磁気ノズル中無衝突電子の断熱膨張を観測することに成功

- 宇宙プラズマ物理の室内実験、プラズマ推進機開発へ大きな知見 -

2018/01/30

【発表のポイント】
  • 局所平衡状態を前提にした熱力学が、無衝突電子の断熱膨張へと適用可能であることを実証。
  • 室内実験で、宇宙空間のような無境界状態に相当する実験を可能にした。
  • 磁気ノズルが、電子群に対して断熱壁として作用することを実証した。
  • 実験室プラズマにおける宇宙プラズマ模擬実験や推進機開発へ大きな知見。
【概要】

東北大学 大学院工学研究科 高橋和貴准教授、安藤晃教授、オーストラリア国立大学 Christine Charles 教授、Rod W Boswell教授らは、独自に開発したプラズマ基礎実験装置において、発散磁場中の電子が磁場のみと相互作用する際には断熱膨張注1することを観測し、熱力学が磁場中の無衝突電子注2の膨張過程へと拡張可能であることを明らかにしました。この成果は、太陽プラズマに代表されるような、宇宙空間において背景磁場が存在する条件でプラズマが膨張する現象の理解や、ノズル形状の磁力線を活用したプラズマ推進エンジンの開発、推力発生メカニズムの解明に応用が期待されます。

【研究の背景】

熱力学の第一法則はΔU = Q + Wで表されるように、系の内部エネルギーの変化(ΔU)は仕事(W)と熱量(Q)の和であり、系のエネルギー保存を支配する法則の一つです。膨張過程ではW=-PΔV (Pは圧力、ΔVは体積の変化量)と表されるため、系の温度を精密計測することで、膨張の際に外部に行う仕事を評価することが可能となります。これは気体冷却機や磁気冷凍機などの基礎となる法則でもあります。また太陽表面でのプラズマ膨張過程や加熱過程においてもこの関係を用いた議論が行われており、磁気ノズルを用いたプラズマ宇宙推進機においてもその推進性能のモデリングに対して重要な知見を与えると考えられています。

実験室プラズマにおいては、上述の圧力を見積もるために必要な電子温度を精密に計測することが可能です。これまで、外部磁場に沿ってプラズマが膨張する際、断熱状態であっても等温変化であることが多くの実験で観測されています。これは実験室プラズマで必然的に発生する、壁面付近でのシースと呼ばれる電子を閉じ込める電場が影響していることが、これまでの同グループの研究で示されていました。

今回の実験は、同グループらで『電場が無ければ何が起こるだろう?』という素朴な疑問が浮上し、装置設計・製作がすべて手作りで行われました【図1】。太陽表面でのプラズマ放出過程や磁気ノズル型のプラズマ推進エンジンでは、プラズマと接触する壁面が存在せずシース構造が形成されないため、シース電場をゼロにした状態での室内実験は、これらの現象に対して新たな知見を与えると期待されます。



図1:(a)実験装置概略図。(b)外部磁場分布の計算結果。
【詳細】

今回の実験では、電子ビーム型プラズマ源を磁気ノズル上流に配置し、下流のプラズマ領域へと供給される電子の量を制御することでプラズマの電位を制御することに成功し、電子を閉じ込めるシース電場を制御しました。その結果、プラズマの電位がゼロであり、プラズマ中に電場が一切存在しない状態を作り出すことに成功しました 【図2中〇】。この条件では、実験室における壁がプラズマへ影響を与えないため、宇宙空間のような無境界プラズマを模擬できる可能性があると考えられます。一方で、プラズマ電位制御によりほぼ全ての電子を閉じ込めるシースを形成することも可能となっています【図2中■】。これらの二つの条件下で電子のエネルギー分布関数を4桁にわたる高精度で計測し【図3(a)(b)】、電場が存在せず電子が磁場のみと相互作用する条件では電子温度が減少し【図3(c)中〇】、電子が電場により閉じ込められる場合には電子温度がほぼ一定となることが観測されました【図3(c)中■】。



図2:(a)プラズマ電位、(b)電子密度のz軸方向分布の計測結果。シース電場形成時(■)、シース電場をゼロにした状態(〇)での計測結果を示している。(c) シース電場をゼロにした状態でのプラズマ電位のr軸方向分布であり、プラズマ中に一切電場が存在しないことを示している。

これらのデータを用いて、流体膨張の断熱・等温の評価がポリトロープ関係を用いて行われました。ここでポリトロープ関係は PVγ=一定 で表される関係で、等温変化ではγ=1、断熱変化ではγ=5/3 となります。図3(d)は、実験で得られた密度と温度の関係を、ポリトロープ関係【実線】とプロットした結果であり、電場が存在せず電子が磁場のみと相互作用する条件では断熱過程であるγ=5/3に近い値となり、電子が電場により閉じ込められる場合には等温過程であるγ=1に近い値になることが示されました。

磁気ノズル中では、電子の流体的な振る舞いに起因する電流と外部磁場の作用によって、磁場へと力が与えられ推力が発生することが、当該グループの無電極プラズマ推進エンジンの研究で示されてきました。断熱状態で電子流体が膨張し内部エネルギー(電子温度)が低下するためには外部へと仕事を与える必要があります。今回観測された電子温度低下は、上述した電子流体が磁場へ仕事(力)を与える現象に起因するものであると考えられます。したがって、プラズマ推進機が使用される無境界条件下での推力発生機構の詳細解明やモデリングへと今回の成果を活用することが可能になると考えられます。また、宇宙空間では無境界条件でプラズマが磁場中を膨張する過程が頻繁に起きており、これらの現象の室内模擬実験への展開も期待されます。



図3:(a)シース電場をゼロにした状態、(b)電子を閉じ込めるシース電場を形成した状態における電子エネルギー分布関数の計測結果。(c) 二つの状態における電子温度のz軸方向分布。(d) ポリトロープ関係を用いた断熱・等温膨張過程に関する評価結果。

本研究成果は、2018 年 1月26日(米国時間)に、Physical Review Letters (American Physical Society)のオンライン版に掲載されました。

【論文情報】
“Adiabatic expansion of electron gas in a magnetic nozzle”
Kazunori Takahashi1, Christine Charles2, Rod W Boswell2, and Akira Ando1
  1. Department of Electrical Engineering, Tohoku University, Sendai 980-8579, Japan.
  2. Space Plasma, Power and Propulsion Laboratory, Research School of Physics and Engineering, The Australian National University, Canberra ACT 2601, Australia.

Physical Review Letters, 120, 045001 (2018).
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.120.045001
【用語説明】

注1 断熱膨張:外部からの熱を遮断した状態において,流体が膨張する過程
注2 無衝突電子:プラズマ中の粒子間の衝突が無い状態の電子.

【お問い合せ先】
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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