻の加藤俊顕准教授、許斌(同大学院生、日本学術振興会特別研究員)、金子俊郎教授らのグループは、東京大学澁田靖准教授との共同研究により、将来のエレクトロニクス分野における新素材として大きな注目を集めているカーボンナノチューブ注1)の新たな構造制御法の開発に成功しました。カーボンナノチューブは優れた基礎物性を持つことが多くの研究により明らかにされてきましたが、原子レベルのわずかな構造の違いにより物性が大きく異なることから、原子レベルでの構造制御手法の開発が産業応用に向け重要な問題とされてきました。本研究では、ナノチューブの成長に必須である触媒金属において、その表面状態を精密に制御する手法を開発し、これによりナノチューブの最も重要な構造因子であるカイラリティ注2)が制御できることを発見しました。また触媒表面状態がカイラリティ選択性に与える効果を実験と理論計算を組み合わせ明らかにしました。さらに本手法により、従来手法では不可能であった(6,4)ナノチューブの高純度合成に世界で初めて成功しました。(6,4)ナノチューブはこれまで選択合成が報告されているナノチューブの中で最も広いバンドギャップ、及び最も高い量子効率をもつことから次世代の光電子デバイスに向け大きな貢献が期待できます。

本研究成果は、2017年9月11日18時(日本時間)に英国科学雑誌Scientific Reports(電子版)に掲載されました。


触媒表面状態制御法により選択合成した(6,4)ナノチューブ
【詳細な説明】
1.背景

グラフェンシートが円筒状に丸まった構造をもつカーボンナノチューブは優れた電気伝導特性、光学特性、及び高い機械的強度を有することから次世代のエレクトロニクス分野における新素材として大きな注目を集めています。特に一層のグラフェンシートから構成される単層カーボンナノチューブは構造により半導体となり得るため、半導体デバイス分野において産業応用の観点から非常に大きな期待を集めています。一方で、ナノチューブの物性は、グラフェンシートを円筒状に丸める際の螺旋度に相当する“カイラリティ”と呼ばれる原子構造によっては決定され、さらに原子1個分のずれによって物性が金属から半導体へ変化してしまう特長をもつため、産業応用に向けナノチューブを原子レベルで構造制御合成する手法の確立が世界中で大きな課題となっていました。

2.研究成果概要及び本成果の意義

これまでナノチューブのカイラリティ制御に関する研究は世界中で活発に行われており、ナノチューブ合成に必須な触媒金属のサイズや結晶方位を制御してカイラリティを制御する試みが報告されています(図1)。特に特定の結晶方位を持つ触媒を用いることで1種類のカイラリティのみを選択的に高純度合成する手法が近年報告され注目を集めています。一方で、触媒の結晶方位は触媒金属の種類で決定されるため、この手法で選択合成できるカイラリティの種類は数種類に限られています。これに対し本研究では、結晶方位に比べ自由度の高い表面状態に着目し、より多くのカイラリティ種に対して選択合成が可能な手法を開発すべく、触媒表面状態制御によるカイラリティ制御合成を目指し研究を行いました。

カーボンナノチューブの合成はこれまで我々が開発してきた拡散プラズマ化学気相堆積( (CVD)) 法注3)により行いました。本研究では触媒の表面状態を制御する目的で、ナノチューブ合成を行う前段階において触媒を高真空下で加熱処理するプロセスを新たに導入しました。放射光を用いた精密な構造解析等を行った結果、この触媒前処理プロセスにおいて、微量の反応性ガスを導入することで、触媒表面の酸化度が精密に制御可能であることが判明しました。そこで、この手法を用いて触媒前処理により表面状態を制御した触媒を用いてナノチューブ合成を行ない、合成されるカイラリティと触媒表面状態との関係を明らかにする実験を行いました。酸化コバルトが支配的な前処理無し触媒と、前処理により50%程度を還元したコバルト触媒を用い、それぞれの触媒に対して同条件でナノチューブ合成を行ったところ、前処理無しの触媒では((6,5))ナノチューブが支配的であったのに対し、前処理により50%程度の還元を行うことで、((6,4))ナノチューブの成長が著しく促進されることを見出しました((図2))。この様に同じ種類の触媒を用いた場合でも、表面酸化状態により合成されるカイラリティの種類が変化することを明らかにしたのは世界で初めての結果です。さらに、触媒の表面酸化度とカイラリティ選択性発現の起源を明らかにするため、第一原理計算と理論モデルによる詳細な検討を行いました。その結果、表面酸化度を低下させることによりナノチューブと触媒との結合エネルギーが増加し、これにより最も効率よく合成されるナノチューブの直径(d)、及びアームチェア端からのカイラル角(x)がそれぞれ小直径側、及び高カイラル角側へ変化することが理論計算により明らかになりました。この直径とカイラル角のシフト方向は、実験的に得られた(6,5)から(6,4)へのシフト方向と非常に良い一致を示したことから、本研究において得られた前処理によるカイラリティ選択性が、触媒表面におけるナノチューブとの結合エネルギーの違いにより発現するものであることが明らかとなりました(図3)。

触媒表面状態は結晶方位と比べ自由度が高いため、本手法を活用することで、選択合成が可能なカイラリティの種類を著しく増大できる可能性を秘めています。実際に本手法を活用することで(6,4)ナノチューブという従来手法では選択合成が実現できなかったカイラリティの合成に成功しております。(6,4)ナノチューブはこれまで選択合成が報告されている他のカイラリティに比べ最も直径が細く、バンドギャップが広い半導体特性を示します(図4)。また最も高い量子効率を持つことが理論的に予測されている構造であるため、カイラリティ制御法の開発のみならず(6,4)ナノチューブの優先合成に成功した結果自体も非常に重要な成果です。

3.今後の展望

本研究ではカーボンナノチューブの原子構造を制御する新たな手法を開発しました。本成果は自由度の高い触媒表面状態によりカイラリティ制御が可能であることを示したものであり、本手法を活用することでこれまで実現されていない他のカイラリティ種に関しても、選択合成の実現が大いに期待できます。ナノチューブの発見から26年が経過した現在においても未解決である”カイラリティ制御合成”という究極の課題に関して、その解決につながる重要な貢献が期待できます。ナノチューブのカイラリティが自在に制御可能となることで、既に優れた物性を持つことが実証されているナノチューブを活用した様々な次世代超高性能電子デバイスの実用化が大いに期待できます。

【参考図】

図1:これまで報告されているカイラリティ制御合成手法と本研究で新たに開発した合成手法の特徴比較。

図2: 表面の酸化度が(a-c)高い場合と(d-f)低い場合の触媒を用いて合成されたナノチューブの(a,d)蛍光-励起マッピング、(b,e)紫外可視近赤外吸収スペクトル, 及び(c,f)カイラリティマップ。

図3: 触媒表面状態とカイラリティ選択性の発現機構。(a)第一原理計算に用いたナノチューブと触媒構造のモデル図。(b)計算により求めた(6,5)、及び(6,4)ナノチューブと酸化コバルト(CoOx:前処理無し)、及び還元コバルト(Co:前処理有り)触媒との結合エネルギー(γ)。(c)理論式により算出したナノチューブ合成効率のカイラル角(x)依存性.(d)(6,5)から(6,4)ナノチューブへのカイラリティシフトに関する直径(d)とxの関係図。

図4: これまで優先合成が報告されているカイラリティ種と本研究で合成に成功した(6,4)ナノチューブの特性比較。(a)カイラリティ-マップ、及び(b,c) (b)バンドギャップと(c)量子効率の直径依存性。
【論文】
Bin Xu, Toshiro Kaneko, Yasushi Shibuta & Toshiaki Kato, “Preferential synthesis of (6,4) single-walled carbon nanotubes by controlling oxidation degree of Co catalyst (コバルト触媒の酸化度制御による(6,4)単層カーボンナノチューブの優先合成)”, Scientific Reports, 2017. DOI: 10.1038/s41598-017-11712-0.

本研究の一部は、科学研究費補助金 基盤研究(B)『先進プラズマ活用ナノカーボンアトミックエンジニアリングに向けた学術基盤の構築』(代表者:加藤俊顕)、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究(若手研究者対象型)『2次元半導体薄膜の構造制御合成と物性解明』(代表者:加藤俊顕)の支援を得て行われました。

【用語解説】

注1) カーボンナノチューブ
直径約1ナノメートル、及び長さ数マイクロメートルの一次元構造を持つ炭素のみから構成されたナノ材料。グラフェンシートが円筒状に巻かれた構造を持ちグラフェンシートの層数により単層ナノチューブと多層ナノチューブに分類される(本研究は単層ナノチューブ)。優れた電気伝導特性、光学特性、及び機械特性を持つことから様々な分野への応用が期待されている次世代ナノ材料。

注2) カイラリティ
ナノチューブを構成する際のグラフェンシートの螺旋度に相当する構造因子。(n,m)の整数の組合せで定義される。ナノチューブの電子状態はカイラリティによって決定する。

注3) 拡散プラズマCVD
原料ガスを高エネルギー電子の衝突により解離・プラズマ化し、生成した高密度の化学的活性種を活用して材料合成を行なう手法。プラズマ拡散領域で合成を行なうため、プラズマ中の高エネルギーイオンによるナノチューブへの欠陥生成効率を低減し高品質なナノチューブ合成が可能。また低温での合成が可能であり、合成されるカイラリティ種を数種類に限定できる特長を持つ。

【お問い合わせ】
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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